26 皇帝謁見
〈
被害の全容としてはスラム街は全壊。〈
更に言えば、〈
それ故に各地で被害こそあったが、そもそも〈
なので、他の場所での被害はそう多くなかったそうだ。死の匂いにつられて湧き出た、ただのアンデッドであれば騎士団の人たちや、ランクの低い冒険者で対処可能だったらしい。
そして今回の首謀者であるリッチ――ノーライフキングへと進化を果たした存在なのだが。
ティーナによって尋問され、どうやら【北の魔王】から離反してきたということが明らかになっている。これは奴自身が自主的に吐いたのではなく、ティーナの強力な〈
そもそも奴は帝都に対し、数十年単位の計画で〈
そんな中で、〈
などという思考回路で〈
今回の件でわかったことは、〈
確かに死の匂いは更に強いアンデッドを生む、という法則による危険性も高い。だが逆に言えば、それに対処できるだけの戦力があれば問題なかった魔術だ。無論、巻き込まれる民の犠牲は考えから除外した上で、ではあるが。
しかし、今回の一件で〈
それはつまり。他のアンデッドだってノーライフキングと同等、もしくはそれ以上に危険なアンデッドへ進化する可能性があるということ。
王国では先生によって未発に終わったとはいえ、〈
これから先、人間社会では〈
ちなみに件のノーライフキングは、ティーナによってほとんどの力を吸収されている。今は文字通り生きた屍となって、帝都の牢屋に繋がれているはずだ。奴に残されているのは、処刑までの無為な時間だけだろう。
それだけ危険なことを企てた首謀者であるノーライフキングを捕縛したティーナ。
ノーライフキングを打ち破って追い詰めた先生。
そのノーライフキングが生み出した側近を単騎で倒し、ドレイクを避難させた私。
この3人は今、王城に招かれて豪華な応接室のソファに並んで座っていた。室内の調度品をひとつ取っても、平民が一生かかっても買えないほどに高価な美術品だということは推察できる。それほどの部屋だった。
そんな部屋にあるソファはふかふかであり、王都にあったソファに負けず劣らずの高級さである。沈みすぎて落ち着かないけれど、そわそわするわけにはいかない。
右を見れば、先生が退屈な様子で前を見ていた。なんの言葉を発するわけでもなく、人間社会の付き合いをただ面倒だと思っている顔である。王都で見せた国王への態度を見る限り、やはり先生にはこういう場面への緊張はないようだ。
左を見れば、すっかり少女に戻ってしまったティーナがいた。元の姿――めちゃくちゃスタイルのいい美人――になれたのは数時間ほどのことであり、それ以降はまた少女の姿に戻っている。
本人曰く、「エクレアの〈
先生曰く、「〈ライトニング〉で身体が変わるわけねぇだろ」ということだった。〈
とはいえ、ティーナが嘘を吐く必要もない――自分で戻れるなら自発的に戻っているはず――ので、多分〈
ただ、ノーライフキングの力を吸収したティーナですら戻れないのに、〈
ちなみにティーナが始祖吸血鬼であることは、既に情報提供している。その上で、彼女自身に人を害する気がないことと、先生が側に付いていれば安全であること、という2つの条件を冒険者ギルドを通して帝国に報告している。
帝国も冒険者ギルドも、伝説の始祖吸血鬼と言われてもどうしたらいいかわからない――これは帝国の冒険者ギルドマスターからの談だ――というのが本音らしい。
とりあえずSランク冒険者と一緒にしておけば安全だろう、との判断で、ティーナは私たちと一緒に褒賞を得ることになっている。
閑話休題。
こんな3人がなぜ、肩を寄せ合って王城の応接室のソファに座っているのかと言うと。
「此度の騒乱を鎮めてくれて、誠に感謝している」
目の前で帝国の最高権力者――皇帝が頭を下げていた。
私たちは事態を解決した功労者として、皇帝に呼ばれていたのだ。しかし今回は王国の時のような物々しい謁見などではなく、豪華な応接室での顔合わせになっている。
前回は100年以上続いた魔族との抗争を解決したのに対し、今回は――スラム街こそ壊滅したものの――ひとつの大きな事件を解決しただけだ。
それを考えれば、両国での扱いの差にも納得できるだろう。そもそも帝都は直接被害を受けていて、その復興の最中でこうして皇帝が時間を用意してくれているのだ。
更に言えばそんな皇帝が直接頭を下げるのだから、どれだけの功績かは語るべくもないだろう。衆目に祀り上げられるだけが、功績に対しての評価ではない。
しかも、背後に控えた秘書官らしき人まで一緒になって頭を下げている。それはつまり皇帝の独断ですらなく、本当の意味で帝国という国自体が私たちに感謝を示しているということだ。
「いえ頭を上げて下さい、陛下」
「それだけ君たちの功績は計り知れないのだ。私の頭ひとつ下げた程度で納得してもらえるとは思っていない。だが、これ以上飾る言葉がないことを許してほしい」
そこまで言い切ってから、皇帝は頭を上げる。端正な青年といった顔立ちに、人間国では珍しい黒髪。東方にある遠い国ではそれが当たり前らしいが、近隣諸国にいる髪色ではなかった。
「英雄ドレイクですら敗れた相手を捕縛し、帝都を救ってくれたのだ。望むだけの報酬を用意しよう。なにが望みかな?」
「いえ。私たちはSランク冒険者の責務を果たしただけで……」
「強ぇ奴の情報」
「処女を100人と言えば、くれるのかのぅ?」
「あなたたちねぇ! 本当に申し訳ありません!」
私は2人の発言に肝を冷やしながら頭を下げる。
もしこの皇帝が狭量であれば、不敬罪で犯罪者にされてもおかしくないのだから。もちろん、そんな奴に従う義理もないから、その場合は全力で抵抗させてもらうけど。
だが皇帝は穏やかに微笑むだけだった。背後に控える秘書官らしき人の表情にも変化はない。どうやら怒ってはいないようだ。
「気にしなくて良い、フラン殿。そなたはSランク冒険者の中でも――こういう言い方は良くないかもしれないが、比較的まともだと聞いている」
Sランク冒険者が変人揃いなのは左にいる先生を見れば一目瞭然なので、皇帝の言い方に否定的な感情を抱くことはなかった。
むしろ微笑んで許してくれたことに安堵の色しかない。
「それでは、そなたから聞こう。そちらのエクレア殿と……始祖吸血鬼殿、でいいのか? そちらには順番に聞くことにする」
「わ、私ですか? えっと……」
そう言われても特に思いつかない。
おそらくは「金銭で支払う」と、帝国側から言われると思っていたからだ。
とはいえ、金銭もSランク冒険者として活動していれば余るほどにある。だから金銭はあんまり望んでいなかった。かといって、特に望みなど思いつかない。
困った末に、私はひとつの案をひねり出した。
「じゃあ私は……」
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