26 皇帝謁見

 〈死の行進デスマーチ〉の騒動から一週間後。


 被害の全容としてはスラム街は全壊。〈死の行進デスマーチ〉によって、住民もすべてアンデッドと化した。


 更に言えば、〈死の行進デスマーチ〉は複数の魔法陣によって発動する。その為、私たちが戦っている間も帝都の四方――魔法陣が設置された場所付近――でアンデッドが沸き続けていた。


 それ故に各地で被害こそあったが、そもそも〈死の行進デスマーチ〉を起動させた魔法陣の範囲じゃないと生者がアンデッドへと変化しない。


 なので、他の場所での被害はそう多くなかったそうだ。死の匂いにつられて湧き出た、ただのアンデッドであれば騎士団の人たちや、ランクの低い冒険者で対処可能だったらしい。


 そして今回の首謀者であるリッチ――ノーライフキングへと進化を果たした存在なのだが。


 ティーナによって尋問され、どうやら【北の魔王】から離反してきたということが明らかになっている。これは奴自身が自主的に吐いたのではなく、ティーナの強力な〈魅了チャーム〉によって自白させられたのだ。


 そもそも奴は帝都に対し、数十年単位の計画で〈死の行進デスマーチ〉を進めてきたらしい。だからこそ、誰にも見つからないほど巧妙に隠蔽できていたわけなのだが。


 そんな中で、〈死の行進デスマーチ〉の魔法陣をついに準備できた。それはつまり、自身がノーライフキングとなって【北の魔王】を越えられる存在になれるということ……らしい。


 などという思考回路で〈死の行進デスマーチ〉を発動させ、今回の騒動を起こしたというわけだ。


 今回の件でわかったことは、〈死の行進デスマーチ〉が高位のアンデッドへと高める効果もあるということである。人間社会で〈死の行進デスマーチ〉は、ただ生者をアンデッドへと変える大魔術と言われてきたが、それだけだ。


 確かに死の匂いは更に強いアンデッドを生む、という法則による危険性も高い。だが逆に言えば、それに対処できるだけの戦力があれば問題なかった魔術だ。無論、巻き込まれる民の犠牲は考えから除外した上で、ではあるが。


 しかし、今回の一件で〈死の行進デスマーチ〉の危険度は格段に上がったと言える。リッチがノーライフキングへと変貌を遂げたのだ。


 それはつまり。他のアンデッドだってノーライフキングと同等、もしくはそれ以上に危険なアンデッドへ進化する可能性があるということ。


 王国では先生によって未発に終わったとはいえ、〈死の行進デスマーチ〉の魔法陣を魔王軍が描いていた。あちらは人間社会への攻撃が目的だっただろうが、それでも恐ろしい魔術であることに変わりはない。


 これから先、人間社会では〈死の行進デスマーチ〉などの魔法陣への警戒が高まるだろう。それに伴い、気配や魔術による隠蔽や隠密を暴ける人材が必要になる為、そういった才能の発掘へ注力されるはずだ。


 ちなみに件のノーライフキングは、ティーナによってほとんどの力を吸収されている。今は文字通り生きた屍となって、帝都の牢屋に繋がれているはずだ。奴に残されているのは、処刑までの無為な時間だけだろう。


 それだけ危険なことを企てた首謀者であるノーライフキングを捕縛したティーナ。

 ノーライフキングを打ち破って追い詰めた先生。

 そのノーライフキングが生み出した側近を単騎で倒し、ドレイクを避難させた私。


 この3人は今、王城に招かれて豪華な応接室のソファに並んで座っていた。室内の調度品をひとつ取っても、平民が一生かかっても買えないほどに高価な美術品だということは推察できる。それほどの部屋だった。


 そんな部屋にあるソファはふかふかであり、王都にあったソファに負けず劣らずの高級さである。沈みすぎて落ち着かないけれど、そわそわするわけにはいかない。


 右を見れば、先生が退屈な様子で前を見ていた。なんの言葉を発するわけでもなく、人間社会の付き合いをただ面倒だと思っている顔である。王都で見せた国王への態度を見る限り、やはり先生にはこういう場面への緊張はないようだ。


 左を見れば、すっかり少女に戻ってしまったティーナがいた。元の姿――めちゃくちゃスタイルのいい美人――になれたのは数時間ほどのことであり、それ以降はまた少女の姿に戻っている。


 本人曰く、「エクレアの〈雷撃ライトニング〉で戻れたのだから、もっと撃て!」などと言っているが、先生はまともに相手をしていない。


 先生曰く、「〈ライトニング〉で身体が変わるわけねぇだろ」ということだった。〈雷撃ライトニング〉で身体強化をしている、とか言ってた人が常識的なことを言い出すのは違和感しかない。


 とはいえ、ティーナが嘘を吐く必要もない――自分で戻れるなら自発的に戻っているはず――ので、多分〈雷撃ライトニング〉で戻ったのも本当なのだろう。


 ただ、ノーライフキングの力を吸収したティーナですら戻れないのに、〈雷撃ライトニング〉一発で姿を戻すとは。先生の〈雷撃ライトニング〉はどれだけの力を秘めているのか。謎が尽きない。


 ちなみにティーナが始祖吸血鬼であることは、既に情報提供している。その上で、彼女自身に人を害する気がないことと、先生が側に付いていれば安全であること、という2つの条件を冒険者ギルドを通して帝国に報告している。


 帝国も冒険者ギルドも、伝説の始祖吸血鬼と言われてもどうしたらいいかわからない――これは帝国の冒険者ギルドマスターからの談だ――というのが本音らしい。


 とりあえずSランク冒険者と一緒にしておけば安全だろう、との判断で、ティーナは私たちと一緒に褒賞を得ることになっている。 


 閑話休題。


 こんな3人がなぜ、肩を寄せ合って王城の応接室のソファに座っているのかと言うと。


「此度の騒乱を鎮めてくれて、誠に感謝している」


 目の前で帝国の最高権力者――皇帝が頭を下げていた。


 私たちは事態を解決した功労者として、皇帝に呼ばれていたのだ。しかし今回は王国の時のような物々しい謁見などではなく、豪華な応接室での顔合わせになっている。


 前回は100年以上続いた魔族との抗争を解決したのに対し、今回は――スラム街こそ壊滅したものの――ひとつの大きな事件を解決しただけだ。


 それを考えれば、両国での扱いの差にも納得できるだろう。そもそも帝都は直接被害を受けていて、その復興の最中でこうして皇帝が時間を用意してくれているのだ。


 更に言えばそんな皇帝が直接頭を下げるのだから、どれだけの功績かは語るべくもないだろう。衆目に祀り上げられるだけが、功績に対しての評価ではない。


 しかも、背後に控えた秘書官らしき人まで一緒になって頭を下げている。それはつまり皇帝の独断ですらなく、本当の意味で帝国という国自体が私たちに感謝を示しているということだ。


「いえ頭を上げて下さい、陛下」


「それだけ君たちの功績は計り知れないのだ。私の頭ひとつ下げた程度で納得してもらえるとは思っていない。だが、これ以上飾る言葉がないことを許してほしい」


 そこまで言い切ってから、皇帝は頭を上げる。端正な青年といった顔立ちに、人間国では珍しい黒髪。東方にある遠い国ではそれが当たり前らしいが、近隣諸国にいる髪色ではなかった。


「英雄ドレイクですら敗れた相手を捕縛し、帝都を救ってくれたのだ。望むだけの報酬を用意しよう。なにが望みかな?」


「いえ。私たちはSランク冒険者の責務を果たしただけで……」


「強ぇ奴の情報」


「処女を100人と言えば、くれるのかのぅ?」


「あなたたちねぇ! 本当に申し訳ありません!」


 私は2人の発言に肝を冷やしながら頭を下げる。


 もしこの皇帝が狭量であれば、不敬罪で犯罪者にされてもおかしくないのだから。もちろん、そんな奴に従う義理もないから、その場合は全力で抵抗させてもらうけど。


 だが皇帝は穏やかに微笑むだけだった。背後に控える秘書官らしき人の表情にも変化はない。どうやら怒ってはいないようだ。


「気にしなくて良い、フラン殿。そなたはSランク冒険者の中でも――こういう言い方は良くないかもしれないが、比較的まともだと聞いている」


 Sランク冒険者が変人揃いなのは左にいる先生を見れば一目瞭然なので、皇帝の言い方に否定的な感情を抱くことはなかった。


 むしろ微笑んで許してくれたことに安堵の色しかない。


「それでは、そなたから聞こう。そちらのエクレア殿と……始祖吸血鬼殿、でいいのか? そちらには順番に聞くことにする」


「わ、私ですか? えっと……」


 そう言われても特に思いつかない。

 おそらくは「金銭で支払う」と、帝国側から言われると思っていたからだ。


 とはいえ、金銭もSランク冒険者として活動していれば余るほどにある。だから金銭はあんまり望んでいなかった。かといって、特に望みなど思いつかない。


 困った末に、私はひとつの案をひねり出した。


「じゃあ私は……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る