災厄のライトニング ~初級雷魔術しか使えないが、生き抜くために俺より強い奴に会いに行く。いいえ先生、貴方は既に世界最強です~

伊達スバル

第一章 王国編

01 孤児の少年

「強くならなきゃ……」


 倒れ込む大人の男3人を見下しながら、ひとりの少年は呟いた。

 その瞳には、生き抜く意志が獰猛なまでに宿っている。


 深夜の森奥。

 整備されていない獣道で、少年はぐっと拳を握るのだった。






 時を遡ること数時間。

 少年は馬車の中で手を拘束され、猿ぐつわを噛まされていた。


 男たちの数は3人。見張りが2人。もう1人は当然、馬車の御者だ。

 馬車が揺れる音で次第に意識がハッキリしていく中、少年は彼らの会話を聞く。


「今度のガキは外れだったってよ。カシラがボヤいてたぜ」


「ああ。魔術の適性があるとかで勉強させたのに、使えるのは初級魔術のひとつだけ。魔力もねぇし、投資した甲斐がなかったらしいな」


 少年は彼らの会話に出た『ガキ』は自分のことだと理解する。

 幼い頃に魔術の才能を発現した彼は、〈雷撃ライトニング〉を使用することができた。


 初級魔術の内の、たったひとつ。

 だが、それを何の勉強もなく発動したのは紛れもなく才能があったと言える。


 それを見た孤児院の院長は「エクレア! お前は神童だ!」と大喜びしていた。

 少年――エクレアはその光景を今でも鮮明に思い出せる。


「せめて魔力があれば、魔術研究所に送って実験体にできたのによ」


「それに初級魔術だけじゃどこにも売りに出せねぇ。結局、勉強させるだけさせて鉱山奴隷に出荷だもんな。割に合わねぇよ」


 ――何を言ってるんだ。


 エクレアは頭上で交わされる会話を、まぶたの裏で聞いていた。

 

 理解できないわけではない。

 だが理解したくなかった。


「しっかしカシラも役者だよな。孤児院の院長になってもう何年だ?」


「10年になるか。ま、ガキを奴隷として売るだけでオレたちも安泰なんだ。カシラには媚売っておいて正解だぜ」


 ――10年。


 エクレアが孤児として拾われたのは、その頃。

 当時5歳だったエクレアに手を差し伸べたのは、その孤児院の院長だった。


 新設の孤児院はキレイで、スラム街の中にあるはずなのにまるで別世界に思えた。

 院長も優しく、他の子どもたちとも仲良く遊んで――。


 ――そういえば、俺の前に里親が見つかったって言ってた奴ら、手紙もよこさなかったけど。


 エクレアよりも年上が何人かいた。

 皆、成人――15歳になると里親が見つかったとかで孤児院を出ていったのだ。


 別れはつらく、「絶対手紙を書くから」とか、「また会いに来るから」とか、そんなことを言って里親の元に行った奴ら。

 ただ彼らが孤児院を訪れに来ることはなかったし、手紙すら来なかった。それはやっぱりいい暮らしをすると、孤児院のことなんか忘れてしまうのだろうと。そう思っていたのだ。


 そのはずなのに。


 ――もしかして、手紙もよこせない環境に置かれているってことか。


 15歳で成人し、奴隷として売られたということだ。

 当然、奴隷は違法だが、その使い勝手から奴隷を求める声は裏社会の至るところで上がっている。


 ましてや両親も身分もない孤児など。

 社会の裏側を生きる者からすれば、格好の獲物だったというわけだ。


「しっかりした身体と読み書き能力。だがなにより大事なのは若さ……それがあれば、他の奴隷とは一線を画した売値になるからな。カシラもやめられねぇんだろ」


「ひとり売るだけで、数年は遊べるからな。あの孤児院は金のなる木みてぇなものだ」


 ――じゃあ、俺たちは何のために。


 エクレアはぎゅっと唇を引き絞った。

 あれだけ優しかった院長も。あれだけ楽しかった孤児院での時間も。


 全部、嘘だったというわけだ。


「でもコイツはダメだ。コイツのために魔術関係の本も仕入れたのに、最低の売値しか付かねぇ鉱山奴隷だ」


「魔術方面で考えてたから肉体も鍛えてねぇしな。目つきが悪いから買い取る好事家もいねぇ。本当に外れだった」


 失望の声が頭上から降り注ぐ。

 エクレアは思考を回し、このままではダメだと結論を出した。


 ――じゃあどうするのか。


(〈雷撃ライトニング〉)


 エクレアは無詠唱で、使用できる唯一の魔術を発動させた。

 空き時間と魔力があれば、幼い頃からずっと使っていた相棒のようなもの。


 見ないままに手のひらから電撃を伸ばし、手首を拘束するロープを焼き切った。

 手が自由になり、静かに素早く立ち上がる。


「ん……? なんか焦げ臭くねぇか?」


 見張りのひとりが異常に気付いたのか、エクレアの方を見る。

 と同時に、驚きにその顔を変化させた。


「おいっ! テメェ、どうやっ……!」

「〈雷撃ライトニング〉!!」

「あばばばばばばばばばばっ!!!!」


 突き出したエクレアの右手から真っ白な電撃が中空を飛んでいき、男に直撃する。

 男は一瞬だけ白く光り輝いたと思うと、すぐに倒れ込んだ。


 それを見て、もうひとりの男もエクレアの方を向く。


「よくもっ!」


 男は素早く剣を抜き、エクレアに振りかぶった。

 だが、直線的に接近してくる目標ほど狙いやすいものはない。


「〈雷撃ライトニング〉!」

「ぎゃああああああ!!」


 もうひとりの男も、呆気なく馬車の中に倒れた。

 本来、〈雷撃ライトニング〉は多少の電撃属性ダメージを与える程度の魔術でしかない。


 だがこれは、エクレアが10年ほどずっと鍛錬してきた魔術だ。

 威力だけに限って言えば、エクレアのそれは既に初級魔術の中でも限界レベルに高い。

 

 エクレアは見張りの2人が完全に気絶しているのを見て、馬の方へ向かった。


「おい! なんだ! どうなったんだ!?」


 馬を操っている男は動転しながら大声を上げている。

 だが、エクレアは男に何も説明することなく、そっと背後に迫り、


「〈雷撃ライトニング〉」

「うぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!」


 得意の魔術を至近距離から思いっきり浴びせた。

 男は一瞬でうなだれて倒れ込む。


 その時、男の頭が落ちるように馬の首へ思いっきりぶつかった。


「ヒヒィーン!!」


 首を強く叩かれたと勘違いしたのか、馬は叫びながら頭を激しく振った。

 制御を失った馬は一気に暴走しだす。


「まずい!」


 エクレアはすぐに馬車の中に戻り、窓枠をしっかり握った。


 走っているのは森の中。

 草をなぎ倒し、道なき道を進み、風のように流れていく景色。


 身体を乱暴に揺らす衝撃に耐えながら、エクレアは自身を支え続ける。

 やがて、馬は木に激突して動きを止めた。


「ぐぅっ!」


 エクレアは必死に掴まり、なんとか馬車から投げ出されずに済んだ。周囲を確認して、完全に動きが止まったのを確認する。

 ほっと一息つき、エクレアは馬車から下りた。


 ――あまり訓練されていない馬だったらしい。


 馬は木に寄りかかるようにして倒れている。

 気絶しているのか死んだのか。どちらなのかはエクレアにはわからなかった。


「悪いが、今はお前に構ってる時間はないな」


 そう結論づけたエクレアは、馬から目を離して男たちの様子を見る。

 今の衝撃で3人とも投げ出され、森の中に転がっていた。


 ひとりは岩に木に後頭部をぶつけ。

 ひとりは地面に顔から落ちて突き刺さり。

 ひとりは落ちたところを馬車に轢かれていた。


 ――全員死んだ。


 賊どもが死んだところで何を思うわけでもない。

 コイツらに同情など不要だ。


 ただ、エクレアはひとつだけ実感することがあった。


 ――魔力が足りない。それに、魔術だけじゃ力が足りない。


 エクレアに残っている魔力はあとわずか。

 〈雷撃ライトニング〉をもう一発撃てるかどうかと言ったところ。


 もし〈雷撃ライトニング〉の威力が弱かったら。

 もし〈雷撃ライトニング〉を一発でも耐えられていたら。


 この結末はなく、エクレアは奴隷として売られていたかもしれない。

 そう思うだけで、エクレアの中に決意が生まれた。


「強くならなきゃ……」


 こうしてエクレアはこの世界で生き抜くことを決心し、森の奥に姿を消す。


 エクレアが自然の中で鍛錬し、人里近くに戻ってきたのは10年後のことだった。

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