第25話 麻婆豆腐 ①―⑥

『結果発表でーす!』


 魔法のモニターで映し出されているのは、実況のお姉さん。

 いよいよ、審判の時である。


 そんな時でも大衆食堂『りぃ~ね』はというと……。


「『ひき肉や調味料や香辛料で味と匂いを楽しむ豆腐の煮込み』で」

「『ひき肉や調味料や香辛料で味と匂いを楽しむ豆腐の煮込み』頼みますわ」

「『ひき肉や調味料や香辛料で味と匂いを楽しむ豆腐の煮込み』よろしく!」

 ……。

 …………。

 ………………。


 いつも通り営業しているのである。

 リーネいわく、結果発表日はお休みしているお店も多いけれど、うちはいつも通り営業するわよ? お客さんが待っているからね!

 とのこと。

 よほどお店の運営が楽しいらしい。

 まあ、通常営業なので、昼の休憩時間はあるとか言っていた。ノブユキにとっても繁忙期は抜けたと判断していいだろう。


「リーネさーん。できましたのでお出ししてくださーい」


 ノブユキはフロアに顔を出して、リーネを呼ぶ。


「はいはい、ちょっと待ってね。こっちの片付けがまだだから」


 ありゃ、リーネらしくもない。自分のほうが仕事が早いなんて。ノブユキはそんなことを思った。


 片付けを済ませたリーネが、受けたオーダーをこなすため、厨房までやってくる。すこし疲れ気味だろうか……昨日よりも動きにキレがないように感じる。


「きみ、わたしの仕事が遅いとか思っているでしょ」

「お、思ってませんよ」

「ほーんとっかなー?」

「……」

「まあいいわ。今日は身体強化の魔法だけで済みそうだから、そうしてるだけだし」

「ああ、昨日は時魔法の……、なんかを使っていたんでしたね」

「ふっ、我ながら無茶をしたわ……」


 神妙にうなずいて答えた。

 らしくもない。


「リーネさん。順位が気になるんですね」

「べ、べつに順位を気にしないために仕事に打ち込んでいるわけじゃないからね!」


 ……なんだか、今日のリーネさんはこう、わかりやすい。

 表情で考えていることがわかる。

 動きに影響がでる。

 言葉の選び方が違う。


 このお姉さんも人の子、じゃないエルフの子だったんだなあ、などと考えたところでなんにもならない。そんな思考をめぐらせるノブユキである。


『残念ながらー、降格となるー、100位から順に発表していきたいと思いまーす!降格してしまった店舗さんは、また次回の王都料理文化祭での復帰を期待ですねー!

では次々と発表していきますよー』


 順位を告げられていく店舗名。

 今のところ『りぃ~ね』の名は呼ばれていない。

 果たして、リーネの目標とする20位以内には入れたのだろうか。命の恩人の願いだし、叶って欲しい。


 ――頼む。入っていてくれー!


 願いつつ、ノブユキもリーネも営業を続ける。

 昨日、麻婆豆腐を食べられなかったお客が、注文していく。ライスカレーはたまにオーダーが入る程度だ。


 フロアからお客の悲鳴だか歓声だかわからないものが、響いてくる。


「からうまあああああ!!」

「うまからですわああああ!!」

「燃えるぜえええええ!!」


 満足してもらえている、と思いたい。

 やりすぎているなら、またライスカレーをメインに戻すだけだ。

 ライスカレーが駄目なら、オムライスだってあるし。

 他にも色々な料理を出してきた気がする。


 ノブユキはそんなことを考えつつ、業務をこなす。


 それにしても……。


『さあー、上位30店舗の発表に移りましょうー! ここからはもう名店と言ってもよいのではないでしょうかー!』


 ノブユキは、実況の念話を聞き、映し出されるモニターも見る。

 そして、フロアと厨房を行ったり来たりするリーネに打ち明ける。


「呼ばれませんね」

「呼ばれないわね」

「まさか本当に?」

「えええ? ノブユキくん考えすぎよ。この辺で呼ばれるに決まっているわ」



 ◇  ◇  ◇


『残り20店舗の発表です!』


 呼ばれない。


 昼の営業が終わり、休憩時間になった。

 ノブユキはいつものテーブル、いつもの位置で昼食をいただこうとするが、食事がのどを通りそうもない。

 隣のリーネはというと、食べているが、普段ほどの勢いはない。上品に食べているといった感じだ。ぱくり……ぱくり……。ゆっくり口に運んでゆく。



 ◇  ◇  ◇


『さあいよいよ残る10店舗ですよー! 3店舗までに呼ばれなければ、目抜き通りへの出店が可能となりまーす! どうでしょうねー! どの店舗になるのでしょうかねえー! わたくし、ドキドキしておりますー!』


 ――ドキドキしてんのはこっちだよ!


 店の小窓から見えるのだが、陽がすこしだけ傾き始めた。

 夕方からの営業に備えなければならない。

 ノブユキとリーネは仕込みの最中で厨房にいた。


「の、ノブユキくん。20位どころじゃない。10位以内に入っちゃったたた」

「お、おおお、落ち着きましょう、リリリーネさん」

「きみがまず落ち着きましょうよよよ」

「いえいえそちらこそそそ」


 正直。

 今日、手作りの料理を出したら、「あれ、いつもと味が違う?」と言われても仕方がないとも、ノブユキは思う。

 いったい何が起こっているのか。

 いや、確実に順位が発表されて、10位以内に入ったことはわかっているが、受け入れられない自分がいるのだ。……マジで? と頬をつねってみたりもした。うん、夢じゃない。



 ◇  ◇  ◇


『第2位の発表に移りまーす! ここで呼ばれた店舗さんは惜しかったですねー! あと一歩が足りなかったということでしょうかー!』


 夕方の営業時間が迫っているが、それどころではなかった。

 大衆食堂『りぃ~ね』が……トップ争いをしている!


 ほんとに夢じゃないだろうな?

 ノブユキは再び、先ほどよりも強く頬をつねってみた。痛い。

 うん、現実らしい。


「の、ののの、ノブユキくん」

「な、ななな、なんですか、りりり、リーネさん」

「ひょっとして、ひょっとして……ゆうしょ」

「それ以上はいけない!」


 フラグです、リーネさん!

 と、言おうとした時には。


 すでに。


 遅かった……。



『第二位の店舗はー!』


 


『大衆食堂〝りぃ~ね〟でーす!!』

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