第30話 スープ ①―⑤

「で、ノブユキ。その『らーめん』とやらは他にも種類があるのだな?」

「バイスさんは向上心のかたまりですね。『とんこつ』『塩』『みそ』もあるよ」


 ノブユキは、バイスの要望により、彼の店舗で講習会を開いていた。

 なぜその場所でやっているのかというと、王都料理文化祭において、連続で第一位だったため、店舗の移転が必要ないからだ。


 他の店舗は、続々と移転が進んでいるらしい。

 大衆食堂『りぃ~ね』もその対象だが、リーネに「先にそっちの用をすませてきてちょうだい」と、ノブユキは送り出された次第である。


 ノブユキは慣れない立場のせいで、あまり上手くしゃべれていない。

 手取り足取りというのもガラではない気がする。


「バイスさん。コロシアムの時は特別だったんだと思いますよ。らーめんは、お箸を使う料理なんですから、覚えてもお客に出す機会はないのでは?」

「王が心変わりして、お箸を使って食べる料理も認める可能性はあるさ。その時に、あたふたしないよう、今から練習しておきたいのだよ」


 ――そんなもんかな。

 国王はかなり、かたくなな性格をしているように見受けられたけど。


「ああ、そうだノブユキ」

「なんです?」

「僕は『りぃ~ね』に出向することにしたから、よろしく」

「は? いやいや、第一位。自分の店はどうするつもりですか」

「副料理長に経験をつませてやろうと思ってね」

「あなた目当てでやってくるお客が、がっかりしません?」

「はっは。その程度で揺らぐほど、うちはやわな鍛え方をしていないさ」


 ……第一位の店の指導は、かなり厳しそうだ。

 豊富な人材たちが、4期連続で第一位の結果をもたらしたのだろう。納得した。


 さて。

 ノブユキは元いた世界でつちかった、レシピの数々を惜しみなく伝授する。だが。


「はい、先生。料理ってその時その時で作り方を工夫するのが楽しいのですが!」

「うん。その通りだね。でもまずは最低限、先人が残した定石をなぞるところから」

「ええー、つまらないですよ、そんなの!」

「……」


 ずっとこんな調子である。

 そりゃ料理のやり方は決まっていないけれど、お客の口に入れるからには、すこしでも美味いものを提供すべきではないか? 俺が間違っているの? ノブユキは不安になってきた。


「ま、まあ。楽しく作って、美味しく食べてもらうことを心がけましょう」

「わかりました!」


 楽しく作るのは問題なさそうだ。

 美味しくなるかどうかは保証できないが。


「っと、そろそろ時間だ。帰らなきゃ」

「送ろうか、ノブユキ?」

「そうだな……道に迷いそうだから頼めるか?」

「了解したよ。そちらの店舗はまだ移転していないのだったね?」

「ああ。うちの支配人の意向でね」



 ◇  ◇  ◇


 ノブユキは、バイスに連れられて、大衆食堂『りぃ~ね』の近くまで戻ってきた。

 歩いていると見慣れた建物が、徐々に大きくなってくる。見知った店構えのはずなのに、ひどく懐かしく感じた。


 ――こことも、もうすぐお別れか……。

 感傷に浸る。


 本当に、色々なことがあった。色々な出会いがあった。色々なことを学んだ。どれもノブユキにとって大切な思い出であり、宝だ。


 さらに店へと歩を進める。

 ん? 誰かいる。いや、リーネはいてもおかしくはないのだが、他にも何名か人影が見て取れる。


 店舗の前には。

 ミッフィがいた。ドランがいた。アデルドがいた。使者のお姉さんもいる。そしてノブユキにとって、この異世界での原点と言える人……リーネがいた。


「おかえりなさい。ノブユキさん」

「戻ったか、小僧」

「遅いぞ、ノブユキよ!」

「お邪魔させていただいております、ノブユキさん」


 各々がノブユキに寄ってくる。

 が、ひとり、ぶすっとした表情で不機嫌そうだった。


「ノブユキくん、遅い! 余計なのがいっぱい集まっちゃったじゃないの!」

「落ち着いてください、リーネさん」

「ぬがー! 落ち着いていられないわよ! 言ったじゃない!」

「な、なんでしたっけ?」

「最後は二人でいっしょに移転を見守りましょって!」

「ああ……」


 そういえば、そんなことも言っていたような。

 コロシアムでの一件があまりにも大事になりすぎて、忘れていた。

 ノブユキは素直に「すみません」と謝る。


「リーネ、早くしましょう」

「リーネよ、老体をあまり待たせるでない」

「リーネさん、我ならいつまでも待ちますよ!」

「リーネさん、申し訳ございませんわ……」


 なんだなんだ、みんないったい何をしようとしてるんだ?

 ノブユキは、それぞれの顔をきょろきょろと見回して、困惑する。


 リーネが大きくひとつため息をつき、応えた。


「はあ……わかったわよ。みんなでね」

「いったい何をしようとしているんですか、リーネさん」

「記念撮影よ、ノブユキくん」

「へえ。いいじゃないですか、みんなで撮りましょうよ」

「まったく」


 リーネは軽く地面を蹴る仕草をした。

 機嫌が悪いのは間違いなさそうだ。

 理由はわからないが。


「はいはい、わかりました! みんなで撮るから集まってちょうだい!」


 みながそれぞれ同意の発言をする。


 背景にするのはもちろん、今までお世話になった店舗である大衆食堂『りぃ~ね』である。

 のれんをかけて、店舗に息を吹き込む。これがあるだけで、店が生きているような気になるのだ。


「ノブユキくんの隣はわたしだからね!」


 リーネの主張に、ノブユキを除く全員がうなずいた。

 ノブユキだけは首をかしげて、「なんで?」という顔をする。


 リーネの表情がまた変わる。

 無表情から、にっこりと笑う。


「まあいいわ。ノブユキくん、わたしの隣よ? わかった?」

「は、はい」

「じゃあ撮るわよ! 3,2,1……《複写》」


 ぴかっと一瞬だけ光る。大衆食堂『りぃ~ね』をバックに、全員が集合した画像。それを写し取った長方形の紙が出現した。全員ぶん、ある。


「さあ、移転よ移転! どうせだからみんな手伝ってちょうだい」


 はいはい。

 みんな、それぞれ賛同して、準備に取りかかった。

 店内に入って姿を消す。どうやら王宮お抱えの専属部隊は出番がなさそうだ。優秀な魔法使いたちでもあるのだ。


「ノブユキくん」


 ふと、リーネに呼ばれて、ノブユキは声のほうに向き直った。

 彼女の頬は赤く紅潮している。


「これからもよろしくね」

「……」


 ノブユキはこれから過酷な旅に出ることになるかもしれない。

 それでも。

 きっと、最後に帰ってくる場所は変わらない。変わらないのだ……。

 そう思って。


「こちらこそ」


 と、簡潔に答えた。

 それを聞いたリーネは、今までで最高の笑顔をノブユキに見せたのだった。




 * * * おわり / はじまり * * *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界レシピ ~現世ではレシピ通りしか作れなかった二流料理人ですが異世界で暮らし始めたら料理の固有魔法で無双状態でした~ 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ