第5話 サンドイッチ ①―①

「あーっ、晴れてよかった! やっぱり休日に公園で食べるおべんとうは格別ね!」

「……」


 リーネの案内で、ノブユキは王都の公園に来ていた。

 公園と言っても平面に整えられた広場で、遊具などは特にない。

 しかし、体育館が6つは建てられそうな広さは初めて見る。都会っ子だったからか珍しさに圧倒されて、頭がぼーっとしてしまった。

 周囲に障害物がなにもないので、たまに吹く風がすこし身に染みる。

 地面は芝生で覆われていて、まさに緑の絨毯といった感じ。


 長細い草で編まれたレジャーシートを敷いて、四隅を小さめの岩で固定。

 草魔法と、岩魔法とやらで、リーネが設置してくれた。

 2人はその上に座っている。


「ノブユキくん食べないの? じゃあわたしもーらい!」

「3つ目ですよ。食べ過ぎでは?」

「美味しいものはお腹いっぱいになるまで食べるのが、わたしの主義なの」

「そ、そうですか」


 はむはむ。ぱくぱく。もぐもぐ。

 大きなおにぎりをどんどん噛み崩していくリーネ。

 この食べっぷり、どこかで見たような気がする。


「ノブユキくんは、食べないの? んぐんぐごくん」

「のどに詰まらせますよ……」


 そうだ、思い出した。

 ついさっきまで見ていたじゃないか。

 ミッフィの食べっぷりにそっくりなのだ。


「王都大食い大会チャンピオンのわたしに、そんな気遣いは無用よ」

「それ、ひょっとしてミッフィさんも関係してます?」

「あいつとはいわゆるライバル関係。ふっ、前回大会でチャンピオンの座を奪われたときったら、悔しそうで悔しそうで、ぷるぷる震えてたわ」

「……リーネさんって容赦ない時がありますよね」

「食に関して手は抜かない。これもわたしの主義よ!」


 リーネがあまりに堂々と語るせいか、口出しするのも野暮に感じてしまって、黙るしかないノブユキである。

 さて、自分もおにぎりをひとつ食べるか、と思って弁当箱に手を入れた……。


 ない。

 おにぎりが、ない。


「あの、リーネさん。おにぎりが、ないんですが」

「ああ、ごめんなさい。夢中で話していたから無意識に全部食べちゃったわ」

「どんな理屈ですか。まあいいですけど」

「はあ、のどかねえ……」

「そうですねえ……」


 2人がいるのは公園の端のほうだ。


『あはは! 《ファイヤーボール》!』

『いえーい! 《アイスキャッチャー》!』


 火の玉を投げて、氷のグラブでキャッチする子どもの姿があり。


『むむむ。《ウッドボード》』

『いっくよー。《ウインドランス》』


 木の板に向かって、風の矢と思われる物体をぶつける同年代くらいの姿あり。


『おぬしの力はそんなものか!』

『まだです……まだやれます師匠!』


 ドワーフと思われる人物を慕いながら、木剣を振る男性の姿あり。


 ああ、ファンタジーだなあ、とノブユキは眺めながらのんびりしている。

 両腕をつっかえ棒にしながら、なんとなく上を見ると、青い空があった。

 空の先に宇宙があったりするのかな、などとどうでもないことを考えていると。


 ぐうぅ~。


 お腹が鳴った。

 さすがに何か食べたい。

 でもおにぎりはリーネにすべて食べられてしまった……。


 自分の腹に目がいき、そして視線の端にちらりとリーネの顔が映る。

 申し訳なさそうにしていた。


「ご、ごめんなさいね、ノブユキくん! わたしが全部食べちゃって!」

「いえ、美味しかったのなら、それでいいですから」

「今からどこかのお店に行って、奢りましょうか?」

「それには及びませんって」


 首を振ってリーネを制する。

 お金を持ち合わせていないノブユキに許された手はひとつ、だ!


「《レシピ》たまごサンドイッチ」


 両手を天に掲げ、唱える。


 太陽に照らされて黄金色に光るゆで卵が、宙に出現する。

 ばらばらにほどけていくと、ねっとりとしてる、白い、固体と液体の中間のような物体――マヨネーズが混ざる。

 茶色の食パンが三角や、四角に分散していき、マヨネーズの混ざったたまごたちを挟み込む。

 底が薄く表面積の多い木皿が最後に出現し、召喚された料理が着地した。


「ふう、上手くいきました」

「こ、これ。『野菜や揚げ肉を挟み込んだパン包み』!?」

「た、たぶん……むこうの世界では『サンドイッチ』と呼ばれていたものです。あ、おにぎりと同じで具材は色々と選べるんですが、今回は俺の好きなたまごにしましてしまいました」

「たまごなんて挑戦者ね……。一個だけ! おねがい! ちょうだい!」


 ノブユキはリーネをじっと見つめ……折れた。

『野菜や揚げ肉を挟み込んだパン包み』という名から察するに、たまごを原料としたサンドイッチはあまりないのだろう。特にマヨネーズが難しいはずだ。調味料をイチから作るのは、職人の仕事と思われる。


「一個だけですよ」

「やった!」


 言うなり口に入れて、もぐもぐしはじめるリーネ。


「こ、これは……甘塩っぱいたまごソースに、しっとりとしたパンがやわらかな歯ごたえを生みだしていて、美味しい! も、もう一個……」

「塩分の取り過ぎです。あと、俺の分がなくなっちゃいます」

「くっ、今度また作ってよ!」

「俺の体質のことがもうちょっとわかってからにしてくださいね」


 そうだったわ、とリーネは惜しそうに人差し指を噛んだ。

 このお姉さんは、言動が割と過激だな、と思うノブユキ。

 ん? リーネはなにやら考え込んでいる様子だった。


「決めたわ、ノブユキくん」

「何をです?」

「きみの体調を考えて、週にお休みをする日を設けましょう」

「ファッ!?」

「料理のすべてを任せているきみがいないと、お店を臨時休業にしなきゃだし!」

「あ、そういう意味デスか……」


 半年間、ほぼ休みなく働いてきたノブユキに。

 とんでもない爆弾発言をしてきたリーネだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る