第4話 おにぎり ①―②

 朝日が昇りきり、料理人ギルドが業務をはじめる頃。

 リーネはノブユキを伴って建物の前まで来ていた。


「あとはギルドの人にお任せになるわね」

「え、リーネさんはついてきてくれないんですか?」


 人懐っこそうにするノブユキ。

 リーネは母性を刺激されて、なんとも言えない気分になる。

 でもまだ出会って半年。

 しかも仕事の他でコミュニケーションを取る機会はほぼなし。

 ここで急に接近して、引かれるのも困る。


「受けつけで待っているから安心して。それよりもギルドの人と仲良くね」

「むむむ、コミュニケーションってあんまり得意じゃないんですよ」

「ギルドのおかげでわたしたちは安心安全に料理に打ち込めるんだし、店舗を構える許可だってギルドを通さないとできないことだからね。何にせよ、もしどうしようもないほど困ったことになったら、ギルドに駆け込むことになるから親交は深めておいてちょうだいね」


 はい、中に入った入った、とリーネに押し切られるノブユキ。

 ノブユキにとっては未知の施設にはじめて……正確には2回目になる訪問だ。

 怖がってしまっても無理はない。


 リーネの背後にほとんどくっつくような形。リーネが料理人ギルドの大扉を開く。両開きになっている金属製のそれは、ぎぎぎぎ、となんとも威圧感のある音を放ち、ノブユキをおびえさせた。


「……ちょっとノブユキくん、後ろに隠れてないでそろそろ出てきてよ」

「いやです」

「はあ、あまえんぼうねえ……」

「未知の世界で未知の組織にひとりで取り残されるって、かなり怖いですよ」

「それもそっか。じゃあ次からは自分からやり取りするのよ」

「わかりました。今回は特別ということで」



 中に入り、きょろきょろと辺りを見回すノブユキ。


 元の世界における『学校の教室』くらい、広かった。部屋の隅にはカウンターと、別室につながる仕切りが見て取れる。アーチ状にくり抜かれており、受けつけだろうと見当がついた。

 他にはふかふかしていそうな長椅子と、机がいくつか。そして、二階へと通じているっぽい、階段があった。


「あら、リーネじゃないの。どうしたの、こんな早く?」


 リーネに声をかけてきたのは、彼女と同じくらい背の高い女性だった。

 深緑を思わせるセミロングの髪から覗くのは、長細い耳。その他は人間と変わらずこれといった特徴はない。切れ長の目と眼鏡が印象的な、やり手のお姉さんといったところだ。


「ミッフィじゃないの! 早番?」

「今日は朝から夕方までね。それで? 貴女の後ろに隠れている子は?」

「ああ、あんたノブユキくんが担ぎ込まれてきたときいなかったものね。紹介が遅れちゃったわね、うちの最終戦力よ!」

「ひょっとして『料理魔法』が使えるっていう?」


 うんうん、とリーネは頷く。

 さすがに後ろに隠れたままでは失礼か、と思ったノブユキはリーネの隣に。

 そして挨拶をする。


「ノブユキ=コウノです。よろしくお願いします」

「ノブユキさんですね。私はミッフィ、こちらこそよろしくお願いします。ひょっとしてですけど、いいところのお坊ちゃんだったりしますか?」

「へ?」


 ノブユキは、なんと答えたらいいのか迷った。

 元の世界では確かに著名な料理人を両親に持っていたので、お坊ちゃんと言えるかもしれない。だが、この世界でも、そんな認識でいいのだろうか?

 と、そんな心配をしていた彼にミッフィは、両手を振って謝る。


「あ。名字も名乗るだなんて、しっかりした子だなあと思っただけですよ」

「そうでしたか。では、改めて、ノブユキです」

「やっぱりしっかりした子じゃないの……、見るからによさそうな子をつかまえたものね、リーネ?」


 リーネはノブユキの隣で、自慢げにふんぞり返っていた。


「まあ他力本願でもいいから店舗の順位を上げたいってのもどうかと思うけれどね。ノブユキさん、がんばって。それで、今日の目的は? 何かの依頼?」


 ミッフィはノブユキの胸に拳を軽く当てると、リーネに向き直って近づいた。

 リーネが本題を切り出す。


「ミッフィ。魔力切れを起こしたから、マジックポーションを使ったのに魔力が回復しないとかあり得ると思う?」

「ないわね」

「それが起きたのよ」

「……詳しく聞かせなさい。テーブルに移動しましょう」


 どうやらギルドの人だけでなく、リーネも一緒に対応してくれるようで、胸をなで下ろすノブユキである。

 そして、3人ともテーブルへと移動して、椅子に座った。



 おお、やっぱり見た目通り、このソファふかふかだな!

 などとノブユキがのんきなことを考えている間。


「信じられないわねえ」

「やっぱり料理魔法が特殊なのかしら」

「その可能性が大きいでしょうね」

「無茶させすぎなのかしら」

「半年はなにもなかったのでしょう? 魔力総量は測ってみたの?」

「あ、まだだったわ」

「貴女ねえ……」


 ミッフィとリーネは、ノブユキにはよくわからない会話を続けていた。

 会話の内容をつまんで解釈してみると、どうやら魔法のことを話しているようだ。


「ノブユキさん」「ノブユキくん」

「二階にあがりましょう」「二階にいくわよ」


 がたっがたっ。

 競い合うように揃って立ち上がるミッフィとリーネ。

 頑丈そうな椅子がすこし揺れた。


「二階にはなにがあるんですか?」

「行けばわかりますよ」「行けばわかるわ」


「そ、そうですか」


 機嫌の悪そうなふたりの美女に、たじたじになるノブユキ。

 果たして二階へのぼってみると……。


「おお……」


 すべてが銀の世界で覆われていた。

 金属製の部屋、金属製の調理器具、金属製の食器。

 木製だらけの『りぃ~ね』とは明らかにおもむきが違った。

 どこかこう……気品が感じられる。


「ギルドの厨房です。ここで調理すると、本来なら料理人から消費される魔力ですが代わりに空間から消費されるようになっているのです」

「つまり、ここで料理魔法を使えば、どのくらいきみの身体に負担がかかっているかわかるってことよ!」


 ミッフィとリーネが相変わらず競うように解説してくれた。

 縮こまりながら、こくこくとうなずくノブユキ。ふと気になったので聞いてみる。


「あの……料理に魔法って使うものなんですか?」

「説明が難しいところですが、使う場合も使いますね」


 ミッフィがどう答えたものか、と困りながら返答する。

 しかし、ノブユキの疑問は解消されず、さらに続けた。


「具体的には?」

「ほら、前に着火する際に使うとか、鍋に水を張る際に使うとか説明したじゃない。あれの延長みたいなものよ。いざ、火を出そうとしたら出なかったり、水を出そうとしたら出なかったら、まずいでしょう? だからどのくらいで魔力切れをおこすのか知っておくことは、けっこう重要なの」


 負けじとリーネが説明の役を奪う。

 馴染みっぽいふたりだが、どうやら複雑な事情がありそうだ……。

 あまり突っ込まないようにしようと、ノブユキは思う。


 ミッフィはじろりとリーネをにらむ。

 リーネは負けじと視線をぶつける。


「リーネ……これはギルドの仕事よ。あまりちょっかいを出さないで」

「あら、うちの大事な料理長だもの。保護者のわたしがついていて何か不都合があるかしら?」


 目から火花を散らすふたり。

 見ていられなくなったノブユキは、そっと本題に入った。


「じゃ、じゃあ、魔法を使いますね。えーっと《レシピ》おにぎり」


 宙で、炊きたてほやほやのご飯が、湯気を出しながら、舞う。

 三角形に収縮してゆく。

 中心部には赤い宝石を思わせる焼き魚の切り身。


 今朝、リーネのために作ったものと同じ『しゃけおにぎり』だ。


「ほ、本当に魔法みたいな魔法ね……」

「ミッフィ、あんた相当に馬鹿っぽい発言してるわよ」

「見慣れた貴女は違うかもしれないけれど……これで美味しかったらまさに奇跡よ」

「ふっ、ならば食しなさい。我が店の料理を!」


 え。

 ちょっとちょっとリーネさん。

 メニューをシチューのみにしぼって営業している今でも大変なのに、さらに増やすつもりですか……? 言えない、ノブユキ。


 その間。

 もぐもぐ。もぐもぐ。もぐもぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


 一心不乱に食べ続けるミッフィ。

 気持ちのいいほどの食べっぷりだ。

 かなり大きめに召喚してしまったおにぎりが、あっという間になくなった。


「お、お味はどうでしたか?」

「お米に合う上品な塩。お米自体も高品質。さらに甘みすら感じられる魚の切り身。立ち上る湯気は寒さを吹き飛ばす温かみがあり、手に感じる熱さすら心地よく。これは、美味しい、とても」

「そ、そうですか……」

「はい、美味しいですよ」


 とりあえず合格点をもらえたようで、安堵するノブユキ。

 近くで見守っていたリーネがくすくす笑っていることに気づく。


「リーネさん、どうかしました?」

「あ、いいえ。ミッフィが他人の料理を褒めるところなんて、久々に見たなって」


 そこでちょうどおにぎりを胃に収めたミッフィが割り込んでくる。


「リーネ! いらないことは言わないでよ!」

「だってあんた、酷評がひどすぎるってどの店舗からも嫌われてるじゃないの」

「私の舌を満足できない料理しか作れない店が悪いの!」

「あんたを満足させられる店なんて、それこそ目抜き通りの7店舗くらいでしょ」


 かしましく盛り上がっているところ申し訳ないのだが、ノブユキは手を挙げる。


「あのぉ……それで魔力の測定はできたのでしょうか?」

「はっ、そうだったわ。ノブユキさんすみません。ええっと……《測定結果》」

「意識を集中させて発言したように見えたんですが、今のって魔法ですか?」

「そうですよ。ほら、ここに結果が」


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 魔力総量:A+

 魔法適正:Error

 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 指し示されて、金属台の上に浮かび上がった文字を見つめるノブユキ。

 なるほど、わからない。

 と、代わりにミッフィが答える。


「魔法適正が『Error』? なによ、これ、あり得ない……」

「どったの、ミッフィ?」

「リーネ……、とにかくその子に無茶をさせないで。私も、もっと詳しく調べてみるけれど、魔法適正が『ある』か『ない』じゃなく『不明』というのは何かある。もしかしたら、この世界の常識がひっくり返るかもしれないくらいのものが」

「無茶させないで、って言われても……もうわたしの店、かなり繁盛しちゃって常連さんまでできてるんだけれど」

「これだから、貴女という人は……」


 ミッフィが頭を抱えて座り込んだ。上目遣いでノブユキと視線を交わす。


「ノブユキさん。あなたの魔力総量はかなりのものです。多少の無理をしても平気でしょう。でも決して油断はしないでください。あなたの魔法は『どの属性にも当たらない』特殊なものか、魔法とは違う特異なものの可能性が高いのです」

「わ、わかりました……」


 彼女の真剣な表情に、生唾をごくりと飲み込むノブユキ。

 それでも……自分は『りぃ~ね』でお客に料理をふるまう生活を続けるだろう。

 そんな気がした。

 なぜなら、命の恩人である自分は、リーネのものだと考えているからだ。


 ――がやがや、がやがや。


「下が騒がしくなってきましたね。狩猟の依頼を見にきた冒険者か。調理器具の発注を求めてやってきたお店の人か。まあいろいろでしょう。今日のことは秘密ですよ。特に、魔力適正のことはうまく誤魔化してください」


 ノブユキは、こくこくと首を縦に振る。

 リーネも、眉間にしわをつくり、納得がいかない様子だったが、同様にした。


「最後にノブユキさん」

「は、はい、なんでしょう。ちょっと顔が怖いですよ」

「『炊いた白米の三角固め』とても美味しかったので、また作りに来て下さい」


 それを聞いて。なぜだか。

 ノブユキは顔が赤く熱を帯びているように感じられた。

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