第21話 麻婆豆腐 ①―②

 ノブユキは料理の合間をぬって、フロアの様子をうかがう。


 客足は多くもなく少なくもなく、いつもと変わらない感じだった。

 もっと、押し寄せてくる気がしていたので、ちょっと気落ちしそうになる。


 ――いや、いかんいかん。俺が萎えていてどうする!

 両手で頬を張って気合いを入れ直す。


「ノブユキくん、3番テーブルに3名さま。1番、4番カウンターも」

「料理は?」

「『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』よ」

「了解です」


 やはりというか、おそらく大衆食堂だけでなく高級料理店も、ライスカレーを主力として出してきている節がある。


 ノブユキも1年間『りぃ~ね』で働いてきたのだ。常連客なら声でわかるし。今のところなぜかひとりも来ていないようだった。


 お祭りが始まってから体感で1時間半。

 常連客たちは「『りぃ~ね』ならあとでも行けるかな」と思っているのだろう。

 事実、やってくるお客は、『りぃ~ね』の出すウワサの料理を聞きつけて、やってきた野次馬のようなお客ばかりだ。


 でも、お客はお客。希望を胸に抱いて帰ってもらえるよう、全力をつくす。

 ノブユキの内心は、熱く燃え上がった。


 いつもより気合いを入れて、魔法を唱える。

 手早くライスカレーを召喚させ、できたてほやほや、あっつあつのうちに、リーネがお客の元まで運んで行く。


 お客の反応はというと。


「ウワサは本当だったんだな!」

「ああ、この店はアタリのようだ」

「この絶妙な旨みと辛さ……ご飯が進みますわ」


 上々の評価をもらえているみたいで、ノブユキはひと安心した。

 と、カウンター席に座っていた、ヒューマンの男性が振り返り、テーブル席の客へ向かって告げる。


「ここの店はなんでも味の濃さや辛さまで微調整してくれるらしいぜ」

「なんじゃと!? うーむ、今は食ったばかりで腹がいっぱいじゃ……また後で寄らせてもらおうか」


 私も、わたくしも、俺も、俺様も、オイラも、儂も。

 大人も子どももお姉さんも、どんどん賛同して、店内が賑やかになってゆく。


「お代はいくらだい?」

「はい、銀貨1枚になっております」

「じょ、冗談だろ!? 普通は銀貨3枚は取られる品だぞ? はっ、まさか悪徳商法にでも、はめようとしているのか!?」

「いえいえ、当店の適正価格です。ふところに余裕があれば、またぜひいらしてください」


 ううむ、にわかには信じられん。

 そう言って会計を済ませたひとりのお客は、店から出て行った。


 美味い、安い、給仕のお姉さんが綺麗。

 三拍子が揃っているのだ。最後のひとつは、美男子の給仕がいれば、女性客だって

リピーターになってくれそうだが、そんな都合のいいやつは存在しない。ノブユキがもし仮に接客に出たとしても、何の反応もしてくれないだろう。


 さらに1時間ほどが経過し、ようやくぽつぽつと常連客が訪れ始めた。

 というか顔なじみの段階だった。


「いらっしゃいませー! ってなんだ、爺さまとアデルドさまじゃない」


 ドランとアデルド、それにもうひとりがやってきた。


 ドランがまず口を開く。


「麻婆豆腐とはまたなつかしい料理に挑戦したのお」

「作ったのはノブユキくんだから。わたしはなーんにもしてないわよ」

「おんしの場合、新しい料理に挑戦させるとまず爆発させるから任せておれんわい」

「なによ爆発って。爆発させたことなんてないでしょ」

「物理的にではなく、舌への精神的な意味でじゃ」


 リーネはへそを曲げてしまったようで、アデルドに向き直った。


「アデルドさまも新作が目当てですか?」

「うむ。先日いただいた『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』も美味であったが、それを超えるものを作ったと聞いてな」

「へえ……誰からです?」

「誰からも何も、我らとともに先ほどから立っておるであろう」

「あら、いっけなーい。存在感が薄すぎて気づかなかったわー」


 おどけた先にいたのは……ノブユキが麻婆豆腐を開発するにあたって頼った相手、ミッフィだった。


「ごめんね。目に入らなかったわ、ミッフィ」

「あら、かなり目が悪くなったみたいねリーネ。あなたも眼鏡をかけてみては?」

「はっ、眼鏡! わたしが眼鏡! ないわー、あんたファッションセンスないわー」

「ならコンタクトでもいいわよ」

「残念だけど、わたし視力もいいから」

「他に何かいいものがあるとでも言いたそうね」

「『美力』よ!」


 ふぅ……、とミッフィはこめかみを押さえた。

 それを見たアデルドとドランが、ひとことずつ。


「まあまあ! 美人が口げんかしちゃあ、賑やかな場が台無しだよ!」

「うむ。儂らは美味いものを食べに来たのであって、見苦しい喧嘩を見に来たのではないのでな」


 すると、リーネは突っかかっていたミッフィから、ふいっと視線を外し。


「5番テーブルさま3名でーす。き、こ、え、てるわよね。ノブユキくん?」

「は、はいただいまー!!」


 のぞいていたのがばれていて、ノブユキはあわてて厨房の中にすっ飛んでいった。

 そして、麻婆豆腐を3名ぶん召喚し、リーネを呼ぶ。


「できました! お出ししてくださーい!」

「ん。ありがとね」


 頬に、温かくて、やわらかくて、みずみずしいものが触れた気がしたけれど、錯覚だろう。


 リーネがフロアに戻っていく姿を追って、ノブユキも厨房の端からのぞき込む。

 ドラン、アデルド、ミッフィの前に、麻婆豆腐の乗った皿が置かれて、それぞれがスプーンですくって口に運ぶところだった。


 ――ミッフィさんは大丈夫なはずだ。問題は残りの2人……。


「なつかしい味じゃのお」

「うまああああ、からああああ! なんであるかこれはああああ!!」

「さすがですね、ノブユキさん」


 3人とも気に入ってくれたようだ。

 よしっ、とノブユキは小さくガッツポーズを取った。

 これで他のお客も注文してくれるようになってくれれば、現状はベスト。


 だが、相変わらずオーダーはライスカレーに集中している。

 かなり流行りとして情報が広まってしまったようだ。麻婆豆腐が切り札になり得ることは実感できたが、注文されるようになるにはまだまだ時間がかかりそうである。何か打つ手はないものか、とノブユキは思案する。


 ――だめだ、なんも思い浮かばねえ!

 ノブユキは接客にも興味を持ちだしたとはいえ、やはり根は料理ばかである。そうそう簡単に客を呼び込むアイデアがでるはずもない。


 そうこうしているうちに。


「うまかったぞい」

「あああ、まだくちびるがヒリヒリする」

「ほどよい旨みと辛みでした」


 言い残し、3人は帰って行った。

 今のところ、知った顔はこの3名のみ。いったいいつになったら、いつものお客はやってくるのか。ひょっとして、愛想を尽かされたのか。ノブユキは気が気ではなくなってきた。


 しゅばばばばばば!

 リーネはいつもと変わらず、恐ろしい早さで給仕の仕事をこなしてゆく。いや……すでに会計や呼び込みまでやっているのだ。もはや給仕の域を超えている。ノブユキだけではない。彼女も成長しているのだ。でなければ、『りぃ~ね』が繁盛することもなかっただろう。


 ……んで、この祭りっていつまでやるの? 休憩は?

 休むことなく、ぶっ続けで仕事をしていることに、ノブユキは不安を覚えた。


 リーネが料理を取りに来た際にさりげなく聞いてみる。


「あの、リーネさん」

「なに、ノブユキくん」

「もう夕方ですよ。いつもなら休憩時間を挟んで夜の営業に備えていた時刻じゃありません?」

「そうだけれど……それがどうかした?」

「お休みは?」

「ん? ないわよ?」

「……俺の聞き間違えでしょうか。ない、とか聞こえたんですけど」

「あはっ、うちは大衆食堂よ。お祭りの期間中は朝から夜まで営業! 夜半のお店もあなどれないし、営業できるうちはする! どのお店もそうしているわ」


 ――俺の魔力、保つのかな……。

 心配になるノブユキである。料理魔法なしでは、今の営業は成り立たないのだ。


 それに、例の密偵の話。は、専門の人たちに任せるから関係ないか。

 ノブユキは思考をばっさり切り分けた。こうでもしないと、やっていられなさそうだったから。



 夜も更けて、夜半営業の店舗が賑わいを見せる時間帯となった。

 魔法のモニターには、乱雑に入り乱れる、いかつそうな参加者の姿が映し出されている。静かに眠りにつく、いつもの王都の姿はない。


 ノブユキは自分をねぎらいつつ、なんとか祭りを乗り切ろうと、決意を新たにしたのだった……。


 ――あ、この祭りがいつまで続くのか。わす、わすれ……すやあ……。

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