第20話 麻婆豆腐 ①―①
『これよりー、実況者も何度目か忘れてしまったー、王都料理文化祭をー、開催いたしまーす!』
ノブユキは、頭の中で拡声器を使われているような気分に酔いそうになった。これも魔法だと、隣にいるリーネが言っている。
現在2人がいるのは、大衆食堂『りぃ~ね』の厨房だ。
『初参加の方もいらっしゃるかもしれないのでー、軽く説明させていただきまーす。王都の様々な場所に《瞬間移動》で案内をしてくれる魔法使いが待機しておりますのでー、寄ってみたいお店や店舗名をお願いしまーす。お送りしますのでー! 各地で配布させていただいた小冊子をご参照くださーい!』
――100店舗もあるのに、会場はどこになるんだろう?
などとノブユキは疑問に思っていたのだが、なるほど移動魔法だか転移魔法だかで送ってくれるようだ。
2人は、最後の打ち合わせをしていた……。
「いい、ノブユキくん。外の様子だけれど、こうして魔法でいつでも投影されて観察できる状態になっているの」
「そうですね。これ全部がお祭り目当てで集まったお客ですか?」
ちょうど王都の目抜き通りが、魔法で作られたモニターに映し出されたところだ。人がごちゃ混ぜに行き交っていて、歩きにくそうである。さすがは100店舗のうち選ばれし7店舗がある場所といったところか。
神妙な様子のノブユキを見て思うところがあったのか、リーネが熱弁をふるう。
「会場は王都まるごと全部。出品場所は各々の店舗よ。だから、どうあがいても評判という壁を弱小店舗は乗り越えなきゃいけないのよ。今まで王都に広めてきたうちのウワサを存分に発揮させてちょうだい!」
なるほど、これは痛いハンデだ。
瞬間移動の魔法のおかげで移動時間による差は生じないと思われるが、やはりお客なら美味いと評判の店が出す力作を食べてみたいだろう。弱小店舗はスタートの時点から宣伝という意味で出遅れてしまっているのだ。
だが、この1年で、大衆食堂『りぃ~ね』は大きく名を上げたと言っていいはず。常連客も多く獲得してきたことだし、彼ら彼女らが人づてに美味しいと語ってくれているかもしれない。
『それではー、お祭り開始でーす! 結果はー、参加者の投票によって決まりますのでー、どのお店も頑張ってくださーい。お昼に強いお店や夜半に強いお店ー、各々の創意工夫で参加者の方々を楽しませてあげてくださいねー!』
モニターが再び実況者を映し出す。
本当に……本当にはじまってしまった……。
「さあ、ノブユキくん。『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』で、他の店舗を蹴散らしなさい!」
「物騒な言い方しますね。でもすみません。ライスカレーでの勝負は、やめることにしたんです」
「え? ん? どういうことかしら?」
「ライスカレーじゃ勝てません。他の店舗に情報が流れすぎました。おそらくですがライスカレーでも上位20は難しいと思います」
「ならどうするのよ! もう当日よ、当日! 新しいメニューなんてないわよ!?」
ノブユキは、口をもごもごさせながら、リーネに告げる。
「実は……、こっそり料理人ギルドに通って、新メニューの開発に取り組んでいたんです」
「なっ、いつの間に! それにお金は!?」
「ミッフィさんに事情を話したら、金融ギルドからお金を貸してくれることになりまして」
「あれだけ借金を嫌がっていたのに……」
「俺もリーネさんの影響を受けちゃったのかもしれませんね。リーネさんなら、目標を達成するために、お金をいっぱい放出するでしょう?」
「まあ……カレールーと香辛料に全財産を使い込んだ身としては否定できないわね」
ノブユキは、くすりと笑い、そして表情をやわらかくして答えた。
「でしょう? なので今度は俺が驚かす番です。ライスカレーに対する切り札として機能するかもしれない一皿を完成させました」
「そ、それはなんなの?」
「麻婆豆腐(マーボーどうふ)です」
「とうふ? って、あのとうふよね? でも、マーボー? 聞いたことないわね」
「今、出しますので、味見してみてください。ミッフィさんにも手伝ってもらって、こっちの世界で好まれる味付けになっているはずですので」
「ミッフィ……あんの女狐……人が見ていないところで……っ」
「は?」
「いえ! なんでもないわ! ぜひ食べさせてちょうだい!」
「では」
ノブユキは意識を集中させる。
包み込むように両手を前に出し、唱えた。
「《レシピ》麻婆豆腐」
それは宙に現われた。
ブロック状に切り分けられた、白い豆腐。あまりやわらかすぎず、しかし固すぎもせず。およそ2cm幅の角切りだ。
ごま油で炒められた牛ひき肉は、カリッと香ばしそう。肉がパチパチっと音を立てて弾けている。
刻まれた長ねぎ、にんにく、しょうがたちが合流し、匂いを引き立たせてゆく。
味付けに、豆板醤(トウバンジャン)とオイスターソースが飛び込み、茶色の固体たちに深みを与える。さらに、鶏がらスープ、酒、しょうゆ、ラー油で味を調えて、できあがったソースに豆腐を絡めて煮込んでゆく……。
塩とコショウで味の濃さと辛みを調整。
水溶き片栗粉はとろみをつける役割を担う。粉山椒(こなさんしょう)も加えて、味と辛みをさらに整える。これで完成だ。
気品すら感じられる焦げ茶色の摩訶不思議な光景に、ノブユキは生唾を飲んだ。
ソースに絡んだ豆腐が、窓から差し込む陽光に照らされて光っている。
自分で食べてしまいたいくらい美味そうにできたものである。
リーネが興味深そうに、隣からのぞいていた。
「できましたよ」
「『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』と似ているかしら? きれいねえ……」
「おっと、見るだけでなく味わってから判断してくださいね」
「では、いっただっきまーす!」
言うと、リーネは皿をかっさらった。
大口で、麻婆豆腐をぱくりと、ひとくち。
「だああああ、辛あああああい!! でも、うまあああああい!!」
「気に入りました?」
「なによこれ、『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』とはまた違った旨みと辛さね! ま、まさか、これって……『ひき肉や調味料や香辛料で味と匂いを楽しむ豆腐の煮込み』かしら!?」
「相変わらず凄いネーミングですね……たぶん合っているかと。ライスカレーの味に慣れちゃったお客に出すならこれではないでしょうか?」
「いける。いけるわ、ノブユキくん! これをお出ししましょう!」
「でもライスカレーを目当てにやってくるお客がほとんどだと思うんですよね。特にうちの常連さんたち……」
「うっ」
リーネは、痛いところを突かれた、とばかりにのけぞった。
しかし彼女はどこまでも上を目指す女だと、ノブユキは知っている。
不敵な笑みを浮かべ、すぐに姿勢を正すと。
「両方お出ししましょう!」
開き直ったのだった。
ノブユキが、ぽりぽりと額を掻きながら答える。
「まあ、俺としてもそのほうが嬉しいですね。せっかく開発したことですし、お客の反応が気になりますので」
「だーいじょーうぶよ。『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』と『ひき肉や調味料や香辛料で味と匂いを楽しむ豆腐の煮込み』での二段構えですもの。いけるわ!」
――り、料理の名前に殺意を覚えたのは初めてだ。ノブユキはくらくらした。
だが忘れてはいけない。今はもう祭りの本番なのだ。競争の真っ最中である。
かぶりを振って、ぼけた脳を正気に戻す。
「さあ、いざ出陣よ、ノブユキくん!」
「はい、リーネさん!」
ノブユキを厨房へと残し、リーネはフロアを抜けて、外の入り口に移動した。
まだ人のいない店内は静かだった。
でかい声が、相変わらず厨房からフロアをうかがうノブユキの元まで届いてくる。
「大衆食堂『りぃ~ね』にぜひどうぞ! 『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』もやっておりますが、とっておきの新作も用意していまーす!」
祭りははじまったばかり。
いったいどんなお客がやってくるのか、どれだけのお客がやってくるのか、魔力は保つのか。心配の絶えないノブユキだった。
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