第19話 ライスカレー ①―⑤

 初夏になった。


 ライスカレーをメニューに加えたところ、オムライスはしばしの休暇よろしく、姿を消した。

 当然である。

 高級品であるカレールーを使用したライスカレーを、お手頃の価格で食べられるのだから。


 注文もひっきりなしに入って、ノブユキも大忙しだ。でも、やりがいは感じているし、お客の笑顔を見ると胸が熱くなるので、やめられない。

 魔力切れの気配も、なさそう……と感じる。こればかりは感覚なのでなんとも言えないのだが、すこし前にドランから再び魔力量などを測定してもらった際、レベルが10も上がっている、と驚かれたのだ。以前よりも魔法の使用回数と、自然回復力に余裕があるように思える。


「ノブユキくん! 2番テーブル4名さま! 1番と3番カウンターさま!」

「了解です!」


 ノブユキは手早く魔法でライスカレーを召喚する。


 かっかっかっ、かっかっかっ。6つの大皿が出現する。

 純白のご飯が乗っかった。

 とろ~り。表面に油がうっすら浮いた濃い茶色の液体がそそがれる。

 液体には、刻まれたたまねぎ、にんじん、じゃがいもなどが色のバリエーションを演出している。

 この世のものとは思えない美しい配色で輝く大山が、6つ誕生した。


「はい、どうぞ。お出しください!」

「ん、ありがと!」

「ちょ、一気に6皿は無理ですよ。カウンター席のお客は俺がお出ししますから」

「平気へいき! きみは料理に集中して!」

「また無理をしてぶっ倒れないでくださいよ」

「そっちこそ、気を逸らして変な味の『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』なんて出したら、ぶっ殺すわよ!」

「ぶ、ぶっころ……」


 ――本気じゃないよね?

 ついぽろりと口から出てしまっただけだと信じたいノブユキである。


 調理台の上に並べられたライスカレーを素早く回収したリーネは、フロアへと身を躍らせていった。

 給仕がすっかり板についたさすがのリーネでも、6皿同時は無理らしかった。厨房に戻ってくると、残りの皿を持って、再びフロアへ出ていく。

 会計に片づけに席案内。すべてひとりでやってしまうのだから、恐るべき働きだ。エルフである彼女は様々な魔法を習得しているらしく、特に身体強化の魔法をフルに活用して接客に応用している模様。


 ノブユキはいつものように厨房からフロアをのぞき込みながら、思索にふける。


 えーっと、こうしてライスカレーで有名になるだろ。

 他店も料理大会に向けて挑戦するようになるでしょ。

 でも流行っていない弱小の店舗は早々に諦めるはず。

 そうなると、ライスカレーで勝負してきそうなのは……上位30店舗くらいか?


 ――ライスカレーに対する切り札。反撃になるような料理も用意しておいたほうがいいかもしれない。


「ノブユキくん! 常連さんがお見えよ! えーっと」


 いつの間にか、厨房までリーネがまたやってきて。

 やれさらに濃いめがいいだの、辛いのがいいだの。逆に薄いのがいいだの、甘いのがいいだの。手作りでは絶対に応えられない要望を押しつけてくる。

 魔法だ魔法。様々である。

 魔法がなければ、こんな仕事やってられない。これも『りぃ~ね』だけの武器だ。他の店舗はその日その日で味にばらつきがあってアタリとハズレがあるのはもちろんのこと。細かい味付けの要望になんて応えられるわけがない。


「はいはいっと!」


 ノブユキがライスカレーをぱぱっと召喚して、リーネがしゅばばっと運んでいく。



 そんな忙しい昼の営業を終えると、夜の営業まで休憩時間となった。

 いつものようにリーネはライスカレーを所望する。


「ぐわっ、がっつがっつ。ぐわっ、がっつがっつ。んぐっ、んぐっ」

「リーネさん、もっと落ち着いて食べましょうよ」

「ノブユキくん、わたし気づいちゃったことがあるの……」

「えっ」


 リーネは何やら神妙な顔つきになった。

 細長いまゆ毛の間に位置する眉間には、いっさいの力がこもっていない。

 形のいい鼻と頬も同様だ。

 みずみずしい唇は中を見せることをなく、閉じられている。


 いつもの言動からは考えられない自然体。


「あのね……」

「は、はい」

「この食べ物って飲み物だと思うの!」

「なんですって?」

「飲める、飲めるわ。どんどん胃に流し込めるの! わたし、これが大食い選手権の料理だったら確実に勝てると思う!」

「そうですか」


 カレーは飲み物。

 ノブユキは、元いた世界でも「そんなこと聞いたなあ」と思い出して、笑った。


「な、なによ。ノブユキくん。わたし、そんなに変なこと言った?」

「いいえ、まったく」

「ならなんで笑っているの!」

「ああ、リーネさんはリーネさんだなあと、思いまして」

「どういう意味かしら!?」


 ノブユキはあえて答えなかったのだった。



 そして、夜の営業もはじまると、仕事帰りのお客が増えてきた。

 鎧を着込んだ人、スーツやレディースで身を固めた人。さらに。


「我がきたぞ!」


 スープン王国の第六王子、アデルド=スープンが現われた。王位がまわってこないことがほぼ確定しているとはいえ、お供もなしでやってくるとは。そう言えば試食会の時もお供はいなかった。毒味役もだ。それだけこの国が平和だということだろう。


 短く刈り込んだ銀髪に、服装は一般人とほぼ変わらない姿で、とても王子とは思えない。無理に格好つけないところが、王都民から愛されている要因か。自分のことを『我』と呼んでいるところに、ちょっとしたギャップを感じる。


「よお、料理長! 元気にやっているようだな!」


 すたんすたんすたーん。

 アデルドはダンスのステップを応用したかのような体さばきでフロアを抜け、厨房までやってきた。ずうずうしい気もするが、不思議と悪くは思えない。


 相手はこう見えて王子だ。

 粗相のないように対応しなければ、とノブユキは気持ちを引き締めた。


「本日はご来店いただきまして、ありがとうございます」

「うむ。新メニューを始めたと聞いて食べに来たぞ」

「はい、ライスカレー……じゃない。ええっと何でしたっけ。すみません!」

「『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』だ」

「そ、そうでした」

「おや? まだこちらの呼び名には慣れぬか」

「恥ずかしながら……」


 アデルドは、ノブユキを下からのぞき込むように、じろじろ見てくる。

 珍獣でも眺めているような視線に、ノブユキはたじたじとなった。


 アデルドは「まあよい」と言って、続ける。


「ちょいと耳を貸せ」

「は、はい」


 ノブユキの耳を自分の両手で包んだアデルドは、こそこそと話し始める。


(王都に他国の密偵が入り込んでおる)

「は?」

(しっ、おまえも我に耳打ちしたまえ)

(で、では失礼して。どういうことでしょう?)

(ドラン殿より聞いておるぞ。おまえ、料理魔法の使い手らしいな)

(それ、もう王都中に広まっていると思っていましたが……)

(我は王都の全店舗を回っておるゆえな。ただのウワサとの話もあったことであるし信じておもむくのが遅れた)

(そうだったんですね)

(うむ、で。客の中でそれらしき人物はおらんかったか?)

(あの……俺はただの料理人なんですけど)

(わかっておる! それでも違和感などあったことはないか?)

(……ありません)


 ノブユキが断言すると、アデルドは素早く離れた。


「ならばよい! ああ、我は腹が減ったぞ!」

「そうですか。じゃあ並び直してください」

「ちょっ、今まで待っておったのは何だったのだ!?」

「いや、ルールはルールなので」

「ちぃくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 とても王子のものとは思えない台詞を言い残して、アデルドはフロアを抜け、外へ出ていった。

 フロアが、ざわつく。


「な、なんだ?」

「アデルドさまでしたわよ」

「食いに来たのか?」

「いや、厨房に用があったみたいだし、設備についての相談じゃないか?」

「ああ確かに。店舗のリフォームや拡張については王家の管轄だからな」


 お客の反応は色々だった。


 そう言えば。

 先日やってきたドランも何やら警告していた気もするが、関係があるのか?

 ううむ……ノブユキは悩みつつ、夜の営業をこなした。



「ありがとうございましたー! よい夜をー!」


 最後のお客をリーネが見送り、今日の営業は終了となった。

 今日も今日とてよく働いたもんだ。ノブユキは自分をねぎらう。


 リーネと一緒にいつものテーブル、いつもの席に座り、遅い夕食をいただく。

 まだまだ飽きないライスカレーだ。

 ノブユキは普通盛りで味付けと辛みも自分の好みに。リーネには大盛りで味付けと辛みもこちらの世界の好みに。


 互いにスプーンを口に運ぶが、今日は無口。


 ノブユキはアデルドやドランに言われたことを、リーネに伝えていいものか迷う。余計な心配をかけさせたくないのだ。


 リーネが黙っている理由は……わからない。


「ふいいい……食べた食べた……」

「相変わらず早いですね、リーネさん。おかわりいります?」

「おねがいするわ。あ、そうそうノブユキくん」

「なんです?」

「近々、王都料理大会が開かれるみたいだから、準備しておいてね」

「そうなんですか。って、え? 今なんと?」

「例の王都で開かれるお祭りよ」

「……」


 ――急すぎる。


「ちなみに目標は上位20位くらいかな。ノブユキくんなら余裕でしょ」

「俺のハードルどんだけ高いんですか!?」

「あっはっ、平気へいき。ノブユキくんが『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』に取り組んでいた間に、わたしはわたしで他の店舗の調査にでかけていたのよ」


 そうして。

 リーネがいかに王都の店舗を食べ歩いたか。各店舗で出されるであろう料理は何になりそうか。一日に何軒まわったか。どれだけお金を使ったか。


 長々と聞かされたノブユキだった。

 ――やっぱ、つれぇわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る