第18話 ライスカレー ①―④

「ど、どうでしょう? リーネさん……」

「んんん! これよこれ! これなら王都の住人も納得すると思うわ!」


 厨房に、興奮した声が響く。


 まだオムライスを主力として保たせつつ、定休日にノブユキはリーネから教わり、ライスカレーの完成を目指していた。

 料理人ギルドを通して手に入れたカレールーも、惜しみなく使用していく。

 そして、ようやく納得のいく味に仕上げることに成功した次第だ。ちなみに手作りである。なので……。


「じゃあ今度は料理魔法で、同じものが出るかどうか試してみます」

「ええ。やってみてちょうだい」


 料理魔法の自力調査については、何度か前の定休日でリーネに説明していたため、簡単に許可を出された。


 季節は春を終えて、初夏に迫ろうとしている。

 ――急がなければ。


 リーネは高級品を料理の材料とするライスカレーに、相場が崩れないかとか、職人から嫌われないかとか心配していたが、とりあえず作ってからだ。


「《レシピ》ライスカレー」


 ノブユキは、こちらの世界のレシピを強くイメージしつつ、唱えた。



 それは宙に現れた。

 とろみのある濃い飴色のタレが、照明の灯りで輝きを放つ。

 にんじんの赤、たまねぎの白っぽい緑、じゃがいもの薄い黄色。それぞれがタレと混ざり合って、濃い飴色にいろどりも美しく盛り合わせる。

 大きめで円形の木皿が、調理台の台の上に出現して、炊き上がったご飯が乗る。その上から、とろとろとろ……タレと具材が注がれて完成。



 味見をしてみる。

 ひとくち。


 全体がぴかぴかと光り、ほどよく油が馴染んでいるとわかる。

 にんじんとたまねぎの2つが織りなす甘み。表面をタレでコーティングされているじゃがいもの旨み。

 こちらの世界でも職人によって秘密の工程から作られたカレールーは、言うまでもなく、絶品。

 ご飯と、からめていただくと、まさしく至福の時だった。


 すこし味が濃いめで、あと辛い。だが!


 ――さすがです、ライスカレーさま!

 と思わず叫びたくなるほどだ。ノブユキは元ネタを知らないのだが、最大限の愛と絶賛を意味する言葉ということはわかっている。


「わたしも食べるからよこして!」

「あ」


 ノブユキはまだひとくちしか食べていないのに、大皿ごとリーネに奪われた。

 悲しい。まあ、また召喚すればいいか、とすぐ考え直した。


 リーネが幸せそうに大盛りのライスカレーを頬張る。


「はむはむはむ! がっつがっつがっつ! ぐわっぐわっぐわっ!」

「……」


 もはや声に出して食べる姿にも慣れてきた。

 突っ込まない。


「うま――――――い!!」

「そうですね」

「ちょっ、ノブユキくん。リアクション薄くない!?」

「だってそれリーネさん向きですもん。なら俺はこっち《レシピ》ライスカレー」

「なによなによ! まだまだ食べられるわよ、わたし!」

「まだ食うんかい……。じゃなくて、これは元いた世界で美味かったやつですよ」

「あー、あの薄味で甘口のかぁ」

「好みですって」


 ノブユキは先に元いた世界で美味しかったライスカレーの再現に成功していた。

 しかし、こちらの世界で好まれる……濃いめで辛いものの開発には難航。

 そして、すさまじい試行錯誤の末に完成した次第である。


 ――くぅう! 苦労して作り続けた甲斐があった!

 ノブユキは内心では小躍りしていた。リーネには気づかれていないようだが。

 リーネはしゃべりつつ、ばくばくとライスカレーを口に運んでいる。


「はあ――、んぐっ。貯金がすっからかんになるまで許した甲斐があったわ!!」

「へえぇ……、ん? なんですって? リーネさん?」

「え? もう貯金はないわよ。カレールーの仕入れですっからかんですもの」

「明日からの生活はどうするんですか!」

「心配いらないわよ」

「ほう、何か考えが?」

「ノブユキくんがライスカレーでがっぽり稼いでくれるから」

「やっぱりですか! やっぱりですか!」

「それに料理のことで金欠になったのなら料理人ギルドが金融ギルドを通してお金を貸してくれるから大丈夫よ」

「むちゃくちゃ借金生活じゃないですか! 嫌ですよ俺、そんなの!」

「ノブユキくん、料理人は課せられた借金の量だけ成長できるものなのよ」

「あながち間違いでもなさそうなのが怖いんですが!?」


 リーネとノブユキが、そんなやり取りをしていた時だった。

 きぃ――っと入り口の両開き扉が開いた。




「邪魔するぞい」


「ドランさん!?」「あら、爺さまじゃないの」


 ドランが現われ、店内に入ってきた。今日も灰色のローブを着込んでいる。頭まですっぽり被っていた布地を、パサッと首の後ろまで脱いだ。


 ノブユキほどではないにせよ、リーネも驚いているようだ。

 声がいつもより、すこし大きかった。


「ほっほ、やっておるようじゃな」


 ドランは特別に大きな声を出したわけではなかったが、静かな店内ではよく通る。

 フロアを通り抜け、2人のいる厨房までやってくる。


「ようやく空いている日が取れてのお。面白そうなことをやっておると耳にしたんでこうして邪魔させてもらった次第じゃ。ライスカレーに挑戦しておると聞いたが本当かの?」

「その通りよ、爺さま! 何か文句ある!?」

「いや、文句はないのじゃが、小僧に忠告があっての」

「ノブユキくんに?」


 ドランとリーネの視線がノブユキに向けられる。

 ノブユキは、何か悪いことをしたか? と心配になった。そして、聞いてみる。


「あの、やっぱり香辛料の流通のことでしょうか? 魔法で無限に呼び出すのは危険ですか?」

「そうでもないぞい」

「え、違うんですか?」

「料理のことは料理で返すのがこの世界の、今の時代の流儀じゃ。小僧が勝手に量産したところで各々の組織が傾くほど、世界もやわではないからの」

「では何の問題が?」

「『希望』のほうはどうじゃ?」

「は?」

「じゃから、魔法の調子はどうかと聞いておる」

「まあ、問題なく使えていると思いますけど」


 ノブユキは首をかしげながら答えた。

 ノブユキの使う料理魔法は、失われた『希望』というものに属する。人々へ与える希望や、自分自身で感じる希望で成長する、としかわかっていない。


「どれ、久々に測ってやろうかの」

「あ、例の古代魔法ですか? じゃ、じゃあ。お願いしてもいいですか?」

「では早速じゃな」


 ドランはうなずき、唱えた。


「《エイシェント・スペル》ステータス」


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 LV:34


 HP:142

 MP:326


 STR:48

 AGI:64

 VIT:40

 INT:92

 DEX:106

 LUK:74


 SNS:HOPE

 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 調理台の上に、半透明で水色の四角い紙のようなものが浮かびあがる。

 ノブユキとリーネは、ドランを挟んで表示されたウインドウをのぞき込む。

 ドランは感心したように、ひとこと。


「ほお、10Lvも上げよったか」

「すごいんですか?」

「すごいというよりも早い。よほど魔法を使い込んだと見える」

「……」


 リーネがいることだし、「ほぼ毎日、死ぬ気で使ってますから」とは言えない。

 ないとは思うが、彼女を心配させてしまう可能性もある。


「さてっと、本題に移ろうかの」

「あ、そう言えば何をしに来たのかまだ聞いていませんでしたね」

「うむ。美味いものを食いにきたのじゃ」

「はあ。と、言われましても……またリゾットでも食べますか?」

「そうさのぉ……。旨みが効いていて、ちょっぴり辛みのあるものが食べたいの」

「……」

「おお、そうじゃ。炊いた白米も食べたい気分じゃな!」

「…………」


 この爺さんの食えないところだ。

 素直にライスカレーの調査にきた、と言えばいいものを。


「では、今しがた開発を終えた『ライスカレー』などいかがでしょう?」

「じゃ、それで頼むわい」

「あ。味の濃さと辛さはどうします? お好みに近づくよう努力しますが」

「ほぉ……成長したの。ならば、味はやや薄め、辛さも控えめじゃ」

「かしこまりました」


 言って、ノブユキはライスカレーを一皿、召喚した。

 成長している、という言葉が引っかかったが、んなわけない、とスルー。


「あ、ノブユキくん! わたしもおかわり!」

「……」


 リーネが大人しくしているな、と思ったら大皿のライスカレーに、がっついていたようだ。

 ノブユキはドランに視線を向けていたため、気づかなかった。


 リーネのためにもう一皿を召喚。もちろん大盛りだ。

 ひゃっほう、と彼女は嬉しそうな声をあげて、再び食事に集中し始めた。


 さて、意識を切り替えて、集中する。

 こちらの世界におけるライスカレーの濃さよりやや薄い味。

 そして、辛さも抑えめ……甘口よりも中辛寄りくらいだろうか。中辛ほどではないだろう。


「《レシピ》ライスカレー」


 大皿の上に、炊いた白米と、具を含んだカレーが盛りつけられる。

 ほかほかと白い湯気がのぼり、香ばしいスパイスの匂いが食欲をそそる。


 ノブユキは、目の前に出現したそれを、ドランのいるほうへ、そっとずらした。


「うむ。いただこう」

「ど、どうぞ」

「はむはむはむ! むしゃむしゃむしゃ! もぐもぐもぐ!」

「……」


 ひょっとしてリーネが食べる時に声を出すのは、この爺さんの影響では?

 そっくりの食べっぷりだった。

 試食会の際は、ほかのお客もいたから、紳士らしく振る舞っていたのだろう。

 今はそんな気遣いはしなくてもいいということか。

 信用されていると判断していいのか?


「美味かったぞい」

「前回は、『美味いだけ』、と酷評していただきありがとうございました」

「覚えておったか。じゃが、今回は儂の好みを事前に聞いてきたのお?」

「ああ……色々と自分なりに考えまして」

「うむ。あっぱれじゃ」

「どうも」


 どうやらお気に召したらしい。

 ひと安心したノブユキである。


 と、ドランは細長い口でノブユキに耳打ちしてきた。


「気をつけるんじゃ。なにやら不審な動きが王都に広がりつつある……」

「え、それはどういう」

「しっ、どこで聞かれているかわからん」

「は、はい」


 そこで、ドランはノブユキから離れた。

 そして告げる。


「いやあ、ライスカレー楽しみじゃのお! お客さんがいっぱいくることを、影から祈っておるぞい!」

「あ、はい。ありがとうございます」

「では帰るかの」


 ドランが背を向けて店から帰ろうとした、その時だった。

 大盛りライスカレーを食べ終えたリーネが、ダッと駆け出して追った。

 ノブユキも何事かと続く。


「爺さまぁぁぁあああああ!!」

「な、なんじゃ、リーネ。声を張り上げて……」

「お・か・ね・貸してぇぇぇえええええ!!」

「お、おう、どのくらい必要なんじゃ?」


 まるで孫にたかられるお爺ちゃんのような、ドランのあたふたする様子に、笑いが止まらないノブユキだった。



 ドランが告げてきた不吉な言葉など忘れて……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る