第17話 ライスカレー ①―③
料理人ギルドからカレールーを仕入れて帰ったリーネとノブユキは、さっそく調理をしてみることにした。
日も傾き出している時刻。
春とはいえ、気長にしていられるほど、夜も待ってはくれないのだ。ライスカレーは時間のかかる料理。さっさと始めなければならない。
ちなみに今回だが試食会はなし。
理由は特にないのだが、こんな高級食材で作る料理なら、2人っきりで味わいたいという願いがあった。リーネとノブユキの間で偶然にも意見が一致したのである。
ノブユキはまずカレールーの原料について、リーネに聞いてみることにした。もし原料も知らないものだったとしたら、未知の物体として、召喚できない可能性があるからだ。
まあその時はその時で、手作りすりゃいいとノブユキは思っているが。だが、未知の調味料を使ったライスカレーは、創作料理といってもいいほど。自信なんてありゃしない。よって、魔法による召喚がベスト。
「リーネさん、カレールーの香辛料で有名なのって何があるんですか?」
「ん? 『クミンパウダー』『コリアンダーパウダー』『レッドチリパウダー』『ターメリックパウダー』辺りかしら。その他はもうよくわからないわ……」
「わかりました、ありがとうございます。俺の元いた世界と変わらない原料のようで安心しました」
「と、言うと?」
あ、しまった。
リーネに希望魔法の修練と調査を自分で進めていることは、話していなかった。
――うーん。悩んだもののノブユキは正直に話すことにした。
「へえ、そんなことやってたのね。それに自分で解き明かそうとするなんて、えらいえらい」
「あ、頭をなでないでください!」
「ん? ほっぺにキッスのほうがよかった?」
「冗談でもそんなこと言わないでください……」
ノブユキは、げんなりした。だがすぐに胸を張り直し、すっと姿勢を正して、呼吸を整える。
するとリーネは、にっこり笑いながら言葉を投げかけてきた。
「それで? どうするの?」
「うーん、とりあえず食べ比べでもしてみます?」
「ほえ?」
「さっきおっしゃった4つの原料ですが、けっこう仕入れましたよね? 提案です。それを使って、俺の作るライスカレーとリーネさんの作るライスカレーで比べてみましょう。俺だと、王都の人たちの好みがわかりませんし」
「カレールーも仕入れたのにスパイスから作る意味あるかしら?」
「名前のわからないものを使っただけだと、魔法で召喚できないままかもしれませんから」
「ふーん。いいけど……あんまり期待しないでよ? ノブユキくんという最終戦力がいないと、わたしは王都100店舗のうち87位にしかいけない店のへっぽこ料理人なんだからね?」
「俺だって本格的なライスカレーのレシピなんて、しっかり把握しているカレールーがないと作れませんって。自己流なんですから、条件は五分かと」
じーっとノブユキを見つめるリーネ。
ノブユキも負けじと見つめ返す。
いつも2人でまったりと過ごすフロアとは違い、今は両者の間で火花が散る厨房と化している。さながら、合戦が始まる前の戦場のような雰囲気だ。
「いいでしょう! 受けて立つわ、ノブユキくん!」
「ええ、お相手お願いします。リーネさん!」
はて、食べ比べを提案したのに、料理勝負みたいになってしまったぞ?
ノブユキは不思議に思ったが、まあ変わりないか、と流した。
◇ ◇ ◇
大衆食堂『りぃ~ね』の厨房は、2人同時に調理できるくらいの広さがある。
たとえ下位であっても、王都は王都。
それなりの立地に、ちゃんとした建物を用意されるようだ。
ノブユキは調理に入った。
包丁で刻んだたまねぎ。鶏もも肉の皮を剥いで、手ごろな大きさに切る。
フライパンに調理油を敷き、中火で熱する。
下ごしらえの済んだたまねぎを入れて、強火で一気に炒める。水分を飛ばしやすくするため、お塩を少々。すこし放置しては、動かしてを繰り返す。こんがりと飴色になるまでじっくりと。
差し水をして、玉ねぎの表面の焼けた部分を水に溶けださせ、玉ねぎ全体の褐色化をうながす。ちなみに鍋中の温度がいったん下がるので、焦げ付きの防止にもなって一石二鳥。
そうしたらトマトピューレを加えて、中火でことこと水分がなくなるまで加熱だ。
水分がなくなったらいよいよ、ようやく、ここまできて原料の出番となる。弱火にしたら、ターメリックパウダー、レッドチリパウダー、クミンパウダー、コリアンダーパウダーを投入し、お塩も少々。
しっかり炒めながら、混ぜる、混ぜる! 混ぜる!!
ひとまとまりになったら、『カレールー』もとい『カレーの素』の完成だ。まだ。まだ続くぞ。
鶏もも肉を加えて、カレーの素を絡めながら、さらに炒めるのだ。火加減は弱めの中火で、よく動かしながら。
水を加えて一度しっかり沸騰させて、スープ状にする。火加減は強火だ。ボコボコと泡が表面で弾けてきたら、弱火にして煮込む。ちょっと時間をかけて煮込む。途中で2,3回フライパンをこそぎながら、かき混ぜるのがポイントだ。玉ねぎが、底に溜まるため、焦げ付かないようにきっちりこそぐ。
最後に砂糖をひとつかみ入れたら、完成なり。
ソース表面の茶色は、照明で光り。
ごろごろしている鶏もも肉は歯ごたえがありそうで、ぷりっぷり。
端にのぞく純白のご飯との相性は言うまでもないだろう。
――おお、久々に見るライスカレーさま!
自分で作っておいてなんだが、ノブユキはこの時すこしテンションがおかしかったのだ。なぜなら、ライスカレーさまの神々しさに見入っていたから。
ごくり。
喉が鳴る。
いや、しかし、忘れてはいけない。
今はリーネとの食べ比べをしている最中なのだ。自分が食べるわけにはいかない。
――ちょっとだけならいいよな。味見だ味見。
ぱくっ。
ノブユキは口にした瞬間、パラダイスへと誘われた。
感想としては、ライスカレーってこんな美味かったっけ? という状態。
自己補正かかりまくりである。
「できたわよ、ノブユキくん」
「あ、こっちもできてます」
意識の外から声が飛んできたので、ノブユキはかなりびっくりした。
どうやらリーネもライスカレーが完成したらしい。こちらの世界の長い呼び方は、残念ながらまだインプットが済んでいないので出てこない。
ふむ、見た目、美味そうである。
使った材料もノブユキとさほど変わりないようだ。
「食べ比べてみましょ」
「はい」
ぱく。リーネの皿を、ノブユキはスプーンですくってひとくち。
……味が濃くね? それとちょっと辛いか。
「ノブユキくん」
「なんでしょうか」
「味がすこし薄いわ。それとこれは甘口? 辛みが足りないかしら」
「はあ」
両者の意見を合わせてみると……。
こちらの世界は濃い目が好みということもあり、ノブユキのライスカレーでは満足してもらえなかったようだ。
だが、ノブユキとしても譲れないものはある。このライスカレーは美味い。美味いのだ。ただ、『カレー』が住んでいる人の文化によっては、舌に合わない場合の多いものだったという……。
なるほど、高級品として扱われるのも納得だ。
味があまり安定しないから100ある順位も上位7店の他はあてにならない王都。そんななかにあって、さらに人によって味の好みが分かれる『ライスカレー』に挑むのは無謀かもしれない。
が、もしも、味を安定させられる腕や環境(ノブユキの場合は魔法だが)があり、主力の料理としてお客に出すことができたら? とてつもないメリットなのではないだろうか……。
ノブユキは考えつつ、一応だがリーネに反論しておく。
「俺の元いた世界ではこのくらいが普通ですよ。こっちの味が濃いのと、辛さに慣れているだけですって」
「あら、生意気を言ってくれるじゃないの。ならこっちの世界でも通用する『様々なお肉や野菜とカレールーを加えてじっくりコトコト煮込んだご飯』をわたしに食べさせてみてちょうだい!」
「い、言われなくとも!」
2人で言い合い、互いの皿を空にしてからフロアに行こうとする。
フロアは真っ暗だった。
いつの間にか夜になっていたのだ。
「《時刻》ってうっわ、もうこんな時間なの!?」
「時刻を調べる魔法ですか? 今って何時なんです?」
「23時よ」
「……」
うっわ。
どんだけ時間かけて料理してたの、俺たち。
「明日の仕込みもあるし、今日はさっさと寝ましょうノブユキくん」
「そうですね、んじゃライスカレーは持ち越しということで」
「ええ、まだ仕入れたぶんも残っているから安心してちょうだい」
「明日はいつも通りですか?」
「そうよ。『トマトケチャップご飯に玉子焼きの薄皮をかぶせたお月さま』ね」
「わかりました」
ノブユキは、オムライスがお客から飽きられる前に、ライスカレーを完成させたいと強く思ったのだった。
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(チキン)ライスカレーの作り方は、
下記のサイトさまを参考にさせていただきました。
https://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/tokyocurrybancho/17-00121
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