第24話 麻婆豆腐 ①―⑤
『た、たいへんなことがー、起こっておりますー! な、ななな、なんとおーとある店舗に大行列がーできていまーす!』
祭りがはじまって4日目になった。
実況のお姉さんが声を張り上げている。その様子をノブユキは魔法のモニターごしから眺めて……いる暇もあったもんじゃねえ。厨房もフロアも全力回転している状態なのだ。
ついにノブユキの策は実った。
ライスカレーに飽きたお客が、ウワサを聞きつけて集まってきたのだ。直接の確認はできないものの、モニターに映された大衆食堂『りぃ~ね』の上空映像からだと、行列が見て取れた。
時刻はわからないが、陽光が窓から入ってくる角度からして、12時半くらいではないだろうか。
ノブユキが、窓の外に視線を向けていた時だった。リーネが料理を取りに厨房までやってきた。
「ノブユキくん! 平気!?」
「いやあ、どうでしょう。これ魔力、保ちますかね……」
正直なところ、不安になってきたノブユキである。
「わたしは前みたいにならないよう、一本いっとくわ!」
「リーネさんはマジックポーションで魔力を回復できるからいいですよね」
「きみが特殊なのがいけないんでしょ……」
「ええ? 俺が悪いんですか? なんか釈然としませんね……」
フロアから厨房にやってきたリーネは、さらに奥まで進むと、隅に設置されている棚から小瓶を取り出した。中身は黄色い液体だ。
きゅぽんっと栓を勢いよく引き抜いて、一気にぐびっと飲み干した。
「ぷっはああああ! 生き返るわ! さあ、働くわよ!」
「あ、はい」
ノブユキはその快活さに圧倒されっぱなしだった。
フロアから歓喜にも似た大声が聞こえてくる。
「うまああああ!! からああああああ!!」
「ひゃあああ、うまからいいいい!!」
「なんですのこれはああああ!!」
「ひいいいい汗が止まらないし、手も止まらないいい!!」
――大成功ですよ、ミッフィさん。
麻婆豆腐の開発に協力してくれた、リーネのライバルに感謝の言葉を念じる。
届くはずもないのだが、そのくらいはしないと罰が当たりそうだ。
『ええとおー。わたくし確認いたしますねえー。店舗名は〝りぃ~ね〟。大衆食堂のようですー。いやはや、これはすごいですよおー! 目抜き通りの7店舗にも引けを取らない大奮闘ですねー! しかも、前回の順位は87位と、降格圏の近くにあったようですよー!』
実況者も盛り立ててくれている。
ありがたいことだが、もうお店の回転率は、100%に達していると言っていい。これ以上のお客がやってきても、ひょっとしたら数時間ほど待たせてしまう事態にもなりかねない。
打開策は……、残念ながらない。
と、ノブユキが諦めかけた時だった。
「店内でお食事中のお客さま、申し訳ございません! ただいま、たいへん混雑しておりまして……スムーズな営業にご協力ください! 急かすようで恐縮ですが、食べ終わりましたらすぐにお会計をお願いいたします!」
リーネが動いた。
回転率は100%のままだが、回転速度は上がり、余裕ができる。
ノブユキにはできない芸当だ。素直に感心する。とにかく次々と注文が入るので、ノブユキは料理に集中。今日だけで、いつもの5割増しほど多く魔法を使っている気がしているのは、錯覚じゃないはず。
だが、召喚される麻婆豆腐は精度が落ちるどころか、どんどん見た目の輝きが深くなっている。いったいこれはどういうことなのか、考えている時間は残念ながらないのだ。
と、リーネがまた接客の合間をぬって、厨房の奥へと進む。もちろんお目当ての品はマジックポーションだ。
ノブユキは不思議に思って尋ねた。
「そ、そんなに魔力の消費が激しいんですか?」
「ん? いつもの《身体強化》に、時魔法の《身体加速》と《思考加速》も併用しているからね。ぶっちゃけると、ぎりぎりってところ」
「俺、料理しかできなくてすみません……」
「何を言っているのノブユキくん」
リーネは真顔になって、ノブユキと視線を交わした。
ノブユキはわけがわからず、ただ立っていることしかできない。
「?」
「きみだって召喚のスピードがとんでもなく上がっているわよ」
「え」
「え。じゃないわよ。でなければこんな戦場みたいな状況で、料理を遅れることなく提供し続けるなんて無理でしょう?」
「た、確かに……」
ノブユキは、胸が熱くなっていることに気づいた。
夏の暑さのせいかと思っていたが違ったらしい。魔法だ。『希望』魔法に何らかの変化があった際に、いつもこの現象が起こる。具体的にはレベルが上がった時に違いない。心の奥底、魂の部分が熱く燃え上がるのを感じる。
――祭りが終わったら、ドランさんにもっと詳しく聞いてみることにしよう。
とにかく今は、このどんちゃん騒ぎに対応しなければならない。
手早く10皿ほどを召喚し終えると、リーネに声をかける。
「1番テーブル4名と、2番テーブル5名と、3番カウンターでしたよね」
「え、もう召喚できたの!?」
「はい、お出ししてください」
「わ、わかったわ……あとすこしよ、ノブユキくん。がんばりましょう!」
「了解です」
◇ ◇ ◇
「うまかったぞー!」
「唇がひりひりしますわー!」
「やばすぎるよ……」
「あーあー、これで食べ納めか……」
最後のお客たちが店から出てゆく。
リーネの隣に立って、ノブユキも一緒に見送った。
「ありがとうございましたー! よい夜をー!」
「あ、あり、ありがとう……ございまし……たっ!」
2人がそう言うと、お客たちは手を振って、気分がよさそうに夜の王都のそこここへと散っていった。きっと夜半から本番を迎える店舗に向かったのだろう。あるいは、満足して宿で眠るのかもしれない。
ニコニコと笑顔を絶やさなかったリーネが、その場で尻もちをついたのは、お客が見えなくなってからすぐだった。
「ああー、おわったー……」
「ちょ、リーネさん! 大丈夫ですか!?」
「ん? 平気へいき。気を抜いたらちょっと腰が砕けちゃっただけよ」
「肩を貸しますから、とりあえず店内に戻りましょう」
「ありがと、ノブユキくん」
「っておっも!?」
初めて体重を預けられたノブユキは、豊満な身体をなめていた。支えきれず、倒れそうになった。
リーネはそれを不服に感じたらしい。表情が険しくなる。
「あら。重いってどういう意味かしら?」
「い、いえ! あ、あはは、俺って貧弱だなあ、と反省しているところです!」
「そ。ならいいわ。早く運んでちょうだい」
「は、はい……」
そうして2人はいつものテーブルで、いつもの位置取りに座った。
「えーっと、リーネさん。祭りって今日が最終日だったんですか?」
「正確には、明日の朝方までね。突然でごめんなさい、ノブユキくん。きみには料理に集中していてほしくて、開催期限はあえて教えなかったの……」
「そうだったんですね……お気遣いありがとうございます。それで……、集計はいつ行われるんですか?」
「終わったらすぐよ。魔法でぱぱっとまとめるから、半日もかからずに結果発表よ。そんでそのまま後夜祭に突入」
「怒濤の進行ですね!」
「毎回こんなもんよ。と言ってもわたしも今回が3回目の出場なんだけれどね」
「なるほど」
ノブユキは、リーネの過去をもっと知りたくなったが我慢した。
代わりに。
「もう一日あれば、さらに票を伸ばせたかもしれないですね」
「そうねえ」
「ちょっと残念な気分です」
「でもきみは、すっごくがんばったわよっ!」
リーネは褒めてくれた。
が、ノブユキは作戦を成し遂げられなかった自分を、いましめた。
彼女の発するほがらかな笑顔が、胸に刺さって苦しい。
「ノブユキ君、どうかした?」
「……いえ、なんでもありません」
「まあ、あとは結果を待つだけよ。今日は疲れたしもう寝ましょ」
「そうですね……そうしますか」
「あ、お姉さんが添い寝してあげましょうか? がんばったご褒美に」
「結構です」
「そんなきっぱり言い切らなくても……」
しょんぼりするリーネを置いて、ノブユキはすたすたと階段を上り、自室に入る。そして……すこし顔を赤くしながら眠りについたのだった。
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