異世界レシピ ~現世ではレシピ通りしか作れなかった二流料理人ですが異世界で暮らし始めたら料理の固有魔法で無双状態でした~

水嶋 穂太郎

第一章 スープン王国編

第1話 シチュー ①―①

「ノブユキくん、5番テーブルのオーダー入ったわ、『シチュー』お願い」

「わかりました、リーネさん」


 昼時の店内は満席だった。


 カウンター席が7つ。テーブル席がすこし多めの5つ。

 お客が食事をする場所――フロアに付属するような間取りで厨房がある。

 店内はほとんどが木製。

 それが『河野伸幸』の新しい生きがいとなっている場所だった。


 仕切りの先からお客の声が厨房まで聞こえてくる。


「いやあ、リーネちゃん。寒い寒い! 秋も深まってきたねえ!」

「そうですねえ。温かいものに注文が集中してますよ」

「ははは、ところでシチューって『野菜と肉のゴロゴロ煮』のことだよね」

「んんー答えにくいんですが、当店の料理長がそう呼んでまして」

「ああ、半年前に入ったっていう彼か!」

「ですね。私は仕事が減って大助かりです」

「元々リーネちゃん一人で料理も接客もやってたもんねえ」

「嬉しい戦力です」


 騒々しいのは一人だけで、あとの3人はじっと椅子に座って待っていた。

 4人とも王都に入るための門を警備している兵士だろう。

 王都の紋章が刻まれた金属鎧を着ていて、腰には鞘に収められた長剣をぶら下げている。


 店長であり看板娘でもあるリーネは、仕事で接客に追われているのだ。

 ノブユキもお客を待たせないように料理を作らなければならない。


「《レシピ》、シチュー」


 ノブユキが意識を集中して言葉を発する。

 すると、4人分の木皿のなかに、白くとろみのある液体がなみなみと湧き上がり、赤緑黄などで彩られた野菜と、四角く刻まれた豚肉がぱぱっと出現した。

 念のため味見をしてみると、ばっちりノブユキの知る味がした。それ以上でも以下でもない。


 この魔法を使えるのはノブユキだけだ。

 最初は火や水を出す魔法があるのだから料理に関する魔法も充実しているだろうとノブユキは考えていたが、どうやら違った。

 意識を集中して《レシピ》と唱えるだけで、自分の知っているレシピ通りの料理を召喚できるのは特別とのこと。主にリーネの関係者経由で知った。そもそもレシピ……料理における定石とも言うべき概念が存在しないらしい。

 なんてめちゃくちゃな、とも思うし、自由でいいなとも思うノブユキ。


「ノブユキくん、シチューまだ?」

「あ、はい。できてます。冷めないうちにどうぞ」

「ありがと。5番テーブルの4名様、お待ちどおさまでーす!」


 いつの間にか厨房まで来ていたリーネは、大きめのお盆に4つの皿を乗せて、フロアに戻っていった。

 次のオーダーが入るまで、ノブユキは暇である。ぼーっと厨房からリーネの後ろ姿を眺めていると、彼女と出会った日のことを思い出す。


 河野伸幸は、この世界に転移するまで自分に絶望していた。

 両親を著名な料理人にもちながら、料理の才能がなかったのだ。

 ――いわく、レシピをなぞっただけの料理機械。

 ――いわく、舌は満足させられるが心までは満足させられない二流。

 ――いわく、親の七光り。

 兄弟子、弟弟子たちにも追い抜かれ、もう料理の道は諦めようとしていた。

 そんなとき、目の前が急に真っ白になって、気づくと今いる世界に転移していたというわけだ。耳が尖った人がいたり、獣の毛を身にまとっている人がいたり、身長が30センチメートルほどしかないのに髭がもじゃもじゃの人がいたり。さすがにここが『異世界』と呼ばれる場所だと察した。

 しかし、何をしていいのかさっぱりわからず、途方に暮れてぶっ倒れそうになっていたところで、声をかけてくれたのがリーネだったのだ。いったい、自分の何が気に入ったのか、ノブユキは今でもわからずにいる。


「んんん――――んまい!! やっぱここのは最高だな! 特に香りが違う!」

「絶妙にふやけた野菜がいいんだ」

「もきゅもきゅと歯ごたえのある肉がいいのでは?」

「いや、やはり味の染みでた汁だろう」


 ノブユキが声の先を見てみると、スプーンを皿に突っ込んで、具材とスープを口に勢いよく放り込む兵士4人の姿があった。何度も何度も繰り返され、あっという間になくなってしまったようだ。

 4人しておかわりを要求するも、待っているお客がいる場合はそちらを優先すると店の方針で決めているため、丁重にリーネが対応した。


 店内は笑顔と談話で満ちている。しかし、ノブユキは複雑な心境だ。

 レシピ通りに作れば素人でも同じ味にできるものをありがたがられても、果たして自分の料理でお客に喜んでもらえたと呼べるのかどうかわからない。


 そんなノブユキの苦悩などお構いなしにお客の出入りは続き、まさに繁盛そのものと呼べる状態が続いた……。



 ◇  ◇  ◇


 忙殺とも呼べる時間を乗り切り、ノブユキはリーネと遅めの昼食を摂る。

 ノブユキが魔法で召喚したシチューだ。

 リーネは美味しいと言って食べてくれているが、ノブユキは満足できなかった。味は転移前から変わっていない。むしろ魔法に頼って調理をしなくなったせいで腕が落ちているように感じられる。なんだか自分が無性に情けなくなった。

 ノブユキは、すくっていたスプーンを止めて、しばし静止。それを見たリーネが尋ねる。


「ノブユキくん、どうかした?」

「リーネさん、なんで俺なんかを拾ってくれたんですか」

「え、なんのこと?」

「初めて会った日のことですよ」

「ああ……料理人の白衣を着て路上で棒立ちになってたら、同じ料理人として放っておけないでしょ」

「本当にそれだけですか?」


 リーネは少し困ったように、頬に手を当てて。


「ノブユキくんはもう知ってると思うけれど、この国……《スープン》王国では料理人がすべての国民の憧れなの。王様の方針でね」

「……」


 ノブユキも察していたことだった。

 この世界には便利な魔法がいくつも揃っているというのに、料理に関するものだけは抜けていたのだ。せいぜいが、火を出す魔法でガスコンロに着火したり、水を出す魔法で鍋に水を張る程度。野菜や肉を造り出すようなものはないので、農業や畜産はまさに縁の下の力持ちな役回り。


 魔法では簡単に解決できないからこそ、みんなが憧れるのだろう。

 技術を要する希少な職業が人気なのは、どの世界も同じだ。


 料理人こそ至高の職業として憧れられているのだが、欠点もある。誰も彼もが店を出してしまっては、他の職業のなり手がいなくなってしまう。


「王様は、ここ王都で100軒だけ店を構えることを許されたの。そしてお城に通じている目抜き通りの7店舗は特別中の特別な店でね、みんな切磋琢磨しながら出店を目指しているわ。つまり、きみはわたしの強力な助っ人というわけね」

「その100軒というのはどうやって決めるんですか?」

「定期的に料理大会が開かれて審査されるのよ。王都のお祭りだけれど、こっちは死活問題だから困るわ……ちなみに出店できる場所は順位ごとに決まっていて、うちは87番目だから、もともとお客はそんなにいなかったわね」


 ふむふむ、とうなずくノブユキ。


 それを見たリーネが、憂鬱そうに続ける。……しかし、途中でぱっと表情が明るくなった。


「下から数えて10店舗が入れ替わりになるから、今年こそそろそろ降格されそうでマズいのよ。他の町で出店するのもなんだかね、こうプライドが許さないのよ。そこでノブユキくんに出会って、料理人の格好をしていたからやらせてみたら、大正解じゃないの!」


 ――俺、もう料理はやめようと思ってたんだけどな。

 そのつぶやきはリーネに届かなかった。


 「ノブユキくん、最初にレシピの魔法を見せてくれた時のことって覚えてる?」


 ノブユキは考える。

 確か、転移した後、ふらふらと歩いて意識を失ったような記憶がある。前の世界で死のうとして、数日間も飲まず食わずでいたからだろう。あの時になにかあったのだろうか。


「いえ、気づいたらリーネさんの店で寝ていたようですから……、ここで働いてみないかと誘われた時じゃないかなと」

「やっぱり覚えてないか……きみ、倒れる前にレシピの魔法を使って料理を出したのよ。きっと死にたくないっていう防衛本能か、最後に何か食べたいって食欲のせいでしょうね」

「それ、見られても平気だったんですか?」


 料理魔法はどうやら特別らしい。

 だからこそ特異性をうとまれて、襲われでもしたら対処のしようがない。

 ノブユキはまだこの世界のことをほとんど知らないのだ。


「平気じゃないけど、もう当店お抱え料理人として料理人ギルドに登録してあるから大丈夫よ。料理勝負に暴力を持ち込むことは禁止されているから。暴力沙汰にしたら相手は極刑なの」


 そう言えば……目を覚まして、こちらの世界にきて初めて料理魔法を発動させて料理を作った際のことだ。リーネに肩を貸してもらいながら行ってきた建物があった。人がひっきりなしに行き来していたから、なんの場所だと思っていたが、あそこが料理人ギルドだったようだ。

 先に病院に連れて行くべきでは? とも思うが、さすがは魔法の世界。建物のなかで小瓶に入った青い液体を飲ませてもらったら、すぐに体調が戻った。後から料金を請求されないか怖いが、今のところそれはない。

 ノブユキは色々と納得がいって、安堵の表情を浮かべる。

 ん? と喉に小骨が刺さったような違和感を覚えた。


「あれ、ひょっとして、俺ってもうリーネさんの店でこのままずっと働くこと決定してるんですか?」

「あら、料理魔法なんて希有な特技を持ってる子を手放すはずないじゃない」

「……」


 命の恩人を困らせたままというのも性に合わないノブユキは、リーネを手伝うことにした。彼女には彼女なりの事情や野望がありそうなのだ。力になれることがあるならば、人生に虚無を感じていることだし他人にゆだねてみるのもいいかと、思う。

 それに、なにより、美人の顔が悲しみで歪むところなんて見たくないのだ。


「長話しちゃったわね。夜の営業の仕込みもしなくちゃいけないし、そろそろ動きましょう、ノブユキくん」

「わかりました、リーネさん。って最近思うようになったんですけど、魔法で料理を召喚できるのに、実物の具材って要ります?」

「念のためよ、念のため」


 リーネは立てた人差し指を唇に触れて、なんとも神秘的な笑みを浮かべた。

 大衆食堂『りぃ~ね』夜の営業がはじまる……。

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