第10話 リゾット ①―③
ノブユキは、厨房からフロアをのぞき込む。
試食会の会場である大衆食堂『りぃ~ね』の店内は大賑わいの状態だった。
ヒューマンに、エルフに、ドワーフ、ジャイアントなどが仲良さそうに団らんしている。
「『牛乳とチーズでとろみをつけた汁に具材を混ぜたご飯』楽しみだな」
「『りぃ~ね』のことですもの、きっと仰天するようなものがでてくるわ」
「余ったらおいどんが全部食らう所存でごわす」
「まだ昼だぞ? 夜に備えてここは食欲を抑えてだな……だが食いたい」
とんでもなく期待されている様子だ。
ノブユキは責任の重大さに腰が引けた。
そんな様子を見かねたのか、リーネはノブユキの隣まで歩み寄り。
ばんっ!
と一発、平手打ちをノブユキの背中にかました。
「いった……」
「ノブユキくん、いつもの調子でいきましょう」
「と言っても選ばれたお客なんでしょう?」
「希望者多数で抽選になっただけよ。気軽にやってちょうだい」
そう言われてもなあ……とノブユキはため息をつく。
「えーっと、審査の方法はどうなっているんですか?」
「3人の審査員と、お客さまの審査で決まるわ。審査員はおいしい、おいしくない、ふつうの3つの判断を下してくれます」
「ふむふむ」
「それでこれが重要なのだけれど、審査員は一票ずつ。お客さま審査は二票ぶんでの計5票による判定としてあります」
「なるほど、わかりやすいですね」
「結果的においしいと多く判断されたらメニューに採用」
「ざっくりですね!」
「まあせっかくのお祭りですもの。楽しみましょう!」
そう言い残すと、リーネはフロアへと戻っていった。
ノブユキはまたこっそりフロアをのぞき込み、様子を確認する。
「さあ、みなさまお待たせいたしました! これより試食会を開始です!」
おおー!!
歓声があがる。
「その前にご存じかもしれませんが3人の審査員の方々をご紹介いたしましょう!」
ひゃっほーう!!
『りぃ~ね』の客層はノリのいい連中ばかりだ。
庶民的というか、気品をあまり考えなくてもいいのだけは、プレッシャーからノブユキを解放していると言える。
リーネが実況を続ける。
「まずは王都大食い『前』チャンピオン、ミッフィ!」
「えー、嫌味のように聞こえましたが、準優勝のミッフィです。ギルドでお会いしている方も多いと思いますが、今日は純粋に審査員としてやってきました。しっかりと味を見極めて仕事をしますので、よろしくお願いします」
一人めは顔見知りだった。
コミュニケーションがあまり得意でないノブユキとしては、ほっとした。
ミッフィにはファンが多いのか口を笛にして「ピューピュー!!」と盛り上がる男の姿が散見される。
ちなみに、店内の男女比は7:3といったところだ。
「続きまして、スープン王国の第六王子でいらっしゃるアデルド=スープンさま!」
王子……だって!?
なんでそんな高貴なお方が場末の大衆食堂にまで足を運んだのか謎だ。
ひょっとして彼が前々から『りぃ~ね』に目をつけていたという人なのか?
ノブユキの緊張は、一気にMAXまで跳ね上がった。
「王位がまわってこねーからって遊び歩いてんじゃねえぞ、放蕩王子!」
「うるさいですよ! こうして王都の食を観察して回るのが我が趣味……じゃない。仕事なのですから、よいのです!」
「きゃー! アデルドさま、こっち向いてー!」
「鏡魔法での写し撮りもほどほどにしてくださいよ、美しい皆さん?」
本物の美形ってこんな人のことを言うんだろうなあ、なととノブユキは思った。
特徴で言えば鼻が高くて、元の世界で言うところの欧州系の人って感じだ。背丈はノブユキやリーネより、すこしだけ高い。
とにかく、ひとつひとつの動作が精練されているのか、物静か。
立ったり座ったり、腕を振り上げたり下げたり、ともすればウザったい見た目にもなろうものだが、ブレがないせいなのか……綺麗な踊りを見ているような気分にさせられた。
「はい。そのうち『王子がうざい都民の話』とかウワサされても援護しようのない方でした! 次いきますよ。次」
リーネが、両手をぱんぱんと打ち鳴らして、王子への騒動を鎮めた。
次の人は……。
「ドランと申します。こういった場には慣れていないもので、失礼がございましたらご容赦ください……」
なんとも田舎っぽいお爺さんだった。
灰色のローブで全身を隠しているため、体格は不明。大きくもないし小さくもないといった感じ。
目深ではないにしろ、頭をすっぽりローブに収めているため、顔もあまり見えない有り様である。
こちらはこちらで王子とはまた違った意味で、ノブユキは警戒心をMAXにした。
見た目でお客を判断するのは危険だ。
元の世界の逸話で、えらい人がぼろい服をわざと着て、身分を隠してのドッキリを仕掛けた。なんてものが残っているくらいだ。このお爺さんからも似た気配がする。そう、わざと高貴な身分を隠している気がする! ……考えすぎかな。
リーネの実況は続く。
「さて、ここで普段は臆病なのに、料理となると目の色が変わる当店の料理長に登場して……え、嫌だって? えー、皆さんに顔を出せるほどの度胸はないそうなので、あとは料理から顔を察してください、とのことです」
どっと湧き上がる笑い声。
――無理なものは無理なんです!
ノブユキは勢いよく胸元でバッテンマークを作っていた。
察したリーネは素早く話術でお客を楽しませる。
「それでは料理ができあがるまでしばらくお待ちくださーい」
リーネが締めくくり、ふんふん♪ と鼻歌交じりで厨房まで戻ってきた。
ノブユキはお客に聞こえないよう小声で話しかける。
(どういうつもりですか!)
(ちょっと盛り上げちゃった、てへっ)
(接客上手にもほどがありますよ!)
(あらうれしい。本格的に給仕を極めてみようかしら)
こんなやり取りもあり。
時間を消費し。
元々、自分で調理するつもりもなく。
料理魔法に頼ることにしたノブユキだった。
◇ ◇ ◇
「《レシピ》クリームシチューリゾット」
宙で具材が混ざり合い、皿に盛り付けられる様子は、まさに魔法だった。
白い牛乳。純白のご飯。ダシの取れたスープには綺麗な脂の膜が浮く。
赤、緑、黄色などの野菜は細かく刻まれており輝く宝石のよう。
豚の薄肉が桃色として華となり宝石を支える。
「次の方の分、できましたよ!」
「わかったわ! 今いくから!」
ノブユキは、試食会を開かれてみて、ひとつわかったことがある。
それはいつもと違って一気に、全員分の料理を用意しなければならないということだった。
これでは接客のほうが参ってしまう。
ノブユキは調理の過程をすっ飛ばして、魔法で呼び出せばいいので、負担はあまりない。
――こうなったら俺が接客に出るっきゃない!
「出ます!」
「え?」
ノブユキはリーネを見かねて、厨房からフロアへと料理を運ぶべく出た。
エプロンと布製の帽子をかぶった、そのままの姿で。
と、足が止まる。
足がすくむ。
ノブユキは生まれてからまともに接客をしたことがなかった。
いわば調理室の引きこもり。
料理人なら料理さえ作れればいいと思っていた。
それが。
いざ、現場に出てみると、お客から向けられる好奇の視線がとにかく痛かった。
早くこの場から立ち去りたい。
だが、足が動かない。リーネを探して視線をさまよわせる。いた……しかし彼女もいっぱいいっぱいの様子。頼れない。
どうすれば……。
呆然としていたその時。
「ああー坊や。その皿は儂にくれんかのぉ……」
「え?」
「早くしないと冷めてしまうでね」
「あ、はい!」
声の主は、灰色フードのお爺さんだった。
ノブユキを気遣ってくれる声音だ。
なるべくゆっくりと、慌てさせないようにしゃべってくれる。
「食べてもええかね?」
「どうぞ!」
感想を聞きたかった。
でもまだ他のお客に出す皿も残っている。
厨房へと急ぎ戻るノブユキの背に。
「うむ。うまい」
という言葉が聞こえた。
手応えよりも忙しさが勝るノブユキは、感想に対して何かを思う余裕はなかった。
「うまいことにはうまい、が……それだけじゃな」
灰色ローブのお爺さんが放った小声は、誰に届くことなく店内の談笑で消えてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
フロアで、リーネがお客と審査員の間に立ち、片手で拳を作って振り上げた。
「結果発表を――聞きたい人は――いるかぁぁぁああああ!!」
「おおおおお!!」
「また食べたいやつは、どこだぁぁぁああああ!!」
「ここですわ!!」
「ところで王子は帰らなくてもいいのかぁぁぁああああ!!」
「よくできた兄たちがいるので平気ですよ!!」
――この人、俺がくるまで料理人だったんだよな?
店内で声を張り上げるリーネに、ノブユキはそんな感想を抱いた。
彼女は実に活き活きとしている。
リーネの元々の仕事を奪ってしまったのでは? という罪悪感で胸が苦しくなる日は、もうなくなりそうだ。
結果。
満票とはいかないまでも、ふつうが1票。
おいしいが4票。
「はい! 『牛乳とチーズでとろみをつけた汁に具材を混ぜたご飯』採用!」
ぱちぱちぱちぱち!!
店内が拍手の音で満たされる。
ふう、とノブユキは安堵のため息をついた。
とりあえずほとんどのお客に気に入ってもらえたようでよかった。
しかし……、お客の間で何やらごたごたと騒ぎが始まった。
「ところでなぁ、ワイら客層は2票扱いやから、あり得んとしてや。このうめえもんにふつうとか抜かした審査員は誰や?」
「俺も気になるなあ。あ、ちなみに美味しいにしたから」
「ボクもです。美味しいに一票いれましたよ」
わたしも、わたくしも。
などと波紋は広がり、お客が全員一致で美味しいに入れたことが明らかになった。
するとあら探しがヒートアップしてゆき。
「じゃあ審査員のひとりがやっぱり、『ふつう』に?」
「いやいや、尋常じゃないほど美味かったぞ!」
これはいけない、とノブユキが思うと同時にリーネが動いていた。
「はい、みなさん、他人の舌に文句をつけるのはいけませんよ!」
リーネの発言にミッフィが続く。
「料理人ギルドとしても言い争いになるようなら見過ごせませんが?」
ざわざわと騒ぎ始めていたお客たちが途端にシーンと静まりかえる。
そして、誰かがしゃべった。
「そ、そないなことせーへんって! なぁ、みんな?」
「そうですね」
「無益ですよ」
「誰だ、言い出したやつは」
お客のひとりが握り拳で頭を叩き、おどけてみせた。
「あかん、ワイやったわ!」
そうして、ちょっとばかり険悪になりそうな気配は霧散していった。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございましたー。夜の営業もありますので、よろしければどうぞー」
帰っていったのは、お客と、放蕩王子。
店に残ったのはミッフィと、謎のお爺さん。
テーブル席に全員で座ると、しばし無言が続いた。
帰路につくお客たちの声も届かなくなって、喧噪の響きも失われる。
「さて、とじゃ。事情を知るものたちが帰ったところでそろそろいいかのお」
「ええ。ドラン老、よろしいかと」
お爺さんが語りかけ、ミッフィが応じた。
ドランと呼ばれたお爺さんが、頭にかぶせたローブを首裏まで脱ぐ。
ツノだ。立派なツノがある。
頭の側面から後頭部に向けて生えるように、二本ほど見える。
黒光りしていて固くて太くて立派だ。加工したら、さぞすばらしい名器になることを予感させる代物。
しかし残念かな、片方が途中で折れてしまっている。
「お若いの、こちらの世界の産まれではないそうじゃのお」
「え、あ、はい」
ノブユキはうろたえながら、かろうじて返答した。
「この姿が怖いかのお?」
「ちょっとびっくりはしました」
「ほっほっほ、なぁーに慣れじゃよ。リーネからもミッフィからも最初は恐れの目を向けられたもんじゃ」
やめてください、ドラン老。とミッフィ。
とうとうボケたか爺さま。とリーネ。
「そうじゃな。何から話したらよかろうか……まず、おぬしの作った料理じゃが」
ごくり、とノブユキは判決を待つ囚人(ノブユキなりの想像)の気分で待つ。
「美味かったぞい」
「そうですか、ありがとうございます」
だが、ドランは言葉を切って、赤みのあるウロコのついた指をテーブルに立てた。
「じゃが、惜しい。美味いだけじゃったな」
「どういう意味でしょうか?」
ドランは、とん、とん、とん、指で叩く。
静かな店内だからだろうか、音はとてもよく響いた。
ノブユキとしては納得のいく説明がほしい。
ドランの話は長くなりそうだった。
リーネは夜の仕込みがあるからと、席を外す。
あとにはノブユキとドランとミッフィが残されたのだった。
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