第8話 リゾット ①―①

 ――常に先へ。常に前へ。常に遠くへ。


 ノブユキはリーネからこの世界の料理人の在り方を、こう説かれた。

 それから、2ヶ月ほど過ぎようとしていた。

 時期は秋から冬へと移り、時折ちらちらと雪が降ることもある。積雪こそないが、寒い。外はめっちゃ寒い。気温は一桁台といったところだろう。温度計は存在しないようなのでわからないが。

 リーネいわく、「熱魔法で測定すればいいじゃないの」とのことだが、そんなもの使えないノブユキは、言われても困ってしまう。

 いまのところ魔力――と呼べるかどうかわからない代物――は料理にのみ使っているので、他の魔法を習得するための練習に使う余裕はないのだ。


 秋の終わりからメニューに加えたプリンは大好評で、今もメニューに並んでいる。   

 けれども、さすがに寒い時期にちょっと暖の取れる程度の室内で食べるには無理があったようだ。オーダーは徐々に少なくなっていった……。時期によるものとはいえ廃れてゆく一品の存在に、ノブユキは無力さを感じてしまう。


 そんな日々を送りつつ、今日もノブユキは、リーネと一緒に厨房での仕込みを終えた。

 2人してフロアのテーブル席へと移動する。つかの間の休憩だ。昼の営業開始まであと1時間といったところか。


 リーネが肩を小刻みに動かして、興奮気味にノブユキへと語りかけてくる。


「さ、ノブユキくん。新しいメニューを考えましょうか!」

「まあ確かにプリンの注文は減っていますけど、メニューから外すんですか?」

「そうよ。うちみたいな弱小の店舗は常に新しいメニューで挑戦しないと!」

「じゃあどんなものがいいんです?」

「それを考えるのが料理人の仕事なんじゃない」

「リーネさんも料理人ですよね?」

「今は給仕長と支配人ですもん」


 ふう、とノブユキはため息をつき。


「食べたいだけなんですね」

「ふっ、ノブユキくんもさすがにわかってきたようね。その通りよ!」

「威張らないでください」

「いばってなんていないわ。胸を張っているだけよ」


 おお、リーネの背後に輝く生たまごのごとき後光が見え……るわけがなかった。

 頼もしそうに言ってはいるが、要は食に飢えた女性なのである。


「さあ、ノブユキくん。わたしを満足させるメニューを示してちょうだい!」

「もうちょっと具体的に。甘いものとかしょっぱいものとか」

「お腹に溜まるものがいいわ!」

「……」


 単に大食いしたいだけなのでは? とノブユキは疑ってしまう。


「きたるべき大食い大会に向けて胃を鍛えておかないと!」

「お店の順位を上げるほうを優先してくださいね!?」

「あら、そうだったわ。きみという戦力が加わってからすっかり忘れてた」

「うおぉいっ!?」


 年上であろうお姉さんに失礼かもしれないが、ツッコミを抑えきれなかった。


「ねえねえノブユキくぅ~ん、早くしないと営業時間はじまっちゃうよぉ」

「……」


 なんという猫なで声。

 猫が安心した時に鳴らすごろごろ声と、かまってかまってみたいに手招きする姿を重ねて想像してしまった。

 か、可愛い……。


 ノブユキは仕方なく秘策を披露することにした。

 椅子から降りて厨房へ。

『シチュー』が作れる状態にあることを確認。

 そして、リーネを手招きし、厨房にくるよううながす。


 リーネは、ご飯が待ちきれない子猫のごとく、すっ飛んできた。

 確認したノブユキはシチューの調理を開始する。

 仕込みは万全だったので、すぐに調理は完了。


 さて、ここからだ。

 さらに手を加えるのだ。


「ここに一杯のシチューがあります」

「うん、『野菜と肉のゴロゴロ煮』ね」

「フライパンに戻して、牛乳を加えます」

「なるほど、『野菜と肉のゴロゴロ牛乳煮』にするのね」

「そうですね。クリームシチューというやつです」

「ふむふむ。で?」

「オリーブオイルでコーティングした白米を豪快にぶちこみます」

「ふぇっ!?」

「チーズを入れて、水分がある程度なくなるまで煮込みます」

「ああ……スープが……」

「いいんです。これでいいんです……はいできあがり」


 とろみのあるスープにご飯がこんもりぶち込まれたものが、目の前に出来上がる。


「これは……『牛乳とチーズでとろみをつけた汁に具材を混ぜたご飯』かしら?」

「た、たぶん」


 相変わらず、ダイレクトなネーミングである。


「ご飯と牛乳の純白と、チーズの黄色が混じっていて綺麗ね。おいしそう」

「まあ見た目は……」

「いただいても?」

「どうぞ」


 リーネはスプーンですくうと、ぱくり。一口。


「……この塩気に後押しされるような優しい甘みは……そうかチーズ!」

「まあ隠し味みたいなもんです。お好みで入れたり入れなかったりするようですし」

「今までチーズを入れる意味なんて考えたことがなかったわ。……これは疲れた兵士の皆さんに高評価をいただけそうね」


 ノブユキはこんなことを考えていた。

 俺のリゾットって、クリームシチューの猫まんまみたいで、お客に出すのは抵抗があるんだよなあ……。


「ノブユキくん、これ今日からいける?」

「うーん……」


 悩んだ末にノブユキは左右の腕を振り上げつつ交差させて、バッテン印にした。


「なんでよ! こんなにおいしいのに!」

「俺が納得いかないんです。実際に調理して出すなり、召喚して出すなりにしても、完成度を高めないと」


 ノブユキは真剣なまなざしで、リーネを見つめた。

 折れたリーネは「わかったわ……」と小さくつぶやき。

 そして。


「なら試食会を開きます」

「はい……はい?」

「し・しょ・く・か・い。これなら気軽に試せるでしょ?」

「いやいや試食会と言っても、お客さんの口に入ることは変わりないですって!」

「だから意味があるんじゃないの」


 また何ともノブユキを困らせることを言い出した。


 ――常に先へ。常に前へ。常に遠くへ。

 よい心がけだとは思うのだが、たまには立ち止まって周囲の景色を眺める余裕があってもいいんじゃないかな、と疑問を覚えるノブユキだった。

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