第12話 オムライス ①―①
試食会から数ヶ月が経ち、春がやってきた。
外に植えられた木々のいくつかは、桃色の花びらをつけて、見る人を楽しませる。
この世界もノブユキの元いた世界と同様に桜があった。名前もそのまま同じで、桜らしい。読み方も同じ。
そんな桜を、ノブユキとリーネは2人並んで眺めている。
「桜って不思議よねえ」
「なにがです?」
昼の営業が終わった休憩時間に、店の前でリーネが急に言いだした。
ノブユキものんびりとした気分で聞き返す。
「季節の変わり目っていうか、新しい気分っていうか、新規開拓の予感っていうか」
「3つめがなければ情緒のある台詞でしたね」
商魂のたくましい人である。
ノブユキはノブユキで、ドランから駄目だしを食らった時のことを思い出す。
料理人の顔が見えるように、というやつだ……。
王都に住む人々が濃いめの味が好きというのはミッフィの言葉だが。
それをなぞっただけではいけないと感じた。
もっとお客のことを知るために、今までより距離を近くすることから始めた。
クリームシチューリゾットの注文はひっきりなしに入っていた。
そのたびにフロアへ顔を出すようにして、「味が薄いようでしたらチーズかお塩をどうぞ」と接客の真似事をするようにしたのだ。
これがノブユキにもお客にも利き目があったようで、ノブユキは人前に出てもある程度は平静を保てるようになったし、お客は味の好みに合わせて調整できた。
今では混んできた際にはノブユキもフロアに出て、お皿と食器と調味料を出すくらいはできるようになっている。
「あーあ、ノブユキくんにどんどん仕事が取られちゃって、わたし暇だなあ」
「絶対にウソですね」
「ばれたか。繁盛しすぎで手が回らなくなるほどだったから、助かってるわ」
「つたない接客ですが、そりゃどうも」
「それで? 魔法のほうはどうなの? 希望だかなんだか知らないけれど、使っても倒れないくらいにはなっていそう?」
「うーん……」
わからない、というのがノブユキの素直な感想だ。
おそらく、ドランの唱えてくれた『ステータス』という古代魔法とやらがあれば、わかるのだろう。だが、試食会から店の混雑がさらに増してしまい、再び会うことは容易ではなさそうだった。
ドランが何をしているのかはわからないが、忙しいのは同じかもしれない。お店が休日の時にギルドへ行って、ドランへの料理判定をお願いしたのはまだ片手で数えられるほどだが、回答は「いつになるかわかりません」だし。
「たぶん平気じゃないですかね」
「あら、いつになく強気ね。この一年で変わった?」
「かもしれません」
ノブユキは頭の頂点から足の先まで、固い芯が通っているような感覚にあった。
こういうのをなんと言ったらいいか……。
言葉が出ずに、口をもにょもにょさせていると。
「自信がついた、とか?」
「そう、それです」
リーネが答えを言ってくれた。
リーネは、うんうん、と首を縦に振り、上機嫌になる。
「じゃあ、まかないはまた任せていいわね」
「うーむ。たまにはリーネさんも作ってみては?」
「わたしはいいの。料理はノブユキくん。給仕はわたし。これが最強の布陣よ」
「まあ、確かに」
「いっちょわたしにおいしいものを食べさせてちょうだい!」
「はいはい。で、リクエストは?」
「『トマトケチャップご飯に玉子焼きの薄皮をかぶせたお月さま』が、いいわ!」
「『オムライス』ですね」
そうそれ!
びしっ、とリーネはノブユキに向かって指をさした。
トマトケチャップは作れるっちゃ作れるが、調味料なので職人に任せたい領域。
料理人ギルドを通して、実物が店にもあるにはある。
でも、ノブユキの想像する味と違ってはいけないので、魔法を使うことにした。
「じゃあ作るんで、店内に入りましょうか」
「ノブユキくん……本当に図太くなったわね」
「そうですか?」
「おどおどしていたころがウソみたい」
「忘れてください!」
「あ、赤くなった、照れちゃって、かっわいい」
「……作ってあげませんよ?」
「まってまって! 冗談だから、作ってちょうだい!」
はあ、まったくこの人は……と思いつつ、2人は遅い昼ご飯を食べるために店内に入った。
◇ ◇ ◇
「《レシピ》オムライス」
のんびりしていては、夜の仕込みが間に合わなくなってしまう。
ノブユキはさっそく、まかないを作ることにした。いや、作るという表現には誤りがあるか。召喚することにした。
それらは宙に出現する。
橙色に近い身を中心部へと内包する生たまごが、だんだんと黄色く溶かれてゆく。
しばらくすると、じゅわっ! という音とともに焼かれてゆき、こんがりきつね色になった。形状は平べったいまん丸といったところ。
湯気の立ち上るご飯が純白に照りながら舞い、そこに赤いペースト状の調味料――トマトケチャップが加えられる。ダイヤモンドからルビーへと変化したような錯覚をさせられる光景に、召喚主であるノブユキも息を呑む。
火を充分に通し細かく刻まれた、にんじん、たまねぎたち。まるで遊びに混ざりたがる子どものように合流する。ケチャップライスは、よろこんで受け入れた。小さなトパーズと、真珠が加わり、ちょっとした高級装飾品を思わせる。
待っていましたとばかりに、幅のある木皿と平べったくまん丸の玉子焼きが挟んで完成した。
甘い匂いが、ぶわっと店内に広がる。
ノブユキは半熟のほうが好みなのだが、リーネは完全に固めてしまったほうが好きとのことで、彼女に合わせた。
なお、オムライスはかなりお客の好みがでる料理だと、ノブユキは思っている。
にんじん嫌い。
ピーマン嫌い。
半熟じゃないとやだ。
固くないとやだ。
などなど。
正直、料理魔法なしで、すべてのお客に合わせるのは難しいと感じる。お客に希望とやらを与えるのが、ノブユキにとってもよいことなので、なるべく扱いたくはない品だ……。
「いっただっきまーす!」
「はいどうぞ」
リーネは木製のスプーンを持って、仮想の月を崩してゆく。
中心部が山のように膨らんだ楕円形がみるみるなくなる。
「はむはむはむ。がっつがっつがっつ。ぐわっぐわっぐわっ!」
「声に出しながら食べるのやめません?」
よい食べっぷりなのはわかるのだが、はしたない。
せっかく気品のありそうな顔立ちと体型をしているというのに。
「エルフのぉ胃袋はぁ、世界いちぃぃぃいいいい!!」
「俺の夢と価値観をぶち壊す発言はやめてください」
おっかしいなあ……。
エルフって聖なる森の番人で、滅多に人前には姿を現さない印象があるんだけど。
リーネさんを見ていると、ただの一般人のように思える。
幻想による脳内の補正って怖い。
ノブユキは、認識を改めた。
「ごちそうさまー! 相変わらず、おいしかったわよ!!」
「それはなにより。俺の顔は食べている間に見えました?」
「ん? なんのこと?」
あ、そうだった。
ドランから助言をもらっていた時、リーネは厨房にいたのだ。
知らなくても無理はない。
というか、急に接客をやり出したノブユキを不思議に思わなかったリーネにも責任があるのではないか?
まあいいか、とノブユキは試食会でドランに言われたことをリーネに話す。
「なるほどねえ、爺さまが言いそうなことだわ。それでノブユキくんは接客も始めたってわけだったのね。わたしの仕事っぷりに嫉妬しているのかと思っていたわ」
「どんな勘違いですか……」
「それで、顔かあ。顔ねえ……。顔は見えなかったけどメッセージは伝わったわよ」
「え、どんな?」
「ピーマンは抜いておきました。たまごは固めです。でしょう?」
おお!
ノブユキは喜びの声を抑えて、腰の横で手を握り、ぐっと拳を作った。
手応えあり。
気のせいかもしれないが、胸がぽかぽかしているかもしれない。
「ってなわけで、近日中にオムライスをメニューに追加ね」
「どういう理屈ですか!?」
いきなりすぎるだろ、この人!
「『牛乳とチーズでとろみをつけた汁に具材を混ぜたご飯』の季節もそろそろ終わりでしょう? 新しいメニューに切り替えないと」
「いやあ、オムライスは……どうなんだろうなあ」
「と言うと、どういうことかしら?」
「リーネさん、オムライスにピーマン入れたら食べます?」
リーネはぞっとしたように身震いをした。
「だめ、それだけはだめよ、ノブユキくん。わたし、ピーマンだけはだめなの」
「でしょう? オムライスは具材やたまごの焼き加減の種類が多すぎるんですって。お客の要望を間違うことなく、オーダーを取れる自信がありますか?」
「ふ、ふっふっふ……まさかノブユキくんから挑戦状をだされる日がくるとは思っていなかったわ。いいでしょう受けましょう!」
「いえ、そういう意味で言ったつもりは」
「たぎる。たぎるわね。何かしらこの燃えるような感情は!」
リーネは止まりそうもない暴走列車(そういやこの世界にあるのかどうか知らないなあ、とはノブユキ談)と化し。
大衆食堂『りぃ~ね』はまさしく春の嵐へと突入してゆくのだった。
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