効力無しの時薬①
常に水の沸騰する音のする面白みのない部屋に二人、一仕事終えた疲れの中で話の始まり方はいつも同じである。
「だぁー!疲れた!アラン、お疲れ様」
「お疲れ様です、先輩。またデートですか?」
先輩と呼ばれた男は水の入った透明な容器に顔を写し、前髪を整えている。
「まぁな、前やった同業者交流会で出会った人なんだけどよ。これが美人で宮廷入りが決まった超エリートときた。今日で三回目だからな....決めてくるぜ」
「あーはい、頑張ってください」
アランは無気力そうに目の前の機械をのぞき込んではそれを記録する。
「アランもさ、顔はいいんだから実験ばっかだと気が滅入るぞ。故郷の人たちの為ってのもいいけどもっとさ、自分を大事にしろよ」
その先輩はアランの肩をポンとたたき、壁にかかった時計を確認すると足早に去っていった。
アランは仕事を終え、すぐに違う研究を再開した。
それはアランの故郷を襲った感染症―通称カンギュナ症―の薬の事である。カンギュナとは空気を吸い、魔力を放出するコケの一種で魔力を放出すると表面に穴が開くため感染すると体から魔力が漏れ出て小さな穴が開くため、こう呼ばれる様になったのである。
アランの妹がこの病に倒れたのは3か月前のこと。アランは王のお膝元といっていいのかわからない、郊外の薬局に努めていた時にその知らせを受けた。症例は何度か報告があったため見たことはあったが大事な妹に発症したとなれば焦りと使命感に満ちてしまうのも無理はなかった。日が落ちる前に薬局を閉め、その後に研究をする。王都から少し離れた小さな村のみの病気のため研究し治療に乗り出す薬師や錬金術師はほとんど現れなかった。
そんな研究を続ける日々の中、会話はいつもと違う始まり方をした。アランの先輩にあたる男サンバムは一枚の紙を握りしめ、薬局のドアを勢いよく開けた。
「おい、アラン!見ろよこれ、勇者の作った錬金物が姫様の病気を治したみてぇだ!そこらじゅうで街のヤツらが騒いでる。″万病を治すエリクサー″だってさ」
サンバムはそのニュースを読みながら部屋中を歩き回り、やっぱ薬師ならこんくらいやってみたいよなとか、例の彼女が勇者の薬制作の手伝いをしたと自慢したりとあからさまに自己肯定感を周りに撒き散らしていた。一方のアランは一種のハイになっているサンダムには目もくれず黙々と目下の研究に注いでいる。
この日を境にサンダムは少し変わった行動が目立った。金がないと、ブツブツボヤいたり、仕事に対し意欲的でなくなった。その後、サンダムは突如姿を消した。アランは心配はしたがどこに行ったかわからない人を探すほど自分に余裕があるとも思ってなかった。
そんなある日、ある噂が患者ずてにアランの耳に入ってきた。
「先生、勇者様の作ったエリクサーってのはここにはないのかい?」
「エリクサーですか?あれはそう簡単に複製できるもんじゃないですよ。仮にできても高くてこんなとこでは扱ってませんよ」
笑って接客するアランにその老人は不思議そうに質問する。
「そうは言ってもなぁ。ご近所さんが言うんだよ。薬師のにぃちゃんが売ってるって」
「大体、おじいさん。何でも治す薬っていうのは有り得ませんよ。そういうものには副作用が総じて…」
言いかけて一つの最悪な予想がたった。アランは昔から頭が切れた。幼少期から少しの判断材料とちょっとしたきっかけで物事の芯にたどり着くことが度々あった。妙な関係性と耳を掠めていった言葉の数々が繋がる。焦りと心配がジリジリと皮膚を焼く。すぐに店を閉め、完成したばかりのカンギュナの治療薬を持ち、近くの馬車を呼び止める。
薬が完成し喜びのままに手紙を出したのが3日前、仕事を放ってはおけずすぐに帰ると書いておいた。だが状況が変わった。馬車の揺れの中で必死に考える。耳を通り抜けた言の葉を難解なパズルを解くみたいに慎重にはめていく。デート、同業者....馬車が揺れる。勇者の作った”万病を治すエリクサー”。患者の口にした”噂”。懐かしい景色が目の前に広がる。緑が深く広がり、木々は幼少期のころと変わらず風に揺れる。良くむしり取っていた草花も咲き続けている。
急いで御者に金を払い、目の前の石段を上る。手には薬を、口にはただいまを。土産には王都の経験を持ってきた。扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
「ただいま、母さん。ルーシーの体調は変わらずかな?僕さ、作ったんだ薬。ルーシーに飲ましてやってよ。」
返事はなかった。
誰もいないリビングに必死で作った笑顔を振りまく。机の上に食器とスプーンが置いてあった。突然の訪問に食事を中断したかのような配置と残り方だった。
奥の部屋に物音がする。布のこすれる音とものが当たるような音がする。
「ルーシー?お兄ちゃんが帰ってきたよ。今日は動ける日なの?約束したでしょ薬を持ってくるって....」
そう話しかけながら奥の部屋のドアを開けた。部屋には大量の羽毛が散乱し、本棚は壊れ木片はいたるところに傷をつけていた。目の前には静かに淡々とものを壊す少女のような―何か―がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます