後悔への効能

寝起きは悪くなかった。光を感じて朝を迎え、目を開く。目を開けば朝日が差し、小鳥達はさえずり、朝の到来を祝福していた。


だが、一つだけ、最高の朝を構成するには相応しくない事がある。


「おはようアカリィ、今回、体調は良さそうだね?」


腹のあたりで拘束された腕、これがもう最悪だ。何でかは知らないけど俺は知らない場所でアランに拘束されている。皮肉にも出会った時と同じ様なシュチュエーションで。


「わからな過ぎて騒ぐ気も起きないんですけど何してるんですか?」


普段の行動が意味不明なアランの事だから、今回もなにかの悪戯だろうと昨日みたいな対応で良いとアカリの脳は判断したのだ。


「まあ、ちょっとね」


その横顔は透き通った白い肌ではあったが目には影が落ち不思議と淀んで暗く見えた。その妖艶とすら形容できる顔にめをうばわれていたのか、ぼーっとしていたのかはわからないが少しの間沈黙が流れた。


「ねえ、アカリィ。退屈だろうから少し小噺といこう。この国の姫様はね、小さな頃から病気だったんだ。皮膚が暗くなって硬くなる。奇病ってやつさ。皮膚は硬いのに身体は成長し続ける姫様はある時、後一年しか生きられないと宮廷医師に言われたんだ。当然だけど国中は嘆き悲しんだ。」


囁くように淡々と話すアランは昔を懐かしむようなそんな優しい眼差しを向けている。


「でもね、そんな時勇者が現れた。国王の必死の懇願で勇者は姫様の病気を治す薬を作り始めたんだ。程なくして一つの薬が作られた。名をエリクサー。後にこの世の全ての病を治すと言われた薬さ」


アランは手を後ろで組み、逸らしていた目線をアカリに向けた。顔は元の、陽気な笑顔に戻っていた。


「こうして姫様は病を克服し、国民は皆それを祝福しましたとさ。おしまい。どう?アカリィにはこれがハッピーエンドに聞こえるかい?」


「まぁ、そうですね。みんな幸せになったしハッピーエンドだと思いますよ」


まずはこの拘束されたアンハッピーな状況を何とかしてくれとアカリは心の中で切に願う。


「甘いね、アカリィ。タルくなる甘さだ」

声色が変わる。


「前にディザルトには君と同じように勇者にキレてる奴らが集まってるって言ったよね?僕はこのハッピーエンドにキレてんだ。奴らの短絡的な反吐が出る偽善にさ」


するとアランは魔法による水を出し、アカリの寝ていたベッドの足を2本切った。ベッドはガクンという衝撃音と共にアカリを地面にずり落とした。そのまま一太刀にアカリの拘束具を切り外し、水の波打つ小さな刃を目の前に向けた。


「時間が無いんだアカリィ、藁にもすがりたいんだよ。君のエゴでさえも僕は利用しなくちゃなんだ。…一人でもやらないと」


水の刃は頬を掠め、輪郭をなぞるかのように血が伝う。アカリは凶器の握られた右手をがっちりと掴み離そうとしなかった。アランは左手で躊躇なく顔を殴打し、掴まれた手を解こうと体重を掛ける。


「ったいな!何するんですか!」


「...言ったでしょ。君のエゴを利用するんだよ。エゴとして存在する君の血液は特別なんだ。血清が、君の血液さえあれば...できるかも、だから」


「だったらこんな事しなくてもいいでしょ!!それならいくらでも俺の血持ってけばいいじゃないですか!協力するから」


ぴたっと手が止まる。まぶたや耳は少し動いたがアランはすぐに唇強く噛み、苦悶の表情を浮かべる。


「信じられないよ....家族さえ信じてくれなかったんだから」


静かな漏れるような悲しい言葉の落下だった。落ちた言葉は下で仰向けになっているアカリにまっすぐに落ちた。静かな怒りと激しい後悔、そのどちらともがアランの表情に現れていた。


「できなかった!させてあげられなかった!君にはわかるかい?目の前があと一歩のところで絶望になる状況を!もっと早く、最初から一人でやればよかったんだ。」


沸々と湧き上がる怒りに任せて叫び、大きな水球を作った。それはあの時のような球体ではなくアランの今の心を表しているかのような歪で震えた大きなものだった。


「もう後悔したくないよアカリぃ...どうすればいいんだろ。こんなことしか思い浮かばないや」


「アラン...さん?なにをするんですか....え?」


水球は形を変え、アカリの四肢と首に纏いつき、残りはアランの手の中に戻り、形を変えて、刃渡りの大きなナイフに形を変えた。肘を引き、アカリの胸を突こうとしたその時、咄嗟に炎を放ったアカリはそれによって蒸発した勢いで後ろに吹っ飛ばされる。うう...という呻き声と骨の響く鈍い音が白い壁に吸い付く。


ベッドの足は粉々に粉砕され、破片が両者の腕や腹を掠める。アランはその血で濡れた右手を押さえ、そのまま殴りかかった。その拳は血で赤く染まり、殴りかかった勢いのまま血液はアカリに向かって飛んできた。


ゆっくりと薄れゆく視界の端に赤く伸びるナニカと頭の中に入り込むがまたアカリを覆い隠すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る