焦燥は冷えぬ


(もうこんなに浸透しているのか....やばいはやく、はやく作らないと)

歩死人が戦闘不能になったのを見てアランは心の中に小さな焦りが生まれたのを感じた。少しの硬直と冷や汗が頬を伝ったことで我に返った。 


「この人どうするんですか?…あ、アランさん?」

「あ、ああ。本部に連絡して運んどいてもらおうかな」


アカリは少し遠くを見ているアランを心配そうに見ていた。


本部の扉の前まで来たとき、ナルがそわそわしながら待っているのが見えた。腕を組んで、指でトントンと軽くたたいている。ナルの視界にアカリが入った時、心配そうな顔で駆けてきた。


「アカリ君!大丈夫だったかい?こいつに何かされなかった?」

キョトンとした顔でアカリは答える。

「いや、特には」

「薬とか盛られてない?渡されても飲んじゃだめだからね、ほんとに」

「ナルだけだよ、あんな簡単に渡された薬飲むやつ。ああ、また上司を小型犬として愛でたいのかい?」


調子が戻ったのか陽気なアランはにやにやとおちょくり、ナルは赤面し、あ゛ー!と被せるように叫ぶ。

「そんなドラッグが....」

アカリはどんどんとクールな仮面がはがれていくナルを見て少しずつ頬が緩む。いや、最初からクールじゃなかったかも。少しずつ自分が笑えているのに気付き、驚きはしたが今はこのまま笑いに身を任せた。


「どうせ集まったなら新人の情報を仕入れときたい。アラン、彼はどこまでできた?」


外で立ち話をするのも疲れるということで部屋に入るなりドーガムとミルが迎えた。部屋に入ったアカリを待っていたのは肩に幼女を載せてる強面のおっさんなのだ。当然のようにアカリは戸惑い、距離を置こうとしたがナルの上司だといわれ少し遠くの席に座った。


「魔法はできてましたよ。そのあとはちょっと邪魔が入っちゃって」

視線を落とすアランにドーガムは一瞥したが、話を続ける。


「そうか、なあアカリ サハラ。君はボドラスと戦った際に何を見て何を願った?」


「何って、うーん」

そこら辺のところがアカリにとっては曖昧だった。実際、ここまで運ばれたのは気を失っていたからで記憶の混濁があり、記憶のいくつかを忘れかけていた。そんな彼を見て背もたれにもたれかかるドーガムは一呼吸を置いた。


「そこらへんはまぁいい。問題は君の力だ。アカリ、君は魔法と意志の関係をもう知っていると思う。人間の意志を起点として魔法というものが展開されるからな」


アカリはうんうんと頷く。意志によって姿を変えた自分の魔法によってそれを体でも覚えていた。


「まあ、その意志ってやつなんだがたまに常人とは比べ物にならないほどの執着、意志を持つ者がいる。そいつらの有り余るほどの意志が具現化したのが魔法ではないもう一つの力、過感情性能力、通称エゴだ」


「エゴ...ん?どういうこと?」

魔法を習得したばかりのアカリには魔法とは別の意志による力といわれてもさっぱりなので、頭の中が混乱と混乱と....混乱であふれた。それを見かねたナルは


「端的に言うとね、魔法ってのは変換する方法だから個人の差はあれど基本的にみんな使えるのよ。だけどエゴは別、超能力みたいなものだと思ってくれていい」


「そのエゴが新人アカリに発現した。それを君らに共有したいと思う」


少し部屋がピリついた。アカリも動揺し、声を漏らす。アランは興味無さそうに肘をついて話を聞いていた。


「聞き取りの結果私が出した結論は、血液に関するエゴであり、出血しているものや血液などと接続できるというものだけだ。まだ不明確なこと多い、新人慎重に頼むぞ。今日は帰って寝ろ、解散」


一同はドーガムに向かって返事をする。日は落ちかけていた。寝るというには早すぎる気もするがアカリは自分がさっきまで寝ていた部屋に戻る。部屋の扉を閉め、上着を脱いで座っていると不思議と眠気が襲い、そのまま横になった。


こちらに来てすでにたくさんの出会いがあった。今日はアランに魔法を教わった。魔法とは異なる力エゴのこと。小学生のころ夏休みに書いた絵日記のようにつまらない感想でしかなかったが今はそれで満たされるほどに十分であった。落ちゆく瞼と太陽はゆっくりと視界を黒く染めていった。


***


「ルーシー、お兄ちゃんが早く助けてあげるからね。大丈夫だよ、お兄ちゃんは世界で一番の薬師だから....。」


夜半、廊下は静かに足音を反響させる。静かに鳴く虫たちは自分たちの孤独を憂うような、誰かに呼びかけるようなそんな鳴き声だった。


「母さん達は悪くないよ。僕がもっと早く…」


人影は扉の前で立ち尽くし、ぼーっと天井を見上げる。


「どんなことだってするよ。僕が何とかするから」


扉がゆっくりと開かれる。少し空いた窓からは夜鳴きの虫が騒ぐ音がする。布の擦れる音がし、立ち止まり収まればまた近づく。そうしてベッドの前で立ち止まった。


「ごめんね、でも僕がやらなくちゃ」


小声でそう呟き、ベッドの人物を背負いゆっくりと夜の暗闇の中へと消えて行った。ベッドの下には水たまりができ、窓の外の月を淡く映していた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る