中毒者は踊る


アランは心の中でため息をついた。君もそうなのかと呆れた。あの人が――先輩が起こした事はここまで広がってきているのかと。目の前の屍のような人間と対峙して思うのだった。


「まったく、デートするならシャワーくらい浴びてくれよ。そもそも男とはしないけどね」


その死人のような人間は唸り、脱力こそしていたが目線はしっかりとこちらを捉え、狙っていた。


「アラン…さん?この人って」

「うん、人間だよ。歩死病ほしびょうって僕はよんでるけど、これはまだ人だよ」


アカリは途端に躊躇った。それを感じ取ったのかアランはまた微笑む。


「いいよ、僕がやるから。大丈夫、君が思ってるような事は起きないよ」


ポケットに手を入れると足元にはいつの間にか水が張られ、水鏡みずかがみの様にアランを写した。


人の形を保っているそれは呻き、突如として変化したアランの様子に不信感を覚えたのか向かってくる。脱力した腕を振り回し、前傾で走ってくる。


アランの目の前に来ると伸びて鋭利な爪でがむしゃらに引っ掻こうと腕を振る。それを見切り、躱すアラン。顔の綺麗さというのは驚くもので、秀麗眉目しゅうれいびもくというだけで円舞曲を踊っているような華麗さと軽やかさがある。アカリはイケメンってずりぃと心の底から思うのであった。するとアランは突っ込んだままの手をゴソゴソと動かし、何かを探した。


「あっれぇ、どこやったっけな。落としたかな?これがドラッグ&ドロップってやつ?あ、あった」


(この人大丈夫かな?)

アカリは疑心暗鬼になるがこれら全て、攻撃を躱しながら行っているというのも事実であるのだ。


「僕はただの元薬師くすりしだからね、戦闘はナルに比べると微妙だけど。っしょい!」


アランはポケットから手を出し、突き飛ばす。両手には錠剤が握られ、いくつか下に落ちていた。


「まぁ、元薬師の戦い方ってやつ?見ててよ」


足を力強く踏み、水しぶきが上がる。それらの粒が拳大の大きさになると持っていた錠剤を入れ込み足元に投げつけた。それが足に触れると白く変色し、固まった。両足を拘束された歩死人は呻き、抗うようにアランに手を向け掴みかかろうとして空振りを続ける。


「アカリくん?ドラッグ売りに必要なことってなんだと思う?」

「へ?あ、え?わ、分かりません…」


突然仕事の流儀を聞かれたアカリは何を聞かれてるのかすらわかっていなかった。そんな困惑しているアカリを見てアランは指で薬を挟み、微笑む。


「作ってもいいが、飲まない!へへっ!」


(ん?まてよ、てことはこの人シラフでラリってんの?)


自分でも何を思っているか分からなくなったアカリだが、それが一番適切な表現なので仕方がないのだ。


「さてと、こほん。えー、服用する際は適切な量にお気をつけを。イカレ野郎の鋭針ジャンキーシリンジ、本日のお薬はこちらになります」


アランはポケットに手を入れ、掴み取った拳いっぱいの錠剤を頭ほどの大きさの水球に突っ込んだ。浮いている水球に息を吹きかけると、ふわふわとゆっくり歩死人の元へと向かっていく。歩死人がそれを壊そうと腕を振りかぶった瞬間、


突如四方八方に針が伸び、歩死人の腕や顔、肩など様々な所を刺した。中身の錠剤が溶け、赤、黄、紫などの多様な色が現れ、それらが混じり濁った色になる。その濁った薬は針を伝って歩死人の体内に流れていく。


「どうだい?僕の戦闘用ドラッグは?意志の力なんてなくてもなんとかなるもんなんだよ、アカリくん」


歩死人の足の動きが鈍くなりやがて止まった。


「意志の力…ですか?」

「あー、まだ教えてなかったっけ?それはまた今度にしよっか」


歩死人の動かしていた上半身の動きが止まった。歯をガチガチを鳴らし、威嚇を続ける。


「うーん、この薬代どこに払ってもらうのが正解なんだろう。勇者に精算、できるかな?」


「多分無理だと思いますね」


「だよねー、経費で落ちたりしねーかなぁ」


歩死人の体はピクリとも動かなくなっていた。

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