影より狙う

 薄暗く狭い路地裏はアカリの足を度々止めた。散らばる木片や不必要に煌めく白線が追うべき対象との距離を離していく。


「君は…何故この遊戯に参加した? あの声、エリクサーと言っていただろう? あれが狙いか」


 いつのまにか視界から消えていたその男の声だけが狭い路地裏に跳ね返る。


「…答えたくないね。顔も見せずに自分の求めてる答えが出ると思うかよ? 」

「成程…しかし違うぞ。君の意志なぞ関係ない」


「っつ!!は? 」

 背中を激痛が襲う。何かが刺さり、どこかに滲む様に消えていく。


「ったく、どこから?」

 アカリは炎で辺りを照らした。炎が照らせる範囲は狭くぼんやりとこの緊張感のある空気とは真逆の暖かい光が照らす。


 背中の傷を触る。縦に入った線をなぞると血液が手を染めた。だが傷を作った凶器は何処にも無かった。


「傷は浅い。けどこれ以上は怪我できないな。さっさと出てこいよ! 」


 静寂、響き渡るのはアカリ自身の声。


「私は油断しない。妻との生活の為、そして私たちの宝のために」


 アカリの前方と後方から何かが飛ぶ。前方の物体を目で捉えて避けるが太腿の裏に突き刺さる。


「ああっ!ったいな。どこからともなく飛んでくるし、刺さると消える。厄介すぎる」

 だが先ほどと何かが違った。ナイフの存在を認識できた。飛んでくるそれを一つだけだが避ける事ができた。


「ぜってぇ白日の元に晒す!暗くても今は真っ昼間なんだよ」


 そういうとアカリは自身の炎を大きくし、辺りを照らした。


 (考えろ、魔法は何かしらの生成。アランは水、ナルは氷というように、生成なんだ。それならこれは何かの生成物)

「無駄だ。君のその頭で考えられるようなものじゃ無い」

 ナイフは確実に捉えていた。足の先から首の裏まで全ての弱点となりうる部分に向かって飛んでくる。

 (ん?なんで感知出来無かった?最初の攻撃はまだ理解できる。日が浅い俺は魔法を感じ取るのにまだ慣れていない。それはわかる)


 (ならなんで出血してる状態の今魔力の感知が鈍ってる?)


 ボドラスを拘束し、ナルの魔法をぶつけられたのはこの血の魔力の感知能力、血液の追尾性があの場のタイルによる線に沿って加速できたからだった。それなのに今、魔法であるはずのこの攻撃をアカリは捉える事ができないでいた。


「クソっ!あいつの位置は二の次だ。今はこのナイフをどうにかしないと」


 悪態をつくとアカリは路地裏を走った。捨てられた木箱を蹴り飛ばし箱の底を持って走る。その間にもナイフは飛んで来ていた。体の端を通り過ぎ壁に当たることもなく消えていった。


 また大きな通りに出るとアカリは辺りを見回して近くの街灯の下に立った。持っていた木箱の底を抜き、左手で盾のように構えた。壁の方に背に向け、飛んでくるナイフを警戒する。


「これでまだ戦いやすくなった。だけどあいつの位置が分からないままだ」


「やはり君の頭ではそれが精一杯なのか、残念だよ」


 ナイフが1本飛んだ。アカリの背を向けている壁ではなく、構えている木製の盾の方角でも無い。


 右の首筋――太い血管が通った後頭部に向かって真っ直ぐ飛んだ。


 アカリは一つ呼吸をし、呟く。


「残念なのはあんたかもよ? 」


 アカリは構えていた木の盾の裏に一本の木片を持ち、火をつけていた。それを守れない唯一の方角に向かって投げつける。


 火はナイフを照らし、その奥の闇までも照らした。住宅の煉瓦の壁に吸い込まれる爪の先を見逃さなかった。


 「ってぇ。でも血の流し甲斐がある」


 地面を見るがアカリの顔を掠めたナイフはどこにもない。街灯に照らされているはず地面以外には。


「ほう、君も中々筋が良いな」

「余裕そうだな。あんた自体はたいしたことないのに」


「…何が言いたい?」


「あんたなんであの奥さんと離れた?」

 男は黙る。既に姿はなく気配もない。

 

「そんなの簡単だ。あんたも奥さんと同じエゴを使うと思わせるためだ。あの空間から手が出るような」

 あの時、あの女の手が下から伸びた。アランの持つ円盤を奪おうとした。それ自体は単なるエゴによる能力だった。だがこの黒い服の男の攻撃はおかしな点が幾つもあった。アカリの視界から外れたところからのナイフによる遠隔攻撃、姿を見せず声を出さない男。そしてあの照らされた影の中の指。そのいくつかの違和感からアカリは一つの仮説を立て、それをアカリの切られた跡が証明した。


「ほら、声出してみろよ」

 アカリは腕を大きく振り、顔をぬぐってはもう一度煽るように横一線に腕を振る。

 その挑発にこたえるようにナイフが飛ぶ。数にして5、速度、射出角度、形状まですべて異なるナイフがアカリを襲う。一つ、アカリの肩をえぐるように切り裂く。二つ、脇腹をなぞるように。三つ心臓を庇った左手の甲を刺す。四つ腱を断つ。


 顔には苦悶、激痛に叫びそうになるのを必死に抑え、震える体に力を入れる。脈動が頭から離れないが耳を澄ませ、目を開く。感覚を外へ向け自身の痛みを忘れる。


 その時を待つ。刺さったナイフがどこかに消え、放った手が吸い込まれるその瞬間を。


 突如として壁から血液が線状になり影の中の腕を探す。男の手首に巻き付き、電灯に巻き付いてギリギリとその血の縄を巻き上げる。男は抵抗するがアカリの血液の力には抗えなかった。首を出し、壁に固定された。男の口元には先ほど見た影と同じものが覆っていた。


「っしゃい! これでやっとお話しできるなおっさん。殺し合いしてる最中に奥さんとお話とは仲のいいことだな」

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エゴラティック・トライズム~トラック運転手の異世界復讐劇~ ひらか @hiraka1987

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