二つの影


「数時間しかないとは言え、3人が5チームだから…15人。俺ら以外の12人はこの町に潜んでる。それに25本探すのは…」

 狭い路地に沿って走る白い線を辿るようにアカリ達は取り敢えず歩いていた。見つけなければスタートラインにすら立てないから。

 

「本物はひとつだけ…。それに判別方法も1つのみ。この円盤…っすね。」


 少し広い道へ出た。広いと言っても人が余裕を持ってすれ違える程度の道。坂の下からでは太陽の欠け具合も分からないが初めよりさらに暗くなっているのは確かだった。


 建物の間は人が一人通れるほど、アカリ達がいる通りから左右に伸びるように狭い路地が通っていた。


 「あのさ、2人とも…」

 アランが持っていた円盤を抱え直した。

「どうしたんすか先輩」

 キトラが辺りを見回すアランを見て不思議そうに、だが何かを感じ取って腰を落とす。


「…つけられてる」

「え?…誰に」

アカリは目を丸くし、反射的に背後を振り向いた。

 

「分からない、けど複数。さっきから振動を感じる」

 そういうとアランは右手に張った水の円を2人に見せる。水球を押し潰したような形をし、凸レンズのような綺麗な曲面を見せていた。


「これは僕の心音。これは声の振動、だけどここに…1つ振動がある」

曲面に広がる波紋、一定のリズムを刻むものと声と同じ波形をするものを指す。そして一つの不可思議な波形を指さした。数秒に一度放たれる方向が変わっている。


「どういう事っすか、それ人間なんすか? 」

「それも分からない。けど人間なら目的はどちらかだ」

 アランは円盤を抱えた左手で親指と人差し指で2を表した。

「僕らを殺してライバルを減らしちゃうか」

一瞬、うーんと唸り何かを言うかを迷っていた。

 「円盤を奪うか…だ。だけどこれは」

 アランは目配せをする。アカリはそれを受け取り、真っ直ぐアランを見つめ少し考えてから。


「え?…わかんないですが? 」

 

 大真面目に答えるアカリに少し吹き出したアランは優しく、静かに答えた。

「相手の目的が円盤だった場合、この円盤は制約がある事になる」

アカリが、ん?という顔をする横でキトラが気づいた。

「あ、そうか。この円盤に制限が無かったら奪う意味がないっすね」


「そゆことー。お、ようやくお出ましかな」


 コツコツと踵を鳴らすように歩く音が坂の上から聞こえてきた。


「あら…見つかっちゃたわ!凄いですよこの子達。ねぇ貴方? 」

嬉しそうに肩を弾ませるその女の細く伸びた足はエナメル生地の様な光沢の布が線を描く。上半身には手を覆うように袖の長い黒く染まった服、そのアンバランスさが路地の白い光で妖しく照らされていた。

「…ああ、将来有望だ」

 気配もなく女の後ろから男が現れた。長い手足に沿うように黒いシャツ。

 

「もっとも、その将来とやらはないと思うが」

 その男女はアランの持つ円盤を見つめ静かに戦闘態勢に入っていた。


「2人か…戦える?」

「うっす」「はい」

 アランはアカリとキトラの様子を伺った。2人とも覚悟はできていた。


「そこの黒ずくめ夫婦〜新婚旅行にしては暗すぎやしませんか? 今からでもリゾートに変えたら〜?」

 アランのふらふらとした言動は女の嘲笑によって弾かれた。

「ちっ、あー目的は? 」

 目の色が変わる。前から思ってたけど落差が大きい。

 

「ズバリ言っちゃいますよー!それ私たちにくださいな」

女が指を刺したのはアランの持つ円盤。アランは少しだけにやけた。


「なんで必要なんですか?あなた達のあるでしょ」

 情報のための軽いブラフのつもりだ。


「ん?…私が欲しいからよ」

「え?」

 アランの目が大きく開く。その女は素直過ぎた。


「アランさん…あの人やばいです」

「今痛感したよ。何も考えてないやつは相当手強い…」


「いや、それもあるんすけど」アカリが視線を固めたまま呟いた。


「右手が消えたっス」

 キトラはそのあったはずの右手を凝視し、アカリは元からあったものなのか、記憶を辿っていった。


その女は消えた右手を肩で回し、一つ大きく深呼吸をした。

「よし、繋がってますね。さて、



「あいつは何をしているんだ、アランさん!それしっかり持ってて! 」

「分かってる!これは絶対渡さないよ。僕はカップルに物を奪われるのが一番嫌いだからね! 」


 アランは滑った冗談と共に円盤を両手で抱え込み、キトラとアカリは警戒したまま消えた腕の行方を追う。


「アラン先輩!下!はぁぁ! 」

 キトラの警告と同時にアランの足元から白くすらっとした腕が伸びる。キトラは力を込め、アランに付着させた種を発芽させた。伸びる蔓は鼠返しの如く手を弾く。


「あんたらはなんでコレを奪うんすか!目的は!」

「言ったじゃない。欲しいからよ」

 聞く耳を持たない女にキトラはあからさまに苛立った。


「違うっす。あんたが何も考えて無いはずがありません。あんたらは個人じゃない」

「まぁ、そうだろうね。そこの男がいる時点で目的を持って行動している可能性が高いね」


 夫婦が顔を見合わせて微笑む。

「ふふ、やはり有望ですよ貴方」

「そうだな、おい君達。君達の推理力に敬意を表して一つ教えてあげよう」


 男は路地の暗がりに目をやり、目配せをした。

「私たちには子供がいる」

路地裏の影が見えた。頭部と思われる影はすぐに路地裏の影と同化してしまった。


「あいつか…顔を見せないのは厄介だね。アカリィ、キトラ警戒を」


「さぁ!明るく元気にいきましょう!」

 その夫婦達は三方向に別れて移動する。


「これは一対一か、俺はあの男を追うよ」

 アカリは決意を、灯し直した炎に誓った。

 

 

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