月が隠すは芽吹き
「アカリさん、これはどうゆう状況ですか? 誰っすかこの人たち」
「多分、薬の売人。よくわからないけど買いたい人たちに自白剤を使って本心を聞き出して本心で買いたいと思った人たちにだけ売ってたみたい。ああ…えっと、キトラ? 」
「策士策に溺れるっていうんすか?作った自白剤を使われることになるなんて思ってたんすかね」
結局路地裏での攻防は直ぐに決着がついた。裏稼業の者達とはいえ戦闘経験の少ない一般人であった。腕に菊の花がびっしりと生えたアカリに足がすくんだ男二人は眠りこけて地上に倒れてしまった。
流石に老婆に暴力を振るうのはいただけないので座った椅子に括り付けて手に持っていた揮発性の高い自白剤の入った瓶を鼻先で開けた。
「さて……全部話してもらうっすよ。あんたらが売ってるのはなんすか? 」
朦朧とし頭をゆっくりと揺らす老婆はおぼろげなその目を向けて話し始めた。
「あれは試作品だった、あの娘が必死になって作っていた過程の何百回もの失敗作」
「失敗作……?じゃあなんであんな人間が生まれるんすか! 」
キトラは少し感情的になり声を荒げた。すぐにはっとして目にかかった髪をばつが悪そうにひねり始めた。
あんな人間…アランと見た皮膚の硬化した凶暴なアレの事だろうか?アランは勇者を憎んでいて…でも薬は
話が見えてこないどころかわからなくなってきた。質問を投げかけたいアランは何故か消え、探すべき薬の手掛かりはここにある。見事に噛み合っていない。
「なんか引っかかるんだよなぁ」
「薬のことっすか?」
きょとんとしたキトラがこちらを見上げる。大人な雰囲気を漂わせているが身長はアカリの溝落ちほどで体のラインを隠す様にパーカーを着ているためか猫背のせいなのか、全体的に小さく見える。
「ああ、いや。こっちの話」
キトラは不思議そうにこちらを見つめた後老婆に詰め寄る。鼻先で瓶の蓋を親指で押す様にゆっくりと上にずらす。
「他に……ないんすか?その完成品とかそいつ自身についての事とか」
「完成品か……あるはずだよ。その為にここで店出してんだから」
「あるはず?ここで売ってるんじゃないのか?」
アカリはその言い方に疑問を持った。店を出している人間が在庫に対して不確定な事があるかと。
「そこの坊ちゃんが買っただろ?それを買いに来たんじゃなかったのかい? 」
「どういう事?俺が買ったのは……ん?あ、そこに転がってるやつ…… 」
道の角で場違いに潰れている果実を指した。動いた時に思わず手から落ちたのだろう。
「潰れてる」「潰れてるっすね」「潰れてるなぁ」
「……いや別にいいんじゃけど」
冷めた様にボソリと老婆がつぶやく。
「こほん、ともかくわしらの昔からの売り方でそこに落ちとる果実に薬の主成分を含ませて、別の溶剤と一緒に高い酒で抽出させてた。今は現品売った方が儲かるからその名残じゃな。いわば今はヤクの購入権を買わせるって事じゃ」
「購入権、いい商売してやがるよ。って事は俺はもう買えるの? 」
CDを買えば握手ができるどこかの集団のような。知り合いがハマっていらなくなって押し付けられたCDを思い出す。″ツインテールとヘアゴム″
「そこの奥の部屋だ。入って中にあるはずだよ」
またもや、はず……。
「行ってみましょう、アカリさん」
テクテクと先を進むキトラを追う前に、老婆を結んでいた縄を結び直す。舌打ちがした様な気がした。
扉はなく、少し歪んだドア枠に布がかけてある。中からは洋酒の匂いがうっすらとし、キトラが動く度に舞う埃には心底うんざりした。
中には木箱が積み上げられ、そこにはいくつかの得体の知れない有機物が瓶に入っていた。少しして月明かりが半分程当たる丸机に一つの小さな箱があるのを見つけた。何故見つけられなかったのかと思うほど目立ち、照らされていた。
「キトラ…?あれって」
「あからさまにソレっすね。アカリさん、開けてくださいよ」
押されるように箱の前に立ち、恐る恐る箱を開ける。
「....何もない?どういうこと?ただの空箱しかないけど」
ひょいとその空箱を手に取り月明かりに照らして眺めると白くきらきらと反射するいくつかの線が見えた。あっと口から漏れ出すとキトラはアカリの横に顔を近づけまじまじとその線を見る。
「....文字っすね。”ロクスの日” 」
「ロクスの日?それは....なに」
「多分日食のことっす。御伽噺で美しいお姫様に振り向いてほしい太陽が呪いをかけるんです。お姫様が太陽だけを見るようになってしまって。それを王子であるロクスが宙を舞い、空に向けて手をかざすと不思議なことに昼間なのに太陽が隠れてしまうんすよ」
「ほう、成程?」
「そして……えーっと、呪いを解く為にロクスは耳元で囁くんすけど……」
キトラは少し顔を赤くして、声を小さくしてボソリと外に向けて放った。
「ぼっ……か」
「ん?なんて? 」
「僕が君の太陽になるから僕だけをみていてくれないか? ……っす」
頬が赤みを増した。俯き、何度も目にかかった髪を弄る。アカリはそこまで恥ずかしがるような事かなと思い首を傾げるが、その深く澄んだ緑の髪の花の香りが花を通った時、自分の顔が何処にあるのかに気付き、頬を赤らめた。
「ご、ごめん」
アカリはすぐさま目線を箱の底の文字に向ける。
「……っ?!」
キトラはその謝罪の意味をワンテンポ遅れて理解してその首元から耳の先までを赤くさせた。突如赤く紅潮した首元から勢いよく紫色の花が咲いた。小さな紫色の点の集まりの様で独特な花の香りが漂った。
「……この花は?」
驚いたアカリが恐る恐る問いを投げかけた。あっという声が漏れてしまうほどに突如として生えたその植物がどうしても気になっていた。
「ん、これっすか?……ライラックっすねこれ。金木犀の仲間で花言葉……が」
キトラは首を勢いよく振り、ライラックの花の一本一本丁寧に抜いていった。顔は真っ赤なままだった。
「そうでした、本題に入らなくては。兎に角、ロクスの日ってのは日食、そいつ随分とメルヘンなやつっすね。」
頬を残して赤みが収まってきていた。
「じゃあ次の日食は? 」
そういった後、アカリは過去にそういった出来事を記憶できていなかった事を思い出した。覚えているのは天体の好きな者か、その御伽話の熱狂的なファンだけ……。
「明後日っす」
「へ? 」
「明後日の昼前、太陽が隠れるんす」
アカリはこの即答で驚きと疑問をひとつづつ得た。
ひとつはすぐにエリクサーの真相に迫れるという事。
もうひとつは。
「これはどっちだ……?」
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