エゴラティック・トライズム~トラック運転手の異世界復讐劇~

ひらか

悲しみの無い村

ヒク・ヒカレル

 控えめに言っても地獄だった。人と話すこともできず、毎晩罪の意識と今までの交友関係者に冷ややかな目で見られる夢を見てろくに眠れなかった。人を殺した。彼はもうこの世にはいない。その事実がこれからも付き纏うということは19の若造の俺にはあまりにも重過ぎた。その日は高卒で入った会社のトラックで納品が終わった後だった。スピードも普通で酒も勿論飲んでなかった。突如、降ってきたのだ。人が。誰に言っても取り合って貰えなかった。本当に降ってきたのだ。山道でも無い、普通の国道でだ。


 自分への戒律の期間を終え実家に帰る時、なんて言えばいいのか分からなかった。ただいま?ごめん?考えは纏まらない。そんな思いはガチャリとドアを開ける為に使われたかのように消えていた。


 やけに静かなリビングにはやけに静かな母の姿があった。耐えられなかった。救急車を呼んだ。泣いた。吐いた。母が運ばれていくのを叫びながら見ていた。罪と死と愛情の嫌な匂いがリビングには充満していた。母は剃刀で首を切って死んだ。乾ききった傷の反対側には家族の、俺との写真が置いてあった。

 もうダメだった。生きる意味がないとはこういう事なのか、無理だ。過去の自分を何度殺しても、何度傷つけても現実が消えない。俺は――


「目が覚めたかな?佐原 アカリくん?」

「ん?あ、はい」


 目の前にはフォーマルなのかカジュアルなのかコスプレなのか分からないがネクタイにスーツっぽい赤を基調とした服を着ている黒髪ロングの女の人がいた。


「私は片岡 成 、ナルとでも呼んでくれ。傷心中のところ誠に申し訳ないのだが、一応確認をさせてくれ。君は死んだ佐原 橙で間違いないな?」

 手元の紙をペラペラとめくる。

「死んだ、ああ死んだんですね。実感わかないっすけど。こんな感じなんだ地獄って。意外と居心地良さそうだな」


「君は死んだ。それは間違いない。だが君は手にしたんだ。二度目の人生を生きる権利を。私はそれを伝えにここにいる」


 何を言ってる?


「嘘だ、からかわないでくれよ」

 生きる意味もないんだ。


「嘘なんてついていない。生きて。奪われた分まで」


 俺の人生は終わった。人を轢いて母が死んで俺、佐原 アカリの人生は枯渇したまま終わっていったのだ。それがなんだ二度目って――そんなのあんまりじゃないか――


「君の人生は終わってない。ここから君の人生を、他人への贖罪ではなく君の、君自身の人生を歩んでくれ」


 淡々と発せられる言葉は内側から鎖を解いていくような温かみがある。込み上げて溜まる。


「やめてくれ」

 これを受け入れてはいけない。受け入れたら彼に――俺が殺した彼にどんな顔で合えばいいんだ。


 すると、片岡はその変わらない顔を少し曇らせて躊躇ったあと口を零した。


「君は利用された。全てが狂った元凶に」


 予期せぬ言葉に動揺した。この話の流れで発される言葉ではないと思っていたのだ。


「利用?なんのことですか」


 すると片岡は一枚の写真を取り出した。

「この写真を見てくれ、身に覚えはないかい?」


 それは少年の写真だった。黒い髪に赤い目の笑顔で写っている少年の写真であった。記憶のどこを探しても、いや一人だけ、所々似ている人物を俺は見たことがある。


「この子は、俺が」

 沈黙が二人の間に流れた。片岡は躊躇っていた。顔には出ないが確かにこれから言うことを頑張って出そうとしていた。


「そう、この子は。いや、こいつは自分の意思で君を利用し、死んだ。ある目的を持って」

 自殺?何故?どうやって?

「目的?」


「そう、だがその前に一つ説明しなくてはならないことがある。君たちのいた世界からこちらに来るには死ぬということがトリガーとなる。それを奴は何者かに教えられ死ぬことを選んだ彼は"ただそこにいた"というだけの君を死ぬために利用した。君がその後どんな苦痛と罪の意識を抱えて生きるなかなんて事を一切の考慮に入れずにだ。狂ってる…」


 最後にぼそっと呟いた言葉には怒りと憎しみが混じっていた。


「奴らはこの世界でたくさんの人を殺し、自然の摂理を狂わせている。超えてはいけないラインを超えたんだ。奴らは彼を利用し、この世界を我がものとしようとしている。お願いだ、あいつらを止めたいんだ。分かっている、酷な事をさせようとしているのは、だけどそれしか無いんだ。」


 立ち上がり、頭を下げた片岡は必死だった。怒りかは分からなかったが手が震えていた。頭が混乱している。目の前の状況は本当にあるのか、頬をつねるがやはり痛い。二度目の人生を告げられ、彼は別の世界を掌握するために俺を利用した。そしてそれを止めるために俺がここにいる?分からない、理解ができない。なんだったんだ?あの期間と母親の死は。何故、何故、なぜそんなことのためにあれ程の苦痛を俺は受けなくてはならなかったんだ?


 嫌だった、現実に向き合うのが嫌だった。あの時の葛藤と絶望はどこに?あの時の後悔は誰に?分からない分からない分からない分からない。


「彼の裏にこちらへの誘致をし、自殺の幇助をした奴がいる。君に轢かれなくても死ねるように何かしらの力で上から落とした奴が」


 頭を掻きむしり、荒くなった呼吸を抑え、深呼吸をする。叫びたくなる衝動が怒りが、疑問が。

 分からない、分からないけど。


「分かりました。俺はそいつらを」

 片岡が頷く。

「すまない、ありがとう」

 目を抑えて下を向きながら感謝を述べられた。


「片岡さん、二度目の人生は出来るだけ…」


 今できる最大の笑みを浮かべた。汚かっただろうな。片岡は表情こそ変わってはいなかったが鼻頭を赤くしていた。


「ナルって呼んでくれよ。アカリくん」

 綺麗な笑顔だった。地獄を照らす光とは意外と明るいものなのだと思えるほどに。


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