ワインダー
「なぁ、ファレル。俺にはよく話がわからねぇからもう一回言って欲しいんだが、この村に何しに来たんだ?言っちゃあ悪いが辺鄙な場所だぜ?」
道の往来が多い村の通り、ボドラスの横に歩くのは選ばれし者、ファレル・ガルアーク。ファレルは微笑みながらボドラスの質問を返す。
「さっきも言っただろう? この村の人々を救うのさ。この中に村人に扮した魔物がいる、それも複数。以前から目をつけてはいたが村人として生活をしている知能の高い魔物だ。こちら側からは攻撃ができなかったんだ」
「なんでだ? 複数いようが擬態してるだけなんだろ? 殺せれば関係ねえだろ」
「違うよボドラス、擬態して生活し続けているんだ。村人にとっては家族や仲間なんだよ、殺したら僕らが村の敵になる…魔物の思うつぼだよ」
ボドラスは低く唸り、その巨腕を脱力しながらファレルに向かって「じゃあどうするんだよ」と目線を送る。ファレルはその特徴的な赤い目で優しくなだめるようにボドラスの視界に入り込む。
「大丈夫、僕に案がある。なにせ僕は勇者だよ?こんくらいのことできなくてどうするのさ」
***
心做しか少し狭く感じる路地は冷気が漂い、ひび割れた石畳には赤黒い液体が染み入っていた。空は曇りどんよりとした雰囲気が二人を包んでいた。
「気ぃ強ぇのも悪くはねえんだがどうもなァ....」
ポリポリと頭をかくボドラスの視界には息を切らして駆け付けたアカリの姿しかなかった。
既に背後に回っていたナルは新たに作られた斧を手にボドラスの首目掛けて振り下ろした。鉄棍は大きくしなり、大木であっても切り落とすような勢いがあった。
だが、それは首にめり込みもせずにナルの斧を反動で少し欠けさせた。
「いったぁ! 無壊ってこれかー、傷一つつかないなんてずっるいわぁ。勇者の加護? それともあんたの? 」
「何を言ってるのかは分からねぇがこれは俺の力だ。ファレルは関係ねぇよ」
少しイラつき気味のボドラスは首に直撃した大きな氷を砕き、そのまま棍を掴み前方に投げつけた。ナルは空中で体制を変え、着地する。
「あんた…何しに来た? 仲良しこよしのお仲間は」
着地した体制のナルは冷酷な視線をボドラスに刺したままで言った。
「ファレルのことか? 女でもたらしこんでるんじゃあねぇか?勇者ってのはなんであんなにモテるんだろなァー」
またニタニタとしながらナルの上、ボドラスが投げた石によって大きく穴の空いた民家の屋根を見て笑う。
「女ァ…、気に入った。今まで命乞いをするヤツや抱いてくれと懇願するヤツは沢山いたが殺意を向けてくるヤツは久しぶりだ。本気で気に入ったぞ」
「っるさいわね。せめて寡黙でいなさいよ筋肉達磨。…あんたの目的はなんなのよ」
するとボドラスのニタニタした口は大きく歪み、高笑いの後に目を大きく見開き熱弁する。
「ファレルが残したこの恩恵、それは死人に悲しみを持たないこと、コイツら殺された奴には何も感じなくなりやがるッ! 死に恐怖しても死んだやつには恐怖しない。これがどれだけ…楽しくて殺しがいがあって奪いがいがあると思う? 」
そう言うと無表情に変わりぶるぶると身を震わせ、怒りを顕にした。
「なのに…なのによぉ、見つかっちまった。勇者パーティとしての信頼が、名誉が一瞬にして崩れ落ちる、見られちゃぁいけねぇもんをお前らは見てるんだ! だからよぉ…ここで死んでくれよ」
そう言うとボドラスは腰に装着してある金属光沢のする細長い板を右手袋にはめ込みそのままナルに向かって狙いを定めた。
「不変、不動、崩れぬは我が後方、崩すは我が眼前にあり。
ナルに向かって一直線に先程の金属片を飛ばしてきた。それはナルの右脚を擦り、地面に激突するもそのまま石畳を割り突き刺さった。見る限り一つの傷も入っておらず何故か綺麗な状態を保ったまま石畳を割り地面にめり込んだのである。
「…これが無壊と呼ばれる所以だ。魔法に属性を持たない俺はどぉしても何かを壊したかった。灰にすることも溺死させることも出来ねぇからよぅ…。だから纏うことにした。世間では勇者の
次々と金属片を装填してはナルの足元に向かって撃ち込んでいく。逃げ回るナルは その金属片をいくつか手持ちの氷棍によって防ごうと試みるが抵抗なく貫通し突き刺さる。
「ったく、硬いってもんじゃないわこれ。『力が伝わらない』 魔力の密度が高いのか知らないけど相当の代物…流石は勇者の仲間って事ね」
飛び散る氷の破片を目で追い、愚痴をこぼしたナルは棍を握り直し、目の前の巨岩に笑いかける。
「燃えてきた。戦いってのは本来こういうもんよ」
ナルは構えているボドラスの懐に入り込む様に前傾姿勢で駆け出す。
「向かってくるか女、無意味ィ!はアァ!」
飛び散る砂塵と氷片は中心の二人の攻防の激しさを表しているようだった。
ピキリと音を立てて砂塵が収まると、足元が凍り凍傷でじわじわと血が滲んでいるボドラスと腕や頬から血が垂れているナルが向かい合って立っていた。
互いに首と額に刃と発射口を向けていた。
咄嗟にナルが後ろに下がり警戒の構えをとる。ボドラスの呼吸が変わる。構えは同じ、だがその顔つきは生き物を甚振り、奪うことを楽しむものではすでになく、敬意を、称賛を込めて仕留める狩人の目であった。
静かに一つの金属片が飛ぶ。ゆっくりとナルの方向へと飛んでいく。それがその金属片の運命であるかのように、揺れることはなく真っ直ぐに。ナルはその金属片を見てその棍を下ろした。
「何よ、これ。拍子抜けだわ全く。こっちの番よボドラス」
ナルが走り出す――だがその瞬間は訪れない。足を踏みしめるどころか足を上げることすら出来ない。踏ん張っていたはずの左足は少しずつその金属片の方向に滑っていた。惹き付けられるような重力が金属片へと働いてるかのようなそんな体の動きであった。
「何なのッ?これは、動かない。いや引っ張られている、その弾丸にッ!」
ボドラスはナルが慌てる姿を見てまたあのニタニタとした奇妙な顔を見せる。
「女ァ、俺の弾に込める魔力は全て同じ量だ。それ以上は弾が耐えきれねぇからな。一定だ、全て同じだ。分かるか?速く撃とうするとな、速さが魔力を食っちまうって事だ。分かるか?」
ニタニタとゆっくりと状況説明をするボドラスは子供に教えるかのように何度も確認を取り現在動けないでいるナルに対して話しかける。
「俺の弾は無壊。周囲のものを巻き込み、空気中の魔力にも干渉されない。俺が止めるまでそのまま回転し続け巻き込み続ける。お前の
「うっさいわね筋肉達磨ッ!集中してんだよ、その気持ち悪い顔すぐにでも歪ませてやるわ」
ナルは既に服の端が届きそうな程に引っ張られていた。氷を生成し、回り続ける金属片に当て続ける。だがそれは緩衝材の役割を果たすことなく砕け散り空中に飛んでいく。
服を巻き込み、体がガクンと横に曲がる。ナルは自身の足元を氷で固定し耐え続けるが弾が腹の横を抉りとった時激痛に叫んだ。
ボドラスの顔が更に喜びに満ちる。
「もっとその苦悶の顔を見せろ、死ぬ前のその!最っ高に――」
「溜まった……」
ボドラスの喜びの叫びはナルの、小さなつぶやきによってかき消された。
「なんて言った、女ァ」
「せっかくだからあんたみたいにご高説垂れるとするわ。――私が何をしていたか――」
痛みによる声が漏れつつもニヤリと笑いかけるナルにボドラスは一瞬、一瞬だが恐怖を覚えた。例外がここにいるという恐怖が彼をうっすらと撫でた。
「あんたの無壊、狭い範囲しか覆えないでしょ?弾丸もそうだけどあんたの体の局所的にしか発動してないのよ。遠距離で戦ってるってのとその凍傷、それで何となくわかったわ」
「だ、だとしてお前に何が出来る?そのまま巻き込まれていくのを待つだけのお前にィ?」
焦りで少し言葉が濁る。そんなボドラスを見てナルはフッと小馬鹿にしたように笑い、顎で上をむくように指示をした。
「私が無意味に氷で防御してるだけだと思ってたの?」
ボドラスが上を向いた時、多数の氷柱がボドラスを捉えていた。足元は既に凍りついていて動けず氷柱は広範囲を覆っている。
「これを解除するかそのまま串刺しになるのかちょっとだけ待ってやるわ」
「女ァァァ!!殺しテやル!」
腕を前方に大きく掴みかかろうとするが届かない。絶望を浮かべその場でじたばたとする他無かった。
「私も好きなのよ。人の苦しむ顔見るの」
氷柱は次々と落下し、太い叫び声と共に氷の砕ける大きな音がした。
***
後ろの建物が音を立てて崩れ、目の前の男が血を吹き出して倒れた時、アカリは身動きが取れなかった。目の前にした命の奪い合いは如何に今まで温室の中で水をかけられ肥料を与えられていたかを痛感させられるものだった。ナルと戦った大男はナルの生成した氷柱によって貫かれた。白く曇って見えなかったがアカリはナルの勝利を確信していた。
何故か爆発が起こった。砂塵が煙の中から飛び出した。
何故かアカリはその爆発に不安を覚えた。確信が審議に変わりぐるぐると頭の中で回り続ける。
砂塵の中から人影がアカリの方へ向かってくる。答え合わせをするかのようにその人影を凝視する。
「次はお前だァ小僧…お前はどう殺されるのが好きだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます