氷点下の先手
――人ってのは案外簡単に死んでしまうのだとあの時、耳に響くクラクションと踏みしめて痺れそうな右足の感覚とともに痛感した。
人間ってのはやっぱり愚かで、あんだけ死に対して過敏になっても結局は自死を選ぶ。そんなやつの中には恐怖心なんてもんは薄れていたと思っていた――
民家の壁にもたれ掛かるようにして二人は加速した鼓動を落ち着ける。
「はぁ、予想以上に早いわね。…ボドラス、無壊のボドラス。久々に厄介なやつきたわ」
「…あいつの炎はなんなんですか?ナルさ…片岡さんも使ってたみたいですけど」
「ナルでいいよ。さっきも言ったけどあれは魔法だよ。みたいなものでもなく正真正銘の」
暫くアカリはぼーっとした後視線をしきりに動かしていた。
「あぁ、魔法ですか…そっか魔法かぁ」
「驚かないのかい?だいたいの人はこれで驚くと思うんだけどなぁ」
「なんかどっと疲れが来ててそれどころじゃ」
実際、魔法とやらを使い襲われかけ、魔法とやらで守られた身のこの極限状態では「あれが魔法だったよ」と言われても「でしょうね」としか言葉が無いのである。タイミングが悪い、タイミングが…。
「…まぁいいや。今は対策を練らないと、いい?アカリくん。今はとにかく見つからず逃げる事!時間あったら魔法でもなんでも教えられたんだけど、生憎…だからさ。ね?」
静かに頷くアカリは既に呼吸は整っていた。
「魔法は僕でも…扱えるんですか?」
「魔法は意志があればね。これをしたいっての…が…」
ぽかんと口を開き目を固定するナルの先には平穏な村には似つかわしくない刃渡り40cmはあるであろう刀、斧、短剣を持つ男たちの姿があった。男たちはアカリ達には気づいておらず話をしながら横切っていく。
「しっかしボドラスも人遣いが荒いってもんじゃないよな。まあ俺ら盗賊家業としてもこのカモ村は生命線だからな。嗅ぎ回ってるクソ鼠をぶっ殺さないとってのは分かるんだがなぁ」
「でもいいのか?一応あいつ勇者パーティだろ?勇者が男は放任ってのはまじの噂か」
ガハハと大きな笑い声が響く。
「まじな話、この気色わりい村は死守せにゃいけない。殺された瞬間そいつに対する興味を無くす奴らなんてどこ探してもいねぇ。それに男は勇者が殺したから警備もザル。そのおかげでこうやって堂々と盗みができる訳だからな」
それもそうだと同意の声が次々に上がる。
その喧騒はナルを少しずつ苛立たせ、口調を尖らせた。
「そういう事か…盲点だった、クソ。門番すら粛清対象、だからのうのうと村を盗賊が歩けるのか」
するとナルはきょろきょろと当たりを見渡す。
「アカリくん、その辺に桶とかないかな?水入れられればなんでもいいんだけど」
アカリも探しに立ち上がる。少しして、アカリがひとつの少し濁ったガラス瓶を持ってきた。
「悪くないね。これをこうしてっと。そーっと持って…狙いを。いい?アカリくん、魔法ってのは道具だ。あくまで道具としての使い方を覚えるんだよ。これが今のところの私からのアドバイス」
そう言うとナルはガラス瓶を逆手で持ち大きく振りかぶって投げた。そーいと間の抜けた声とともにガラス瓶は山なりに孤を描き盗賊の集団へと落ちていく。
「制圧したら私のとこ来てね。ちょっと行ってくるからさ」
ガラス瓶が一人の盗賊の側頭部に命中し割れた瞬間、ナルは袖口から勢いよく飛び出した二本の棒を掴み繋ぎ合わせ一直線に走り出した。割れた瓶は水とともに飛び散り盗賊たちに触れた瞬間勢いよく凍りつく。高く飛び上がり、瓶が直撃した盗賊の頭にその鉄棍を叩きこむ。情けない悲鳴が上がり、周りの盗賊たちは円状にナルを取り囲んだ。
「誰だお前は」「女が何しに来た」と口々に怒鳴り散らかす。ナルはそんな盗賊たちには興味がないかのように鉄の棍を回しながら何かを呟き始めた。
「
徐々にナルの周りの空気が白く冷たくなり、鉄棍が凍り氷が形成される。上部は刃渡りの大きな刃物のように、下部は槍のように鋭くとがっていた。背後から斬りかかる盗賊を容赦なく刺し氷を切り離し前方の二人に向かい切り下ろした。氷の切り離された鉄棍で左右にいる盗賊たちの手を強打し回転をつけた蹴りをぶつける。いつの間にか足元には男たちが倒れこんでいた。
白い息と立ち上る熱気の中でナルはそれがまるでいつもの癖であるかのように堂々と目の前を見据えた。
「あれ?もう溶けちゃってたか。ごめんねー、したっぱ倒しちゃって」
そこには先ほど氷によって固められていたはずの盗賊が立っていた。目の前の現状に少しイラついているようだった。
「群れてるような軟弱者は知らねえな。....だがお前とそこの小僧は始末する、命令だからだ」
突如盗賊の男が赤色に染まる。両手が発火し無数の火の玉が鳴るに襲い掛かった。
ナルは鉄棍を前方で回転させ、その火球を水蒸気とともに消し去っていった。ナル淡々とした単純作業を強いられてる青年のようにけだるそうに歩みを進める。男はナルが近づく度に冷や汗が頬を伝う。一筋、二筋と増えていき遂には――そのすべてが凍りついた――
「あの目は…俺へ向けられたものではないんだな。…ボドラスか」
「そうだね…どこにいる?」
足を固定されたまま動けなくなった男は笑みを浮かべ口を開くが、背後から聞こえる重い足音に目を見開きガタガタと震え始めた。地面を震わす、重い、重い足音。
「奴だ、ボドラス....だめだ。死にたくない、だめだ。な、なぁあんた助けちゃく…」
男の顔の右側がいつの間にかどこかに吹っ飛んでいた。その直後、ナルの視界が赤く染まると同時、後ろから建物が崩れ去る轟音が耳に入り込む。
「オぉ!!当たったァ....悲鳴を上げなかったのは減点だが、いいぃ死にっぷりだァ。盗賊のクズにしてはだがな」
その男は岩といっても差し支えないような大きな男であった。その巨腕のせいなのか袖がない革の衣類を身に着けていた。腰にはきらきらと銀色に光るものがちらつき歩くたびに揺れ動く。暗い茶色の髪にニタニタと死人を眺める顔は不気味さを際立てた。
「女…やるなぁお前、今なら伴侶として…側室として迎えてやる」
「…私ごっつい男はあんまりタイプじゃないのよ。時代は細マッチョよ筋肉達磨」
ボドラスはその言葉が煽りとして機能していることは察していたが不思議そうな顔をしている。
「あと言っとくけど....本妻でもお断りよ。無壊のボドラスさん?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます