シヌ者シンダ者
「うん、ここだ。報告のあった通り。こんなに荒れてるとは思ってなかったけどさ」
そこは石作りの噴水広場だった。広場と言っても大きなものではなく、村のちょっとした憩いの場なのだろう、少しこじんまりとしている。
「確かに荒れてますね…。何かあったんですか?」
石畳の表面は傷だらけで中には欠けているものもあった。噴水前の一部分には赤と黒の混ざったような不気味な色をしたものがこびりついていた。
「それを探すんだよ。なにかが起きて″人が消えた″。それに勇者達が関わっているのはわかっているんだ」
「人が消えた…?どういうことです?確かに村人はいたじゃないですか?」
「うん、人はいるよ。君も感じているはずだよ?」
「そう言われましても…」
アカリは鼻筋に手を当て唸りながら悩んでる様子を見せた。それを見たナルはある建物を指さして言う。
「あの家さァ…誰が作ってるか聞いてみてよ。その辺にいる人にさ」
ナルが指さした民家は建設途中なのか一部の壁や屋根が抜けていた。アカリは指示通りに民家に赴き近くにいた少女を連れた老婆に話しかけた。
「あの…つかぬ事をお聞きしますが」
「ああ…なんだい、えらく珍しい。もしや勇者様が帰って来てくれたのかい?」
「…いえ、そういうんじゃないんですが。この家は建設途中みたいですが誰が作ってるんです…?」
我ながらほんとよく分からない質問である。そんなの決まっているじゃないか。
「家…ああ、そんなものいないねぇ」
「え?いやでも…」
「常識的に考えてみぃ?仕事をするやつが全員死んだら家なんて建たんだろう?」
こちら側がおかしいのだと、そう錯覚するほどに老婆はそれを自然な事かのように話すのだ。その不気味さに一瞬気圧されそうになるアカリだが、すぐに自然な表情を取り繕う。
「…なんでその人たちは亡くなったんですか?」
言いかけて何かが引っかかっているアカリは今までの事をもう一度振り返る。
(…村に入って、食堂行ってナルさんと歩いた。おかしなところは何も…いや)
(あれ…男の人っていたっけ?)
「ゆうしゃさまがね、やっつけてくれたんだよ!」
突如下から可愛らしい声がする。老婆の連れていた少女だ。老婆は少女の頭を撫でながらにこやかに続ける。
「そうだねぇ、勇者様が粛清なさったんだ。みんな悪者だったとよ」
粛清…殺されたってことだ。勇者にこの村の男が全て。こんなにもありえないことが起こっているのに目の前の二人は平然と受け入れているのがさらに奇妙なのだ。
「…って、と言ったって身近な人が死んだってのは相当なことでしょう?なんでそんなに…」
「いいかいお若いの。死ぬってのはみんな怖いよ、そりゃ命が無くなるってんだからさ。でも死ぬのと死んだってのは違うんだ。それが悪人ときたら尚更よ」
そういうと二人はゆったりとその場を後にした。
呆然としたアカリの後ろにはいつの間にかナルの姿があった。
「分かった?アカリくん」
「いいえ、さっぱり。哲学者の村ですか?ミレトス?」
「あれがこの村に起きている異常、私たちは″勇者の恩恵″って呼んでる。本来そんな信仰、この村では行われていなかったらしい」
一瞬首をかしげるアカリ。
「恩恵ですか…もしかしなくても皮肉ですね」
「まぁ…私ら以外には恩恵だからなぁ」
「どうゆうことです?」
「今度話すよ」
冗談交じりの話ができて二人の口角は少し上がった。少しだけの憩いの時間であった。
「さてと、私の推測だとね。これは集団催眠だと思うんだ。村人全員の死生観まで変えてしまう催眠、まぁ勇者くらいにしか使えないわな」
この時までアカリは少し鷹を括っていた。脅威とはいえ一人の人間、出来ることには限りがあるものなのだと。だがそれは大きな間違いであることを思い知った。不気味で強大な力を感じただその力の結果のみを押し付けられるのみであった。そんな考えを巡らせている時、ナルはすでに広場の端のほうで腰を曲げながら探し物を見つけるようにあたりをうろついていた。
「なにか手がかりがあったら教えてね。ここ、さっき言ってた粛清があった広場だからさー!」
こういうことをサラッと言ってくるのがこの人なのだと一日で察してしまうアカリであったが、体は自然と手がかりを探す体制になっていた。手がかりといってもボロボロの石畳がそこら中にあるだけである。だがよく見ると確かにその痕跡はしっかりと残っていた。
「人のってあんま触りたくないよなあ、どうしよこれ」
それは乾いた血の跡のある印象的な形の金属片だった。アカリはそれをつまむように拾い上げ、ナルに見せようと独り言とともに小走りした。
「勇者ってなんなんだよ、”理解できねぇ”」
それは単純でとるに足らない愚痴を内包した独り言であった。だが金属片に付着した血液が共鳴するかのように共感するかのように何かをアカリの体内に送り込んだ。
(…て。待っ れよ。 も えも....なんで。どうしてそんな顔ができるんだ....)
突如として入ってきたその声は悲しく絶望の色をした男の声だった。誰かに懇願するような、訴えかけるような必死の叫びとかなどではなく、淡々と置かれている状況を理解し諦めているような声だった。
(なんだ…これ?幻聴?そのわりには何か見えたような…。ナルさんに報告しないと)
今見えた幻覚か幻聴はこの世界によるものだとアカリは踏んでいた。勇者の恩恵とかいう異常現象もそうだが元いた世界とは根本的に何かが違うのだと。
その報告と疑問をぶつけるべくナルの元に向かうがそれは野太く野性味のある声に阻まれる。
「おい、あんたか?この辺嗅ぎ回ってるってやつってのは。ボドラスさんからの命令でな、悪いが嗅覚無くなるまで叩きのめすことにするぜ」
そう言うと男は掌に親指を擦り付けブツブツと何かを呟くと親指から発火し他、炎が腕に巻き付くように回転し始めた。男の目線はアカリ一点に注がれており、殺意をも含んでいるように見えた。
「は?火ィ?!なんだよ。まじでどうゆうこった」
想像していたことが遥かに容易に自分の前に現れる現象に辛うじて声を発せている状態であった。
「どうした、何をそんなに驚いている。そんな珍しいものか?これ」片腕に炎が巻きついた男も少し驚いていた。アカリは後ろを向くがそこにはナルの姿はなく、寂しい空気の広場が佇む。
アカリは目で男を捕らえたまま後退りしていく。魔法とでも言うような力を使う男の迫力に気圧され、それと同時に逃げる体制を整えているかのように。
アカリが足を切り返し逃げようとした時、肌が焼けるほどの熱さを感じ、足元の石畳が溶解した。
「…逃げんのか?ああァ?潔く溶かされろよ。なァ!!」
振り上げた腕の回転する炎は指先から球体を形成し始めた。熱気によって炎の周りはうねり、白く曇らせる。今にもその火球が自分の身を焦がす恐怖がアカリには銅線を経由したが如く
「痛みなく一瞬でってのは俺にはできないからな。全部焼き切ってやる」男は振り上げた腕を下ろそうとした時にはアカリは目を瞑り、顔を逸らした。死が、殺される側の待つ感覚が体感時間を遅らせたような気もした。
だがそれはアカリに当たることはなかった。
目を開けるとそこには振り上げた腕を透明な氷が固めていた。関節を固め、腕を動かすことのできない男は完成半ばの声をあげていた。
男の肩部分には何やら鉄の棒のようなものが触れておりその所持者は安堵から出るため息をつきアカリに話しかけた。
「ほんっとごめん。魔法のこと言うの忘れてた」
そう言いながら男を蹴り上げアカリの手を取り走るナルは豪雪のように静かな暴力性を纏っていた。
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