雲は甘雨となりて

「それが君のエゴか?趣味が悪いな。…その顔が嫌だったんだ。憐れみと同情。二日酔いよりくそったれな他人からの承認だろ?…どうせならこの後の事でも話すかい?」


棒立ちになるアランの手にはすでにナイフは無かった。


「あれから必死こいて調査をしたよ。手がかりなんてひとつたりとも出てこない。ただ、ヤクの作り方と身の振り方を覚えるだけだった」


作った笑顔の中には無力感が見え隠れしていた。

「ディザルトに拾われたのは幸運だった。みんな何かしらを勇者に奪われたやつらだったからか妙に居心地がよかったんだよ。まあ、手がかりはなんもなかったけど」

アランは脱力し、肩をすくめる。


「……君を利用しようとしたのが間違いだった。やっぱり一人でやることにするよ」


踵を返し立ち去ろうとしたアランに転がっていた木片を投げつける。アランは振り向かず、水の輪を作り木片を捉え落とした。


「……何?」

「そりゃねぇよ。アランさん、こんだけめちゃくちゃされといてあとは一人で頑張ってねって言えると思うかよ?」


「君を巻き込みたくなくなった…それだけだよ。今まで通り一人でやる。僕の過去を覗き見した君なら分かるでしょ?」


沈黙が流れ、それを捕まえるかの様に腕を大きく振り、起き上がる。アカリは木屑を手で払い、崩れた服を整えた。


「…俺も行く。一人ではやらせない」

「話聞いてた?君みたいな世間知らずにもう用はないんだ」


そう強がるアランの右手は震え、顔はひきつっていた。アランの耳がぴくりと動き、目線は扉に注がれた。木製のなんとも簡素な作りの扉だった。


「妹さん…いるんでしょ?そこに。さっきから聞こえてる」

扉はガリガリと音を立てて、ゆっくりと開いた。枠は歪み、床の弧を描いた傷の上を擦れながら淡い青色の髪が覗き込んだ。アランは駆け寄り髪を整えながら言った。


「ルーシー…ごめんね、騒がしくしちゃったよね。よーし、いい子だ。もう少し、待っててくれよ」


「ア、アあ…いぁ」


ルーシーは唸り声を上げながら床を掻きむしっていた。服は皺があったが綺麗な白を保っていた。


「よーし、いい子だから落ち着いて。お兄ちゃんがすぐに…治、すからっ」


背中に手をやりあやす様に頭を摩った。目からは少し涙が零れる。それは徐々に大きくなり嗚咽が混じり始めた。


「あれ…、おかしいな。なんでだろ?ルーシー、心配しないで…。こんなのなんでもないのに…」


部屋中に響き渡る叫び声、涙は大粒に変わりルーシーを包む腕は力が入っていた。アカリはそれをただ眺めているだけであった。



「落ち着いた?アランさん。やっぱ俺も行くよ 」


アランは振り返り目を赤くしたまま言う。


「無駄だよ、見つからないものを探すんだよ? 」

「できますよ」


アカリはそう言い切り、アランに手を伸ばす。


「少なくとも一人よかマシでしょ?」

アカリは笑顔を見せ、伸ばした手をさらに奥に伸ばした。

アランは差し出された手を見て呆然とし乾涸ひからびた川にもう一度水が通るように涙を流した。


「違う、泣いてない…僕はこんなに脆くない。弱さを見せるような軟弱なやつじゃないっ…。なのになんで」


ルーシーを左に寄せながら右手で乱雑に涙を拭う。親指の付け根、手の甲…右手全てで涙を拭き取るが濡れるだけで一向に止まらない。ぐしゃぐしゃになった顔を見せまいと前傾を強めた。


そんなアランにつかつかと歩み寄る。まるで誰かにしてあげられなかった後悔から来るような、悲しい静かな足取りは先程までの戦闘の激しさを水に流すような優しさが宿っていた。


影が被さり、アランとルーシーの二人を暗く色付ける。ルーシーは相も変わらず床にカリカリと爪を立て遠くの方をぼおっと見つめていた。アランはゆっくりと見上げるように振り返った。その顔は少し腫れ上がり色白の肌は一層赤みを強調した。


「アランさん、あんたのは?」

そう問いかけるアカリは既に受容するだけの者を超えていた。本当の意味での復讐の当事者に足を突っ込み始めていたのだ。


アランは決意を固めた目をし、零れそうな最後の涙を親指で拭き取った。


「僕は....あのクソッタレ勇者のエリクサーを破壊して、ルーシーを助けるッ!  」


感情の変化は魔法にも影響する。感情のままに出現した水滴は震え、集まり水面となった。それはまるで一枚の写真のようにアランの決意の表情とアカリの微笑みを捉えていた。


「こほん……特別に、ほんとうにとくべつに!僕に協力するのを許してあげるよ。DOPEだねアカリィ」

赤く腫れる、乾きかけのその顔はいつものアランとの落差を大きく見せてしまっていた。


「いつもの調子に戻るのが早いっすねアランさん」

「そういう君こそ何かあるんだろうね、最っ高にトぶ案が」

「…………」


「……考えよっか二人で」

「いや、…ですかね」


アカリはちらりとルーシーに目配せする。


「三人寄れば文殊の知恵って言いますし」

「モンジュ?誰だいそれは」

アランは知らない人名に首をかしげ窓の外の上りきった太陽を見て目を細める。


「馬鹿っぽい響きだなそれ、人であってる?」





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