第5話 講師になってください。
「修先輩。お願いがあります」
「なんだ?」
いつもと違い、少しだけ騒がしい図書室。まぁ時期が時期だ。致し方ない。
もうすぐ前期の期末試験だ。普段来ない奴らも自主勉強のためにやってくる。少し騒がしい。
その中でもいつも通り、俺の平穏をぶち壊しに来た後輩は、いつも通りに原稿用紙を押し付けてくるのかと思ったが。
「……なんだこれ?」
「見ての通り、私の中間試験の答案と、最近やった小テストです。それと私が買った参考書です。親に強請りました」
中身を検分。何と言うか……。
「……美鳥も酷かったが、お前もか」
ネタにもできない恥ずかしさという奴が湧きそうな点数だ。もっと低ければ笑い話にできそうなのにそういうわけでもなく。ただ低いという点数だ。中間試験も赤点寸前を低空飛行しているという感じ。ネタにできない。
「あぁ、やっぱり姉さん、先輩に教えを請うていたのですね」
「まさか、君も」
「先輩、どうかこの若輩者に施しを。成績、良いんですよね?」
ニマーっと笑う渚の顔は、何と言うか、悪戯に成功した子どものようだった。
「はぁ」
この姉妹は……。
思い出すのは一年のそろそろ夏になる頃だ。
「わーあかーい真っ赤っかー」
「何を言っているんだ。君は」
美鳥が図書室を訪れるのに慣れてきて、急に変なことを言い出すことにも慣れて来ていた。が、今日はどこか悲痛な雰囲気すら感じた。
「えっとねー。この前中間テストしたじゃん?」
「あぁ」
「修君凄いよねぇ、学年一位でしょ」
「ちゃんと勉強しているだけだ」
「それだけで点数取れるなら、誰も苦労しないよ。みんな学年一位だ。ちゃんとの中身が重要なんだよ。どういう風に勉強してるの?」
なんでこう、美鳥はいつも、本質っぽい何かを、的確に突いてくるのだろう。それも、当たり前過ぎて逆に見えていないようなものを。
「授業を聞く」
「あっ、寝ちゃうんだよねぇ」
「そこを改めろ」
「善処します」
なんて拝みながら言って来るが、難しそうだな。
「家に帰ったら復習。一時間くらいで良い」
「どんな?」
「その日の授業で書いたノートを清書する」
「意味ある?」
「自分にとってわかりやすくまとめることに意味がある。理解していること、していないことがはっきりするからな」
「なるほどぉ」
それとまぁ、机に向かって勉強をすると言う習慣を付ける意味でも大きい。テスト期間だからといきなりできるものでもない。机に座ってもどう勉強したら良いかわからないなんて人もいるだろうし。
「それだけだ」
「それだけ?」
「むしろそれが基礎だ。それをちゃんとやっていれば、テスト準備期間に慌てふためくことは無い。テスト一週間前に慌てる時点でそいつらは負けているんだよ。後はその範囲を参考書とかでやっておけばいい」
「と、姉は修先輩が言っていたと」
我ながら、なかなか痛々しい台詞だが、的を射ていると思っている。戦とか準備が九割だ。残りの一割で九割をひっくり返されて堪るか。
「だから参考書か」
美鳥は国語と社会科系科目だけは高得点。それ以外は悲惨だった。俺が言ったことを本当に実践したみ
たいで、それ以降は順調に点数を伸ばしていた。そうなると……。
「先輩、その手は?」
「授業ノート」
「へ?」
「美鳥から俺の勉強のやり方を聞いているのなら、当然あるのだろ、ノート」
「あー……えっと。見ます?」
「見せろと言っている」
いつの間にか渚の勉強を見ることになっているようだが、まぁ良い。今回のテストも問題無い筈だ。後輩一人に教えるくらいの余裕はある。
「じょ、条件があります」
「提示できる立場とでも?」
「こ、今週末、というか明日ですね。勉強会しましょう。二人で」
「家庭教師になってくださいの間違いでは?」
「えっ、家まで来てくれるのですか?」
「えっ?」
「えっ?」
一瞬流れる沈黙。仕方ないだろ、渚が何を言っているのかわからないのだから。
俺が? 渚の家で? それはつまり、美鳥の家でもある。美鳥と休日に会ったこともあったが、お互い家まで行ったことなんて無いのだから。
「いや、やるなら普通にファミレスとか図書館で良いんだが」
「そ、そーですよね。あはは。せんぱーい、急に何を言い出すんですか。本当」
「言い出したのは君だ」
「そうでした? まぁ良いです。では明日午前十時、駅前で。あは、楽しみですねぇ」
「……勉強だからな」
「わかってますよ。それでは!」
はぁ。どうしてこうなった。
「あっ、ちょっと待て」
「はい?」
「その血みどろの結果の紙束」
「はい」
「明日まで貸せ」
「は、はい」
教えるなら徹底的に、だ。
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