第21話 始まり。
「ねぇ、おにぃ」
「ん?」
その日も茉子が作ってくれた夕食を食べていた。今日はとんかつ定食だ。中までしっかりと火が通っていて、しかしながら焦げていない、サクサクの衣の食感がとても楽しい。
「美味いな」
「ありがとう。ポイントは二度揚げだよ。大事な工程だよ、面倒だけど」
「なるほどなぁ」
二度揚げか、名前だけは聞いたことがあるが、そうか、うちの妹はできるのか、凄いな俺の妹。今度教えてもらおうかな。料理。
「んで、おにぃ」
箸を置いて茉子は真剣な面持ちでこちらを見てくるので、俺も思わず食事の手を止めた。
「美鳥さんって人、退院したんだよね」
「あぁ、今度会ってみるか? 美鳥も会いたがっていた」
「うん。会ってみたい。だって、おにぃがよく会ってた人、だよね」
「うん」
茉子に詳しく話したことは無かったが、渚と連絡先を交換して、度々話していたらしい。その時何か聞いたのだろう。
「それで、それがどうしたんだ?」
「好きなの?」
「好きって?」
「付き合いたいとか手を繋ぎたいとかキスしたいとかヤりたいとかそういう話だよ」
息継ぎを一切せずに勢いよく言いきり、キッとにらむような視線を飛ばしてくる。
「なぁ、一応女の子だぞ、お前。結構器量よしな。ヤりたいとかそういうことあまり……」
「器量よしとか嬉しいこと言ってくれるけど今はあたしの質問に答えて。おにぃ」
「お、おう」
しかしながら急にどうしたんだ、茉子は。まぁ、結構心配かけていたみたいだし、そうなるのも無理は無いか。
どう答えたものか。悩むな。
下手な誤魔化しは通用しなさそうだし、ここは納得しそうな答えの中で、俺の腑に落ちるものを選ぶしかないよなぁ。
「渚さんとどっちが好きなの?」
「比べるものでも無いだろ」
「比べることになるかもしれないよ」
「どういう状況だよ」
渚と美鳥だぞ。男なんて選り取り見取りだ。俺みたいなめんどくさい男を選ぶだろうか。良い友達でいられたらとは思う。
変な話だ。人との関係を、繋がりを、信じないと散々言っておいて。
「……あれだけ頑張っておいて、未だにそんなこと思うの? まぁ、おにぃにしてみれば成長かな。あたしが安心できる日はまだまだ遠そうだねぇ」
なんて言って茉子は食事を再開する。
「傍にいろ、とか言ったらしいじゃん」
「なっ……」
「あと、なんだっけ? 逃げる渚先輩を全力ダッシュで追いかけて、責任取れ、だっけ。おにぃもやるじゃん。最高だよ。もしかして渚さんのことが好きなの? あ、でも、美鳥さんに。『お前と過ごした時間は楽しかった。心が満たされていた』とか言ってたとか何とか。結局どっちが好きなのさ、おにぃは」
「……茉子」
頭を抑えながらも、俺は絞り出すように、大切な妹の名前を丁寧に、それはもう丁寧に呼ぶ。
「な、なに?」
その言葉にはすぐに答えず。トンカツの最後の一切れをしっかりと味わい、それから硬めに炊かれた米をその食感から甘味までしっかりと飲み込んで、俺の好物であるジャガイモ入りの味噌汁を味わいながら飲み干し。付け合わせのキャベツもソースと絡めて食べ終わり。
「お前は渚から他に何を聞いたんだ?」
と、万全の準備を整えて聞いた。
「えっ? おにぃ?」
「なぁ、茉子。お前は俺の後輩から、何を聞いたんだ?」
「おにぃ? おにいちゃん? あ、兄の恋路を把握するのは妹の務めであり」
「もう良いよ。スマホ見るわ」
「ぎゃあぁあああああ!」
その日の夜、三人のチャットグループにて。
『妹に余計なこと吹き込むな』
『すいません』
『あははー、ダメだよ、渚』
『美鳥、お前もだ』
『ごめんねー』
「……お前ら、近くないか?」
「そうですかね? どう思う? 姉さん」
「普通だと思う」
「そ、そうか」
放課後の図書室。キーボードを叩く音が微かに響いている。そう、カウンターでいつ振りかにノートパソコンを開いた。クリック音と共にその画面には、投稿準備を完了し、投稿ボタンが押されるのを今か今かと待ち受ける画面が表示される。
とりあえず十万字分用意した小説。これを切り崩しながら続きを用意するというのが、一番良いスタイルらしい。
というのは置いておいて。もはや頬と頬がくっつきそうな距離で二人は画面を覗き込んでいた。同じシャンプー使っているんだな、とか考えてしまう。
「暑苦しいのだが」
「そう?」
「もう秋ですよ。涼しいですよね」
「あと、なんか圧を感じる」
なんか美鳥と渚がちょくちょく視線を交わす度、なんか火花が散っているように見える。
「美少女二人にサンドイッチなんて、幸せ者ですね、先輩」
「そうだねぇ、修君。役得だよ」
この姉妹、揃うとやはり厄介さが増すな。
「……渚、本当にもう、書くつもりないのか?」
「まぁ、そうですね。もう、熱意が無いんですよね。先輩ほどの」
「そうか……」
正直残念だ、渚なら、きっと面白い小説をいつか書き上げてくれる。そんな予感があったんだ。
「ちょっと残念かな。私は、渚、多分、良い物書けるよ」
美鳥も同じことを思っていたようで、そう言うが、渚は苦笑いで答える。
「もう書けませんよ。でもまぁ、挑戦くらいは、してみたいと思います。挑戦心は負けませんから、先輩には」
「ふっ、言ってろ。言っておくが忘れてないぞ、渚が書いた小説を読ませてもらうって約束」
「うぇ」
「約束は、守ってもらいたいな」
「むぅ、わかりましたよ。やれるだけやってみますよ、もぅ」
「それで良い……って、美鳥、やっぱり近いだろ」
「えー」
頬とかくっつきそうだぞ。……まぁ良い。とりあえず。
「はあ」
「緊張しているんですか?」
「そりゃあな」
WEB用に体裁を整え直した小説。縦スクロールで読みやすいようにしてある。その一話目、何回読み直しても直し足りない気がするのは気のせいである場合が多いとは言うが。
前は上手くいったけど俺がもたなかったパターンだ。今日まで色々調べたが、一作目が伸びても二作目も伸びるとは限らないらしい。まして、前作を投稿してから半年ほど期間をあけてしまっている。俺のことを覚えている人なんて殆どいないだろう。作家よりも作品を追いかけている人の方が多い世界だ。作者の名前なんて余程見られない限り覚えられない。
「ふふっ、帰ったら読むね。楽しみ」
「感想はすぐに送りますから。気張ってくださいよ、先輩」
「お前ら、応援したいのかプレッシャーかけたいのかどっちにかにしろ」
「大丈夫、きっと面白いから」
「完全に先輩が一から書いたもの。久しぶりで楽しみですね」
「ったく」
はぁ。いい加減腹を括ろう。いつまでも投稿確認画面でグダグダしていられない。
「えいや!」
気合い一閃。クリックボタンを押した。一瞬のロード。投稿が完了しましたとシステムメッセージ。
「おぉ、本当に投稿した」
「本当にしましたね」
あと十分もすればサイトの方にも反映されて、あとほ見てもらえることを祈りながら、広める努力をするだけだ。
「どうなることやら」
「怖い反応するなよ。ったく……よし、時間だな。行くぞ美鳥」
「うん。それじゃ、また後でね、渚」
「えっ、どこに行くのですか?」
「美鳥が本屋に付き合ってとか言うからさ。行って来る」
荷物をまとめて立ち上がると、渚が口をパクパクさせて美鳥を見ていた。昔ホームセンターで見た餌を食べる金魚を思い出した。
「ねーえーさーんー」
「んー?」
振り返ると渚が咎めるような声を上げながら美鳥をなんかポカポカ叩き始めてる。微笑ましい光景って奴だな。
「ったく、ほら、さっさと行くぞ。渚も来たいなら来い」
「わーい。先輩大好きー」
「あっ、なぎさ―!」
今度は美鳥が渚をポカポカと叩き始める。本当に仲良いな、この姉妹。
中身も有益さも無いやり取りが昇降口まで続いて。そして。
「っ、くくっ。ははっ」
なんて、変な声が出てしまうのも仕方の無いことだろう。
お腹の底から湧き上がってくるこれを堪えることなんて、できるわけが無かった。
「あっ」
「おっ」
どうしてかこの姉妹は嬉しそうに顔を見合わせた。
「なんだよ?」
「修君が笑った。思い切り」
「修先輩、思いっきり笑いましたね」
「それがなんだよ」
渚はそっと微笑んで、そして。
「楽しいですか? 人と関わるの」
なんて、わかり切ったことを聞いてくるんだ。
「楽しいよ。君たちと関わるの」
本当に、考えるまでもない。わかりきったことだ。
「傍にいてくれて、嬉しいよ」
好きとかそういうのは知らないけど、それでも。これだけは信じられる本当だから。
「えへへ」
蕾が綻ぶように、美鳥はふわりと笑った。
小説を見せに来る後輩女子は今日も元気です。 神無桂花 @kanna1017
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