第17話 夢の果て。

 「これが先輩の答えですか?」

「うん」


 八月になった。俺は再びくそ暑い外をどうにか徒歩で突破して、渚の家を訪れた。

 あれから毎日続きを考え書く日々。物語にちゃんと潜れているかわからないが、それでも筆は進んでいた。結末も見えてきた。


「なぁ、渚」

「なんですか?」

「書いてて思ったんだが、お前、ちゃんと書くと、なんか俺の文章に似てるな。言葉のチョイスとか、文章のテンポとか」

「そりゃそうですよ。多分、人生で一番読んだ小説、先輩の小説ですし」

「あぁ」


 一番読んだ作家に影響を受けるのは俺も覚えがある。


「まぁ、それは良いんだ。あとは結末だ」

「結末」

「この女の子をどうするか」

「どうするか……」

「あぁ」


 結局のところこの物語の問題点は現状一人で完結しているんだ。少女の夢の中の物語、いわば、一人の女の子の思考を追っているだけなんだ。


「どうするかと言いますと?」

「まず間違いなく、これは現実に回帰しなければならない。バッドエンドにしたくないからな。そうなると現実で変化を生まなければならない。元の日常に戻りましたでは駄目だ。変化は必要だ」

「なるほど」

「どういう変化が必要だ?」

「……うーん。わからないですね」

「そのためには、この思いを寄せているという男に対する感情を途中で明確化しなければならない」

「明確化」

「あぁ、俺は美鳥のことを、あるいは美鳥は俺のことを、どう思っていた?」

「それ、先輩しか知らないですよ。姉さんに対しての気持ちとか」

「うん。それを今、悩んでいる」

「はぁ」


 俺は、美鳥を。美鳥を。


「うーん。そういえば一つ気になったんだが、この部分」

「これですか?」

「これ、美鳥の体験したことなのか?」

「……そうですね。姉さんが人間関係に対して乾いた思想を持つようになったきっかけですね」




 私の容姿は正直、他の人より綺麗だと思う。実際、男の人も結構寄って来た。優れたものを持つ人は、周囲から崇められるか妬まれるか。

 彼もそうだろう。優れた頭脳を持つ彼も、きっと、私に近い苦労があったと思う。その点においれ彼と私はきっと、無意識下でわかり合えていた。

 あって嬉しいとは思うけど、欲しいとは思っていない、いつの間にかもらったものを維持する努力をしただけ。周りの人はそれを理解しようとせず、ただ持っているという事実をさながら苦労せず手に入れたズルのように見て来た。

 あの時も。

 友人の顔をした猿がいた。私に「友達だから」と言ったその口で私のことを、「調子に乗った男たらし」と言った。私に彼氏なんかいたことは無い。

 信じない。友情なんて信じない。

 父が私に向ける目は少しずつおかしくなってきた。父がおかしくなったのを母は私のせいだと言っておかしくなった。

 信じない。親子愛なんて信じない。

 完全におかしくなる前に父は母に連れられ家を出た。私は叔父夫婦に引き取られた。

 何も信じない。

 この容姿と言葉を上手く使えば、周りの人は簡単に動かせることに気づいた。

 でも、彼は。彼だけは、私が正直でいられる人だった。初めてだった、私がそう思えるのは、どうしてだろ。わかるのは、彼がわき目も振らず、自分が本当にやりたいことを真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに見ている。目指している。その姿に、あり方に憧れたことだ。

 彼のことが、好きだということだ。



 「全部。プロットにあった通りですよ。先輩。姉の気持ちは、これが正解では?」

「そうか」


 渚の目が悪戯っ子の色を宿す。


「あれれー照れてるんですかぁ? 姉の正直な気持ちを知って、先輩はどう答えるんですかぁ?」

「し、知るか」

「そんな答え許しませんよ」


 頬を掻く。だって、考えたこと、無かったんだ。くっ。俺の無駄に性能の良い脳みそも、処理落ちみたいなことを起こしている。


「……間違いなく言えるのは、嫌いなわけが無い、ってだけだ」

「ふふっ、まず今は、それで良いのではないでしょうか?」

「そーかよ」

「そうですよ。だって、そうあって欲しいですから……」


 姉さん、嘘つき。私には隠さなくて良いじゃん、もう。




 「私は一人じゃない」

 ようやく見つけた、夢の中の私に。そう告げる。

 幼い私。一人、ゆりかごに、心地の良い思い出に閉じこもる。

 私は伝えなければいけない。夢の中で、思い出の中で私は知った。一人ではないことを。

「私には寄り添ってくれる人がいた」

 そこにいてくれるのが当たり前過ぎて、気づいていなかった。ずっと大切にしてくれていた。

「私には、求めてくれる人がいた」

 そしてその人は、私に欲しい言葉をくれた。そして、私のこれからを心配してくれていた。

「私には、引っ張てくれている人がいた」

 立ち止まっていた私に、立ち上がるきっかけをくれた。私に、気づかせてくれた。

 願いはなに?

 一緒にいたい。大切にしてくれている人と。夢を見ていれば、一緒にいる気分に浸れる。けれど、一緒にはいない。本当に同じ時を過ごすためには、目覚めなければいけない。

 心地の良い思い出の時間は終わりだ。

 現実は辛いことも痛い思いもある。殻を破るのは怖い。でも。

 一緒にいる人を、信じても良いと思う。辛い時、寄り添い合えたら、素敵だと思わない?

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