第14話 物語を継ぐ。

 リレー小説というものがる。

 一人が決められた部分までを書き、もう一人がそれを受けて続きを考える。名前の通りだな。

 正直俺はこのリレー小説というものに対して懐疑的だ。小説とは流れだ、繋がりだ。論理的だ。誰かから誰かに引き継ぐという行為は、それらが乱れるのでは、と考えている。俺の中ではその程度の認識で、別段否定的では無い。

 ただ、他人に自分の書いている物語を引き継ぐくらいなら、どれだけ膨大な分量になっても、自分で書き切りたいとは考える。だが、決して否定はしない。ゲームのシナリオとかでも、サブシナリオや個別ルートは共通ルートとは別の人が担当していることも珍しくない。

 渚は俺に書いた分の小説を押し付けて病室を後にした。俺がここに居ることを知って提案しにわざわざ来たのか。たまたま来た時俺がいたから提案したのか。真実はどちらでも良いが。


「何を言ってるんだ、あいつは……」


 とりあえず、読んでみるか。

 丸椅子を引き寄せて、美鳥の傍に座り、俺は原稿用紙に目を落とした。


 中盤の終わり、少女は夢の世界の果てに辿り着いていた、そこは、彼女が思いを寄せていた男との出会いの場所だった。

 



 この日この場から眠るまでを繰り返しても、もっと遡って私が色々諦めたあの日から眠りまで繰り返しても。私自身の中を旅しても。ここ。

「また、ここ」

 たどり着いたのは、ここ。

 結局この教室。入学式の日の教室。でも、はっきりした夢の中心は、この教室なんだって。

 ここに座っていれば、あと三十分もすれば彼は退屈そうその扉を開けて私を見て、驚いたように目を見開くんだ。また彼に会える。一人で強かった彼に会える。

 

 


 ここで終わっている。

 俺はここから、この少女が目覚めるまでの話を書けば良いのか。問題は、どう目覚めさせるかだ。それには、眠りについた原因を考えなければならない。

 渚はそもそも原因を設定していたのだろうか。プロットは恐らく作られていないだろう。

 いや、そもそもだ。


「……俺に読ませてくれるんじゃなかったのかよ、渚の小説」


 書くのが嫌になったのか。きつくなったのか、書けなくなったのか。

 窓の外を見るともう夕方。結局、ずっと読んでいたのか。

 どうしたら良いんだ。わからない。書けば良いのか。でも、俺はもう、書けないんだよ。

 美鳥は目覚めない、静かに眠り続けている。

 

 


 その日、俺は初めて渚に電話をかけた。渚の考えを知りたかった。


『あっ、もしもし先輩ですか? 調子はどうですか?』

「どうですかも何も。俺に完結を押し付けて、書き始めたのなら責任を果たせ」

『病室で会った時思ったんですよ。この物語は一人で書くものでは無いって。そんな声が聞こえたんですよ。そして目の前には姉が認めた作家がいる。これはもう、やるしかないって』

「だから、俺はもう……」

『逃がしませんよ』

「っ!」


 電話越しに伝わる圧は俺に言葉を飲み込ませるには十分な威力があった。


『いつまで眠ってるつもりなんですか? 先輩……明日、会いましょうか。朝の十時、駅前で待ってます』


 一方的にそう言って、渚は通話を切る。

 何なんだよ、何なんだよ、本当に。

 渚からもらった原稿用紙。


「……はぁ」


 パソコンを起動して文章作成ソフトを起動。


「あいつ、字は綺麗だな」


 そういえば、あいつの字を読んでいって苦になったことは無かったことを思い出す。


「……今から頑張って徹夜すればいけるか」 


 全く、今時手書きとはな。


「おにぃ、今から夕飯作るけど、何食べる?」

「悪いが、片手で食べられるものを頼んで良いか?」

「ういー。お任せあれ―」


 トントントンと茉子が階段を下りていく足音。


「はぁ」


 それから予想通り、朝方までかかった。全く。面倒なことだ。その日茉子は、プリンターが紙を吐き出す音で起きることとなる。

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