小説を見せに来る後輩女子は今日も元気です。
神無桂花
第1話 後輩は今日も小説のような何かを見せてくる。
とある小説投稿サイト、その日間総合ランキング一位に表示されているのは俺の小説だ。
でも、俺の内側は削れ、砕けていく一方だった。荒くなっていく呼吸を無理矢理鎮め、誤魔化しながら、指を動かす。これは義務だ。責任だ。
せめて、せめて、これだけは、終わらせるんだ。これだけは。
感想が書かれましたという赤字は、クリックした瞬間ブラウザバックして通知だけを消して内容は見ない。見てはいけない。
あと少し、少しだけもたせるんだ。書き終えるまで、もたせるんだ。
そして俺は、筆を折った。
ずばーん! ドカーン! 爆発と共に勇者の剣が線香を放ち魔王を真っ二つに切り裂いた。
「オラオラオラオラオラオラズバズバズバキンキンキンキンドカーン!」
それは世界を平和に導く一撃だった。
「ただでは滅ぼされんぞ。せい、やー!」
どかどかどかずんずんずん。パンパンパン。ファイヤー!
しかして魔王もただではやられず。
地獄の業火が勇者に襲い掛かる。
「うおおおおおおお!」
剣を一振り。魔王は息絶えた。
などと書かれた原稿用紙から顔を上げると、神妙な顔をした少女が、手を組んでこちらを見ていた。
「どうですか? 面白いですか? 先輩」
「……多分、小説書くどころか、読んだことすらない中学生でも、もっとまともな文章書いたんじゃないかな」
「なっ……」
パイプ椅子の背もたれに身体を預けると、少し甲高くきしむ音が聞こえた。
カウンターに手を突いて覗き込んでくる、本を借りに来たわけでも返しに来たわけでも無い、図書委員としては追い返すべき後輩を一瞥。短めの黒髪、クリクリとした大きな瞳。身長は低め、華奢な印象の女の子。
これまで散々酷評を受け取って来たが、本日受けた俺が思いつく中でも最大の酷評を受け、流石にたじろいだようである。なので早速、問題点の一つを指差す。
「まず、なんで擬音が台詞になってるのさ」
「臨場感です」
「出てねぇよ。しかも線香って。魔王を供養するには少し早いんじゃないか?」
「あっ」
手書きで変換ミスのような誤字をする奴っているんだなぁ。
特別棟。通称図書館棟。わざわざここまで足を運ぶ生徒は少ない。
二階にある図書室の入り口から入ってすぐ左のカウンターにて。受け取った原稿用紙一枚分の半分程度の文章は、何と言うか。
「はぁ」
「というわけで、今日もお願いします!」
「やれやれ」
筆箱から取り出したシャープペンシルを構える。
「どういう設定でどういう能力かは知らないけどさ」
振り上げた剣は閃光を放ち、爆音とともに光の剣が天に向かって伸びる。
「受けよ……これが貴様に終焉を告げる剣。民の意志だ」
「ただでは滅ぼされんぞ。これが我が最大の魔術」
「くっ」
太陽をこの場に具現化したような熱。巨大な火球が魔王の頭上に生まれる。
「はぁあああ!」
「うおおおお」
両者の最大の一撃がぶつかり合い。そして。勇者の剣が、魔王の魔術を切り裂き。
「はぁああああ!」
魔王を両断した。世界に平和を告げる一撃であった。
「結構翻訳することになったが。マシになったんじゃないか」
「翻訳って……普通過ぎません?」
「奇をてらい過ぎて爆散したのは君だろうが」
「良いじゃないですか。芸術は爆発らしいですし」
「きたねぇ花火だ、とか言われそうな爆発だな。散っているのは君だ」
「むぅ……私は新しいことがやりたいです」
返って来た原稿用紙を握りしめ。ふんす! と鼻を鳴らし。本を借りないのに図書室に来る奇特な後輩、常陸渚は一等星を凝縮して押し込んだような目を真っ直ぐに向けてくる。
「また見せに来ますね! 先輩」
「図書室は本を借りるための場所だ。ところで知ってるか? 誰もやっていないアイデアってのは大抵、思いついたけど上手くいかなかったか切り捨てられたアイデアだ」
「つまり私が上手くいかせれば新しい奇抜な物語になるのですね」
「ポジティブだな」
「先輩の挑戦心が足りないだけです。今日もありがとうございました!」
図書室を飛び出した渚は、パタパタと足音高らかに駆けて行く。
「……はぁ」
読みかけの本を開く。まともに相手してしまっている俺も大概だが、よくもまぁ、飽きずに来るものだ。
ちらりとまだ見た窓の外は、まだまだ日が高い、夏もそろそろ本格化する。クーラーの効いた図書室の外は、きっと蒸し暑い。梅雨が明けてそろそろ七月になる頃だ。
「小説なんて書くもんじゃないよ。書いたとしても誰かに見せるもんじゃないよ」
さっさとそう言えれば良いのに、俺は悪い奴だ。
『先輩に挑戦心が足りないだけです』
「ふっ」
足りないんじゃない、無いんだよ。
「なぁ、美鳥。どうしたら良い。このままで良いのか? このままで」
答えは当然帰って来ない。わかっている。もういないのだから。
俺はようやく、手元の小説に目を落とした。でも、ページはいつまでも捲られなかった。
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