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 村長様が用意してくれた『旅の服』は動きやすさと丈夫さを兼ね備えた生地で出来ていた。しかも袖を通してみると手触りが良くて通気性もいい。村で僕たちが着ている服とは明らかに違う。きっとそれなりに高価な品物なのだろう。


 それに剣や靴へ目を移してみると、どちらも傷ひとつない輝き。そして荷物を入れておく革袋の中には回復薬の入った瓶が数本、さらに身の回りで使う道具が一通り揃っている。


 これらを用意してくれた村長様は、いったいどれくらいのおカネを使ったのかな……?


 ううん、村長様だけじゃない。村のみんなも僕のために少しずつ出し合ってくれたに違いない。自給自足が基本で、外貨を稼ぐ術が限られているこの村ではみんながギリギリの生活をしているというのに……。


 そんな中、僕は村から逃げる。勇者の末裔という運命からも逃げる。



「…………。……やっぱり……この荷物は置いていこう……」



 僕にはこれらを使う資格なんてない。重すぎる。物理的にも精神的にも。


 こんな姿を見たら……ご先祖様はなんて言うのかな……?


 でも僕は気が弱くて力もなくて、何の取り柄もない凡人なんだ。勇者の血筋というだけの人間なんだ。こういう性格なんだ。仕方ないじゃないか。


 くそ……せめて何かひとつでも僕に強い能力があれば……。


 僕に……力が……。


「っ? あ……れ……?」


 気付くと僕の瞳から涙がこぼれ落ちていた。唇が小刻みに震えていた。全然止まらない。


 それどころか次第にそれらは大きくなっていって、ついにはしゃくり上げてくる。


 ぐっ……うぅ……っ……。


 俯き、奥歯を噛みしめる! 手の甲で無造作に目の周りを拭う!


「アレス! 起きておるかーっ?」


 その時、家の外から村長様の叫び声が響いた。


 齢八十を超えるというのに芯があって力強い声。それは数年前からずっと同じで、衰えを全く感じさせない。実は勇者の血筋なのは村長様なんじゃないかというくらいに活き活きとしている。


 僕はあらためて涙を拭い、何事もなかったかのように作り笑いを浮かべながらドアを開ける。


「こんにちは、村長様。どうしたのですか?」


「ほぉ……」


 村長様は目を丸くして僕を見やっていた。どうしたのだろう?


「アレスよ、その格好――」


「あっ!」


 村長様の指摘を受け、僕はようやく旅の服を着たまま応対に出ていたことに気が付いた。途端に顔が熱くなってくる。


 これじゃ幼い子どもみたいに、旅立ちを待ちきれずに着替えてしまったみたいに見えちゃうじゃないか。そんな気なんてつゆほどもないのに。


 でも村長様は完全に誤解しているみたいで、むしろ満足げに頷いている。


「よく似合っておるぞ。旅立ちは明日だというのに、気合いが入っておるな。うむ、結構結構! はっはっは!」


「い、いえっ! そんなっ、僕はっ!」


「やはり本能的に勇者の血が騒ぐのかの?」


「ですからっ、これはそういうんじゃなくて……ッ!」


「そんなことより、これから私の家に来なさい。アレスとともに旅をする傭兵たちが先ほど村に到着して、私の家におるのだ。顔合わせをしよう。そのままの格好でいい。さぁ、早く!」


「あっ、ちょっ!? 村長様ぁっ!」


 僕は強引に腕を引っ張られ、そのまま村長様の家へ連れ出されることになってしまった。


 踏ん張って抵抗してみても靴底は滑り続け、土埃を上げるばかり。しかも当然、旅の服に着替えた僕の姿を近所のみんなは生暖かぁ~い目で眺めているわけで、恥ずかしさで火が出そうだった。



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https://kakuyomu.jp/works/16816700429434671245/episodes/16816700429435677257

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