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僕はナイフを使って自らの命を絶つことにした。
だって旅に出ても、弱い僕はどうせすぐにモンスターに殺されてしまうんだ。天に召される瞬間が少し早まるだけのこと。それにモンスターに体や内臓を屠られて痛みや苦しみを長く味わうくらいなら、ここで一瞬で片を付けた方がきっと楽に違いない。
…………。
僕は護身用にいつも持っているナイフを握りしめ、切っ先を見つめた。鋭い先端に太陽の光が反射して、強く煌めいている。
その吸い込まれるような美しさと冷たさに、僕は思わず唾を飲み込む。そしてゆっくりとその切っ先を自分の喉元へ向けて固定し、あとは全力で腕を手前へ引き寄せるだけ――。
「は……はは……は……」
思わず薄笑いしてしまった。
僕……なんでこんなこと……してるんだろ……? なんで僕は……死なないといけないんだろ……?
死にたく……ない……。死にたくないよ……っ。
ずっと穏やかに暮らしていたかった。勇者の末裔というだけで、こんな理不尽な運命……受け入れたくない……。
気が付くと僕は自然と涙を流していた。ナイフを持つ手が小さく震えていた。奥歯が激しく音を立てていた。
「……う……うぅ……やっぱり僕には……出来ない……」
直後、ナイフは床に落ちてけたたましい音を立てた。そのまま僕はへたり込み、ガックリと肩を落とす。
――出来るわけない。自ら命を絶つなんて。
怖い……。痛い想いだってしたくない……。死にたくない……。
あぁ、勇者の血をひいているクセに、僕はなんてヘタレなんだろう。情けなさ過ぎて自分が嫌になる。
「アレス! 起きておるかーっ?」
その時、家の外から村長様の叫び声が響いた。
齢八十を超えるというのに芯があって力強い声。それは数年前からずっと同じで、衰えを全く感じさせない。実は勇者の血筋なのは村長様なんじゃないかというくらいに活き活きとしている。
僕は慌てて涙を拭い、村長様に心配をかけないよう無理矢理に作り笑いを浮かべながらドアを開ける。
「こんにちは、村長様。どうしたのですか?」
「おぉ、アレスよ。これから私の家に来なさい。お前とともに旅をする傭兵たちが先ほど村に到着して、私の家におるのだ。顔合わせをしよう。さぁ、早く!」
「あっ、ちょっ!? 村長様ぁっ!」
僕は強引に腕を引っ張られ、そのまま村長様の家へ連れ出されることになってしまった。
踏ん張って抵抗してみても靴底は滑り続け、土埃を上げるばかり。ホントこれだけの腕力があるなら、村長様が僕の代わりに魔王討伐の旅に出てほしい。きっと僕なんかより世の中の役に立つと思う。
何の能力もない僕なんかより……よっぽど……。
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https://kakuyomu.jp/works/16816700429434671245/episodes/16816700429435356747
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