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 村長様が用意してくれた『旅の服』は動きやすさと丈夫さを兼ね備えた生地で出来ていた。しかも触れてみると手触りが良くて、村で僕たちが着ている服とは明らかに違う。きっとそれなりに高価な品物なのだろう。


 それに剣や靴へ目を移してみると、どちらも傷ひとつない輝き。そして荷物を入れておく革袋の中には回復薬の入った瓶が数本、さらに身の回りで使う道具が一通り揃っている。


「そっか、この服を着ていたら目立って仕方がないな……」


 例え夕暮れ時だとしてもこんな上等な服を着ていたら目立ちすぎるし、村のみんななら遠くからでも僕だと容易に想像できてしまう。


 それによく考えてみると、こんなにたくさんの荷物を持って移動なんか出来ない。残念ながら僕の体力のキャパシティを超えているから。



 やっぱり逃げるなら普段着で、荷物は最小限に――。


 そう考えをあらためた僕は革袋の中身を全部取り出し、厳選して詰め込んだ。これなら軽くて、担いで走ることも出来るだろう。


 もっとも、スピードも持久力もたかがしれているけど……。


「アレス! 起きておるかーっ?」


 その時、家の外から村長様の叫び声が響いた。


 齢八十を超えるというのに芯があって力強い声。それは数年前からずっと同じで、衰えを全く感じさせない。実は勇者の血筋なのは村長様なんじゃないかというくらいに活き活きとしている。


 なお、僕は逃亡計画を悟られないよう作り笑いを浮かべながらドアを開ける。


「こんにちは、村長様。どうしたのですか?」


「おぉ、アレスよ。これから私の家に来なさい。お前とともに旅をする傭兵たちが先ほど村に到着して、私の家におるのだ。顔合わせをしよう。さぁ、早く!」


「あっ、ちょっ!? 村長様ぁっ!」


 僕は強引に腕を引っ張られ、そのまま村長様の家へ連れ出されることになってしまった。


 踏ん張って抵抗してみても靴底は滑り続け、土埃を上げるばかり。ホントこれだけの腕力があるなら、村長様が僕の代わりに魔王討伐の旅に出ればいいのに。


 僕は思わずため息が漏れるのだった。



 →29へ

https://kakuyomu.jp/works/16816700429434671245/episodes/16816700429435356747

 

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