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 勇者の末裔として生まれたこの人生、全てなかったことにして異世界に転生したい。勇者や魔王なんていなくて、平和に穏やかに暮らせる世界の人間に生まれ変わりたい。


 もしその願いが叶うなら、チートな能力なんていらない。高望みなんてしない。平凡でいい。何気ない当たり前の日常こそが幸せなんだから。


 僕は異世界に転生できるよう、神様に祈った。必死に祈った。




 …………。




 ……でも僕の身には何も起きなかった。


 これは神様に祈りが届いた上での結果なのか、それともそもそも届いていないからなのか。いずれにしても世の中、そう都合良く出来てはいないということだろう。


 それにもし異世界に転生できたとしても、今より運命が好転するとは限らないからこれで良いのかもしれない。今よりも過酷な運命が待っている可能性だって充分ありえるんだから。


 無双の力を手に入れるとか、理想的な生活とか、良い方向ばかり考えるなんて滑稽だと思う。


「アレス! 起きておるかーっ?」


 その時、家の外から村長様の叫び声が響いた。


 齢八十を超えるというのに芯があって力強い声。それは数年前からずっと同じで、衰えを全く感じさせない。実は勇者の血筋なのは村長様なんじゃないかというくらいに活き活きとしている。


 そう思いつつ僕はフッと小さく息をつくと、作り笑いを浮かべながらドアを開ける。


「こんにちは、村長様。どうしたのですか?」


「おぉ、アレスよ。これから私の家に来なさい。お前とともに旅をする傭兵たちが先ほど村に到着して、私の家におるのだ。顔合わせをしよう。さぁ、早く!」


「あっ、ちょっ!? 村長様ぁっ!」


 僕は強引に腕を引っ張られ、そのまま村長様の家へ連れ出されることになってしまった。


 踏ん張って抵抗してみても靴底は滑り続け、土埃を上げるばかり。ホントこれだけの腕力があるなら、村長様が僕の代わりに魔王討伐の旅に出ればいいのに。


 僕は思わず深いため息が漏れるのだった。



 →29へ

https://kakuyomu.jp/works/16816700429434671245/episodes/16816700429435356747

 

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