異形の街 02
バレーナの門のすぐ側で、馬車は止まる。
乗客たちは続々と馬車から降り、揺れない地面を堪能していた。
「うーん、流石にお尻が痛くなっちゃったなぁ。あとなんか空気が澱んでるし。」
青年もまた、大きく伸びをしながら辺りを見渡していた。
そんな青年の後ろから、人鳥種の家族も降りてくる。
「やっと着いたー!うー、ちょっと空が飛びたいかも!」
「落ち着きなさい、シャイナ。ここは危ない所なのはさっき分かっただろう?街の中に入るまでは我慢しなさい。」
「はーい。」
と、青年は何か思い出したように家族に近づく。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ここで会ったのも何かの縁ですし・・・」
青年は人鳥種の男性に向かって手を差し出す。
「先程も少し言いましたが僕は旅の薬師で、シルヴァ・フォーリスと申します。よろしくお願いしますね。」
穏やかに笑う青年・・・シルヴァに男性は少し気圧されながらも、翼腕を伸ばしその手を取る。
「あ、ああこれはご丁寧に・・・私はフラッドと申します。こちらは妻のリクシィと、娘のシャイナです。」
「シャイナだよ!よろしくね、お兄ちゃん!」
元気に挨拶するシャイナと、無言で、しかし柔らかく笑いながら会釈をするリクシィ。
「僕はしばらくこの街に滞在する予定ですので、何か困ったことがあったら相談して下さい。これでも各地を旅してるので、色々役に立てると思いますよ。」
「いえ、そんなご迷惑をかける訳には・・・」
「あはは、気にしないでください。ただの営業です。」
言いながら、シルヴァは小瓶を取り出しフラッドに手渡す。
「お近付きのしるしにこれをどうぞ。」
「え・・・と、これは一体?」
「ちょっとした傷薬です。あ、もちろん安全なものですよ、このとおり。」
シルヴァは小瓶をあけて中身を・・・少量の薬を自分の腕に塗る。
「翼腕では少し開けにくいかもしれませんが、羽がある場所にも塗ることが出来ますよ。もしそれが気に入ったら、是非他の薬も見に来てください。僕はこの街の中心付近にある貸家を借りる予定ですから。」
「そう、ですか。では、機会があれば・・・」
フラッドは小瓶を受け取る。
「さて、では僕は人頭獅子の素材を売って貰えないか交渉してくるので失礼しますね。シャイナ、またね。」
「うん、またねー!」
元気よく手を振るシャイナに手を振り返しながら、シルヴァはその場を去る。
フラッドはしばらく呆気に取られた様子でその後ろ姿を見ていたが、娘に引っ張られて我に返る。
「ねーねーおとーさん、早く街にはいろーよー。」
「あ、ああ・・・しかし、不思議な人だったな。シャイナ、妙に彼を気に入っていたようだけどどうしてだい?」
「んー・・・どうしてって言われると、わたしもわかんないけど・・・」
少しの間シャイナは一人で唸っていたが、しばらくしてハッと顔を上げる。
「あ、わかった!えっとね、なんかおじいちゃんみたいな匂いがしたの!優しい、いい匂いが!」
「匂い・・・?」
「うん!それよりおとーさん、わたし早く飛びたいよー」
「・・・そうだな。ともかく、街に入ろうか。」
フラッドは微妙に腑に落ちない表情を浮かべながらも、いつまでも街の外にいる訳にもいかず荷物をまとめて門へと向かう。
彼は最後にちらりと、シルヴァが去っていった方に視線を向けたが、そこにはもう青年の姿は無かった。
人鳥種の家族と別れたシルヴァは、交渉の為に半羊種の戦士達の元に訪れていた。
「・・・と、いうわけで。なにか素材を売って頂けませんかね?もちろん、無理は承知ですから、一般の相場よりは高く買い取らせて頂く所存です。」
「いや、急に現れてそんなこといわれてもよ。マンティコアはこの辺じゃあありふれた魔獣だが、一応毒とかが危険だから勝手に売ったりはできねえんだよ。」
「もちろん存じています。」
「それに、どうせ最終的には俺達も素材として売るからな。ここで割増で買うくらいならそっちで買った方がいいぜ?」
突然現れたシルヴァに対して、面倒くさそうな様子を隠そうともせずに戦士の一人が説明する。
しかし、シルヴァは一切気にした様子はない。
「うーん、いや、普通の店売りの素材ならもちろんもう色々買っているんですよ。転移倉庫の方にもかなり溜め込んでますし。」
「じゃあ何が欲しいんだよ?」
「一言で言えば加工前の素材です、出来れば全身分の。長期保存ように乾燥させたものとかじゃなくて、鮮度の高い物が欲しいんですよ。」
「・・・なんでそんなもんを?」
「細胞が完全に死んだ物だと、漢方薬みたいな薬しか作れないんですよね。生きてるマンティコアには毒を分解する能力があるので、それをどうにかして薬に利用できないかなーと。」
シルヴァのその説明に、半羊種の戦士はいまいち納得のいかない顔で問う。
「・・・確証もない物に高い金を払うつもりか?」
「研究っていうのはそういうものですから。まあ僕は学者じゃなくて薬師ですけど。」
「薬師ねぇ。あんたは割増で払うって言ってたが、どれだけの金を出せるんだ?マンティコアの素材は安くはねえぞ。」
「とりあえず現金でこれくらい。必要なら僕のもってる他の素材をお譲りしてもいいですよ。」
「どれどれ・・・って、はぁ!?」
シルヴァの提示した金額を見て、戦士は驚きの声を上げる。
「全身分の素材で換算しても相場の約3倍じゃねえか!おいおい正気かあんた。これだけありゃ10年は遊んで暮らせるぞ。」
「10年遊んでても、僕の望むものは得られませんからね。・・・それで、どうです?売って貰えませんか?」
「・・・ちょっと待ってろ。流石に俺の一存で決めていい話じゃねえ。ただ、期待すんなよ?ったく、面倒な仕事が増えたぜ。」
舌打ちをして、戦士はその場を離れる。
少し後。半羊種の戦士が、一人の
「あなたが、マンティコアの素材を買いたいという方ですね?」
「ええ。薬師の、シルヴァ・フォーリスと申します。」
「私は戦士団『千の蹄』の顔役をしておりますデュラスです。」
デュラスはそう名乗ると、シルヴァに手を差し出す。
シルヴァもその手を取り挨拶を交わす。
「よろしくお願いします。・・・それで、いかがでしょう?素材を売って貰えませんか?」
「ふむ、ある程度の話は聞きましたが・・・やはり、マンティコアの素材は危険ですからね。金額を積まれても、そうそう簡単にお譲りする訳には・・・」
「それは分かっています。ですので、これを見ていただけますか?」
シルヴァはデュラスに一枚の金属製の板を見せる。
「これは・・・商人ギルドの発行する身分証!?」
「一応言っておきますが、正式な手続きの元に発行された本物ですよ。」
「その、ようですね。身分証の偽装は、そうそうできるものじゃありません。」
デュラスは、しばらく無言で考え込む。
そして、ため息と共に口を開いた。
「・・・ふぅ、わかりました。あなたがどうしてもと言うのなら、お譲りしても構いません。ですが、条件があります。」
「条件、ですか?」
「まず、第一にお譲りした素材はあなた自身が使用すること。誰かに販売したりするのなら、何らかの加工をして『マンティコアの素材』ではない状態にしてください。この条件を飲んでくださるのなら、私たちが普段素材を卸している商人との交渉はこちらでやります。・・・シルヴァさんはこの辺りの文字は読めますか?」
「ああ、大丈夫ですよ。」
シルヴァが頷いたのを確認して、デュラスは紙に条件を書き連ねていく。
「第二に、この素材を利用したことによって発生した問題に対して私達は一切の責任を負いません。素材をお譲りした時点で、私達はこれらの物に関する権利も責任も譲渡することになります。」
「了解です。ご迷惑はかけないと約束します。」
「とりあえず、条件としてはその二つは確実に守って頂きます。そして、ここから先は提案なのですが・・・」
デュラスは一旦紙をシルヴァに渡すと、また新しい紙を用意する。
そして、サラサラといくつかの素材の名前を書く。
「これらの素材を用意して頂けるのなら、価格は相場と同じか少し安くすることも可能です。商人ギルドの身分証を持つあなたなら、何らかの伝手があるのでは?」
「えーっと、少し拝見・・・」
シルヴァは紙を受け取り、そこに書いてある素材を確認する。
「ああ、大丈夫、用意できますよ。この植物素材と鉱物なら、まとまった量を転移倉庫に入れてあるのですぐにでも渡せますし。」
「本当ですか!?それはとても助かります。この辺りは魔獣素材はいくらでも集まるのですが、それ以外はほとんど手に入らないのです。団員の装備を整えるためにはかなりの量の鉱物が必要でして・・・」
「ほほう、なるほど。僕としてもアダマンタイトとかミスリルとか持て余してたので、丁度いいですね。」
言いながら、シルヴァは紙にいくつかの数字を書き足してデュラスに返す。
「とりあえず、すぐに用意できる量を書いておきました。必要な量が決まったらまた連絡してください。」
「・・・はい、また正式な書類を用意させて頂きます。では交渉成立ということで、今回の素材はお譲り致します。ただ、なにぶん量が多いので・・・鮮度が必要なものだけ先にお渡しして、それ以外は後日ということでよろしいですか?」
デュラスの提案に、シルヴァは頷く。そして、新しい紙を用意してデュラスに渡した。
「ああ、それでお願いします。とりあえず、中心街付近の貸家を借りるので、そこまで運んで頂けますか?必要な部位と、貸家の場所はその紙に書いてありますので。もちろん、その分の料金はお支払いします。」
「いえ、この素材を全て揃えて頂けるのなら、この程度はサービスさせて貰いますよ。マンティコアの料金も、素材の引渡しの時で構いません。」
「あ、ほんとですか。じゃあお願いします。では、僕は少し手続きを済ませてくるので失礼しますね。またあなた方に会うにはどこに向かえば良いですか?」
「大まかな場所は、町外れですが・・・そうですね、誰かに『千の蹄』の本拠地、と聞けば細かい場所を教えて貰えるはずです。その方がわかりやすいでしょう。」
「わかりました、ありがとうございます。では、また後ほど。」
シルヴァは一度頭を下げ、その場を離れる。
そして、その姿が見えなくなった後、半羊種の戦士はデュラスに問いかける。
「・・・良かったんですかい?結局、この場では何も向こうから渡された訳じゃねぇし、素材の提供だって口約束みてぇなもんだ。それなのに、マンティコアの素材を先に渡しちまうなんて・・・」
「彼が見せた、あの身分証。あれは商人ギルドが発行する正式な物だ。あれの発行が許可されるには、商人ギルドへの多大なる貢献と、信頼が必要になる。そして身分証は、提示するだけで交渉の際の担保になるのだ。」
「提示するだけで?」
「そうだ。そして、もしその交渉で身分証を提示された側が相手の契約違反などで不利益を被った場合商人ギルドに損害補償を請求することが出来る。そうなった場合、身分証は効力を失い、二度と発行されなくなる。」
「はー、なるほど。つまり、そのデメリットを考えたらこの交渉であの薬師が契約を反故にすることは考えにくいっつーことですか。」
デュラスは頷く。そして、手に持っていた紙を戦士に渡した。
「そういうことだ。ともかく、マンティコアの解体と素材の運搬は任せる。私は少し、素材が納品された時の準備をしてくる。」
「へい、承知しやした。・・・おい、野郎ども!!ちっと特別な仕事だ!」
デュラスは戦士達が動き始めたのを確認し、一人本拠地へと戻って行く。
そして、その後ろでは戦士達が突然の仕事に慌ただしく動いていた。
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