異形の街 07
シルヴァは怪しい色をした液体の入った小瓶を並べ、まだ新鮮なマンティコアの素材の前に立つ。
「あ、一応言っておくけど、この瓶に入ってるのは強めの毒だから気をつけてね?」
『やっぱりか・・・まあ、我も危険物の扱いには慣れておるから心配するな。』
「そりゃそうか。錬金術師だもんね。・・・さて、まずは植物の毒から・・・」
『ところで、毒の分解効果はどうやって確認するんじゃ?まさか実際に自分で試すのか?』
「流石にそんな事しないよ。まあ、小型の魔獣とかを実験台にすることもあるけど・・・今回は検査用の試験薬があるからそれを使うよ。」
そう言って、シルヴァはシート状の薬をアルスに見せる。
「今回使う毒なら、これで全部チェックできる。」
『ほう・・・これは魔導具ではないな?』
「普通に植物由来の試験薬だよ。
『ふむ、なかなか面白い。今度錬金術で似たような物を作ってみようかの。』
「へぇ、作れそうなんだ。錬金術って便利だね。」
『我ほどの大錬金術師ともなればな。その辺の木っ端錬金術師にはそうそう出来んよ。』
「あはは、流石、って言うべきなのかな?」
会話しながらも、シルヴァの手は止まっていない。
マンティコアの肉体から一部を切除し、机に並べたシャーレの中に入れていく。
次に検査薬を細かく切り分け、シャーレの近くに並べる。
シルヴァは同様の準備を、いくつかの部位で行った。
『この透明な皿の中に入っておる液体はなんじゃ?』
「生理食塩水・・・本来は、人の血液とかに近い塩分濃度の水だよ。今回はマンティコアの体組織に合わせた濃度にしてあるけど。これで多少なり細胞の劣化を抑えられる、はず。」
『ほほう、そんな物もあるのか。我もホムンクルス用に特殊な保存液を持っているが、あれは錬金術由来のものでコストが高いからのぅ。』
「なにそれ、後で見せてよ。・・・さて、少し集中しようかな。」
シルヴァは表情を真面目な物に変える。
しかし、毒の入った小瓶を手にした瞬間すぐに小さく口角が上がる。
アルスはそれに気づいたが、自分も似たようなものであると思い至り指摘はしなかった。
そして、シルヴァは一通りの毒を全ての部位に試した。
「・・・すごい、想像以上の分解力だ。」
『お、やっと終わったか。全く、何がすぐ終わる、じゃ。』
「いやーごめんごめん、かなり興味深い結果が出たからつい楽しくなっちゃって。」
『興味深い結果か。せっかくだから聞いてやらんでもないぞ?』
「ほんと?実は既に誰かに話したくて堪らなかったから遠慮なく語るよ?」
シルヴァはそう前置きすると興奮を隠さずに話し始める。
「そもそも毒っていうのは、生体に悪影響を与える物の総称なわけなんだどさ。当然ながら毒によってその悪影響そのものも、原因も全然違うんだよね。」
『それはそうじゃろうな。』
「例えば動きを麻痺させる神経毒。これは脳機能を低下させるのか、信号伝達を阻害するのかで理由が異なる。他には呼吸困難だって、血液に影響を与えるのか筋肉を麻痺させるのかで原因は別だ。しかも同じような症状を起こす毒でも原因の毒素が違えばそれ用の抗体、解毒剤を作らないといけないんだよね。本来は。」
『ああなるほど・・・いや、我は色々と研究をしているからわかるが・・・一般の者にはピンと来ないじゃろうなぁ。』
「そうなんだよねぇ。高い適性を持つ人の使う解毒魔法とか法術だったら、毒の種類とか関係なく問答無用で治すから。あと、ポーションみたいな魔薬とかでも大抵の毒は解毒できるし。」
シルヴァは少し興奮が薄れたのか一息つく。
「だから、例えば強力な毒を使う魔獣の存在が分かってたとしても血清とかほとんど無いんだよね。それでも特に問題は無いから。」
『しかし、お主の場合はそうもいかんというわけか。』
「そう。法術、解毒魔法はもちろん魔薬も効かないんだよ。魔薬は薬効っていうよりも、物質化した魔法そのものだからね。」
『難儀な体じゃのう。』
「生まれた時からこうだから、あまり不便に感じたことは無いけどね。・・・さて、少し話が逸れたけど前置きはこのくらいにして。」
シルヴァはシャーレをアルスに見せる。
シャーレの中にはマンティコアの体の一部と検査薬、そしてシルヴァが投入した毒が入っている。
「この検査薬は、かなり動物の細胞に近い特徴を持っててね。神経毒とかで信号伝達が阻害されると、内部を循環する特殊な液体の動きが鈍くなって変色するんだ。それによって毒の有無がわかる。逆に異常な痙攣を引き起こしたりしても変色する。あとは炎症に近い反応が起きると単純に見た目が変わるね。 」
『・・・まあ、その検査薬の説明は良い。それで、結果はどうだったんじゃ?』
「今回使用した性質の異なる十六種類の毒、全てがその毒性を失ってた。」
マンティコアの体と一緒にシャーレに入っている検査薬は、全てが初期の状態から変化していなかった。
比較用に用意していたマンティコアの体を入れていないシャーレは全てそれぞれ検査薬が反応を示していたため、マンティコアの毒分解能力によって毒性が打ち消されたと考えられる。
「これは凄いよ・・・!現状ではそのまま薬にするのは難しいけど、研究を重ねていけば直接上位元素を材料にしない万能の解毒剤が出来るかもしれない。」
『ほほう・・・なるほど、これはマンティコアの体の方が変質してるんじゃな。これ自体は上位元素によるものじゃが・・・最終的な解毒作用は一般的な血清などと同じ理論故にお主にも効果があるじゃろうな。』
「おおぅ・・・思った以上に話が早くてびっくりだよ。まあそういうことだね。それに僕以外でも、解毒魔法や法術を使える人が近くに居ない時とか、魔薬を手に入れられない人にも有用になると思う。」
シルヴァはそこで話を区切り、片付けを始める。
「うんうん、満足満足。しばらくはこれの研究が主になるね。もしかしたらアルスに協力を頼むかも知れないけど、その時は手伝ってくれたら嬉しいかな。」
『気が向いたら、の。』
「またまた、面白そうだと思ってるくせに。・・・さて、爆弾作りはまた後日にするとして。今日はそろそろお風呂に入らせてもらおうかな。」
『とっくに準備は出来ておるぞ。湯加減はぬるめにしてあるからもっと熱くしたくなったら言うが良い。ほれ、ついてこい』
「ありがとー。」
シャーレや小瓶を片付け、シルヴァはアルスの後を追う。
「そうだ、せっかくだし一緒に入る?洗ってあげるよ。」
『遠慮しておこう。あまり実体の感覚に慣れすぎるのも考えもんじゃからな。』
「そっか、残念。その毛並みを弄くり回したかったんだけどねぇ。」
『少しは取り繕うとかせんのか?』
「あはは、まあいいじゃん。」
シルヴァは、呆れたようなアルスの言葉に誤魔化すような笑みで返す。
その後も二人で他愛のない話をしながら、シルヴァのバレーナ一日目の夜は更けていった。
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