異形の街 08
シルヴァがバレーナに来て、初めての朝。
陽の光が窓から入り始める早朝に、シルヴァは目を覚ます。
「ふわぁ~・・・・おはよう、アルス。」
『研究者とは思えぬほどに早起きじゃのぅ。』
「研究者じゃなくて薬師ね。そりゃあ早起きもするさ。」
『それにしても、お主なかなか器用に寝るのう。寝ているはずなのに我の動きに反応しておったじゃろう。あれは無意識か?』
「半分無意識、かな。寝る前にも説明したけど、近くから生物の匂いと音を感じたら起きるように訓練してるんだ。ただ、友好的か否かは流石に判断できないからアルスには離れていてもらったけど。」
『うむ。まあ面白くて何度かわざと近づいたりしたがの。』
「はぁ、やっぱりか。道理で何度も起きる羽目になったわけだ。」
『はは、悪かったの。途中からは気を利かせて器から離れて霊体に戻ってやったのじゃから許してくれ。』
「共同生活みたいなものだから、仕方ないとは思ってるけどね。」
シルヴァは軽く伸びをすると、いつもの服装に着替える。
「まあでも、アルスがいるおかげで上着を脱いで横になれたからね。この程度で怒ったりはしないよ。」
『まあ、野宿よりは安全じゃろうしな。』
話しながら一通りの身支度を終えたシルヴァは、顔を軽く洗った後にその足で玄関に向かう。
「今日は外で朝ごはんを済ませようと思うんだけど、アルスはどうする?一緒に行く?」
『うーむ・・・そうじゃな、共に行こうか。お主が昨日言っておった化け物について少し気になるからの。』
「あーたしかに、外なら情報が聞けるかもね。」
『ついでに市場まで案内しよう。どれだけ物があるかは分からんがの。』
アルスの言葉に、シルヴァも頷く。
「昨日の感じだと、陸路と空路の貿易も滞りがちみたいだからね。転移での交易は生きてるから何も無いってことはないだろうけど。」
『転移、か。我はあの安定しない感覚がどうも苦手で自分で使ったことはほとんど無いが・・・それなりに難度の高い技術じゃろう?魔力と呪力の二つに高い適性が必要になる上に、その操作も困難なはずじゃな。』
「そうらしいね。知識としてしか知らないけど。」
『それ故に、転移を利用した商売はかなり割高になると記憶しているが。お主は、旅人のようじゃしこれらの器材は転移によって運んでいるのじゃろう?それに、マンティコアの全身分の素材もかなり高額になるはずじゃ。どこからその金が出てるんじゃ?』
「まあ、色々。旅をしながら怪我人や病人の治療をしたり、新薬の権利を商人ギルドに譲ったり。あとは賞金首とか魔獣討伐の手伝いとかかな。ただ、一番多いのは希少素材を探して売ることだね。」
シルヴァはそう言って乾燥させた植物の根をアルスに見せる。
「これ、なにかわかる?」
『それは・・・マンドラゴラか!?』
「ご明答。これは乾燥させたものだけどね。」
マンドラゴラ。秘薬と呼ばれるような薬に必須とされる希少素材の1種である。魔獣ではなく植物とされるが、その危険度は並の魔獣を軽く凌駕する。
地面に埋まっている時はただの植物だが、抜かれた瞬間に聞いた者の命を奪う叫びを発するのだ。そしてその叫びは物理的に耳を塞いでも防ぐことが出来ない。
マンドラゴラを採取するには、何重にも強力な防御魔法を使用する必要がある。
しかし、その叫びの強さにも個体差があり、どれだけの魔法を使用しても死の危険が消えることは無い。
その危険性から、比較的広い範囲に存在する素材ながら流通量は非常に少ない。
それでいて需要はかなりあるため価格は天井知らずである。
希少ではなく貴重な素材として知られているのがマンドラゴラである。
「一部の上位種とかなら簡単に採取出来るだろうけど、そういう人達はわざわざお金目的で素材の採取とかしないし。強力な種族はお金を使って他者に何かをしてもらう必要がないからさ。だから結局、希少素材は高価なままなんだよね。」
『それはそうじゃろうな。我もマンドラゴラを筆頭とする希少素材の入手には苦労しておる。』
「でも、僕はマンドラゴラ普通に採取できるんだよ。例えばこういうものを使って耳さえ塞いでおけば。」
そう言ってシルヴァは、首にかけた
「マンドラゴラの叫びは物理的にはただの大きい音だ。その即死効果は恐らく異能の一種だと思う。」
『・・・そうか、死の叫びは肉体ではなく精神、正確に言えば体内の上位元素に干渉する物じゃから、その上位元素を持たぬお主には効果が無いということか!』
「この体の数少ない利点だよ。物理的な振動とかで脳を揺らされたりしない限り、精神に効果を及ぼす魔法は効果が無いんだ。例えば、幻惑魔法とか精神支配とかも効かないね。」
特に誇るでもなくシルヴァは語る。
そして手で弄んでいたマンドラゴラをしまった。
「後はいわゆる瘴気とかも、本当に毒じゃ無ければ効かないから・・・そういうところにある素材も簡単に集められる。」
『ほお・・・便利なもの、いや、大したものじゃな。基本的には圧倒的に不利なその体を上手く利用する術を見つけるとは。』
「あはは、ありがとう。まあ、そんなこんなで結構お金は持ってるからね。お金で何とかできることは大抵やってるよ。」
シルヴァはそこで言葉を切り、バックパックを背負い直した。
話している間に玄関についており、既に外出する準備は整っている。
「ということで、多少高くても問題ないよ。食材も、情報もね。」
シルヴァは扉を開けて外に出る。
朝の冷えた空気が彼の肌を撫でて、僅かに残っていた眠気を拭う。
「うーん、良い天気だ。僕は曇りの方が好きだけど。」
『身も蓋もないことを言うのう。』
シルヴァの言葉に苦笑を返すアルス。
既に街は活動を始めており、遠くから人々の声が聞こえてくる。
シルヴァは少し耳を澄ませて声の方向を確認する。
「察するに、この声の出処が市場かな?」
『その通り。ほれついてこい、案内してやろう。』
意気揚々と歩き出すアルス。
シルヴァはその後をのんびりとついて行きながら市場を目指し始めた。
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