異形の街 09

街中を、一人の青年と奇っ怪な生物が歩いていく。

ここが亜人種の街であれば人目を引いたであろうが、バレーナは幻妖種の街。


多少妙な見た目をしていた所で、驚く者はそう居ない。


「うーん・・・やっぱり、どうにも活気がないというか。単純に出歩いてる人の数が少ないね。」

『そうか?こんなもんじゃろ。』

「アルスの記憶がいつのものかわかんないけど、今のバレーナの規模を考えたらこの時間の市場はもっとごった返してていいはずだよ。」


シルヴァの言葉の通り、バレーナの市場は活気に欠けていた。

閑散、という程ではないが歩いている者は少なくそもそも売り物が少ない。


「・・・化け物、か。まあ、バレーナの戦士は強いから何とかなるでしょ。なんともならなかったら・・・営業しに行こうかな。」

『妙なことを考えてるようじゃな。もし面白いことをするなら我も誘うのじゃぞ。』

「面白いことって・・・なんかアルスって、結構俗っぽいよね。」

『好奇心旺盛と言わんか。むしろ、これだけの永き時を生きてきていながら、些細なことでも楽しめる心を褒めて欲しいくらいじゃな。』

「これだけの、って言われてもどれくらいかわかんないんだけどね。」

『まあ我も覚えてないがのぅ。研究やら錬金術やらしていると、何日も陽の光を見ぬこともざらじゃったからどれだけの時間が経ったのかなんてわからんし。』


アルスはそう言って空を見上げる。


『改めて考えると、こんな風に外を歩くのはいつぶりじゃろうか。』

「研究に行き詰まった時に外に出たりしないの?」

『それは・・・むぅ、覚えておらんな。少なくとも、肉体を捨てた後は家の外に出た記憶が無い。』

「うわ、引きこもってるなぁ。まあ僕もあんまり外出るのが好きなほうじゃないけど。」

『それなのに旅をしておるのか。』

「旅はあくまで目的じゃなくて手段だからね。・・・さて、あまり選択肢は無いけど朝ごはんを探そうか。何を食べようかな。」


市場には、食材そのものだけではなく簡単な軽食を売る露店も存在していた。

露天の間隔から、普段はもっと多くの商人が店を出していることが窺えるが、やはり仕入れが困難なためかどこか寂しげな雰囲気が漂っている。


シルヴァは少し歩き回ると、一つの屋台の前で足を止める。

その店は売り物は普通の焼き魚であったが、店主が若い女性の純人種であった。


久しぶりに見る同種に興味を引かれ、シルヴァは店主に声をかける。


「どーも、おはようございます。このお魚二つ貰えますか?」


言いながら、シルヴァは料金を渡す。


「あ、はい。ありがとうございます。・・・はい、どうぞ。熱いので気をつけてくださいね。」

「はい、いただきます。・・・ところで、お姉さん純人種ですよね?バレーナで同種に会うとは思いませんでしたよ。」

「確かに、珍しいかもしれませんね。私の知る限り、この街には純人種は3人程しかいませんから。」


女性の言葉に、アルスは首を傾げる。


『むぅ・・・?そんなに少なかったか?我の記憶では、純人種はそれなりの数がいたはずじゃが。幻妖種とつがいになった者たちが相当数居たような・・・』

「あら、その子は喋れる魔獣なんですね。あなたのペットですか?」

『誰がペットじゃ!!我は偉大なる大錬金じゅ・・・』


いきり立つアルスをシルヴァが宥める。


「まあまあまあ、落ち着いてよアルス。えーっと、アルスはペットじゃなくて友達ですよ。」

「あら、そうなんですか。それは失礼しました。」


女性は笑ってアルスに謝罪する。そして、そのままシルヴァ達と会話を始めた。

彼女もまた、暇を持て余しているようである。


「でも確かに、昔はその子の言う通り純人種もそれなりに居たようですよ。」

「へえ、そうなんですか。まあ、他種族との交配は純人種の1番の特徴ですから不自然なことではないですけど。」

「ええ、そうですね。かく言う私も、夫が単眼種キュクロプスでして。結婚する前は別の街に住んでいたんですよ。」

「単眼種・・・ってことは、旦那さんはもしかして鍛冶屋さんですか? 」


シルヴァの問いに、女性は頷く。


「はい。まだまだ若手ですが、自分用の工房を持てる位には腕の良い鍛冶師です。」


そう言う女性は少し得意気である。


「なるほど・・・だとすれば、近くお世話になるかも知れませんね。」

「ふふっ、では彼に純人種のお客さんが来たらサービスするように伝えておきましょうか。」

「あはは、有難い申し出ですけど遠慮しておきますよ。職人の技術は値切らない主義ですから。」


シルヴァはそう言って笑うと、受け取った焼き魚の片方をアルスに渡す。


「では、僕達はこれで。お仕事中にお邪魔しました。」

「いえいえ、私も楽しくお話させて頂きました。また来てくださいね。」


軽く礼をして、シルヴァはその場を離れた。




しばらく市場を歩いた後に、アルスはシルヴァに問いかける。


『それで?なぜわざわざあの店を選んだのじゃ?』

「大した理由じゃないよ。新しい街で純人種と出会ったら声をかけるようにしてるだけ。」

『ほう。』

「純人種はどちらかと言えば弱い種族だから、基本的に助け合いの精神が強いんだ。特に、純人種の数が少ない場所だと顕著だね。新しい街だとコネクションとか何も無いから積極的に関係を作っていかないと。」

『意外と考えておるんじゃな。』

「当然。僕は頭が良い方じゃないけど・・・いや、だからこそ思考は重要だからね。」


話しながらも、シルヴァは周囲の確認を怠らない。

周囲の人々の会話を拾い、情報を集める。当然ながら違う言語で行われる会話もあるが、シルヴァはそのほとんどを理解出来る。

その様子を、アルスは感心したように眺める。


『なるほどのぅ。お主はなかなか努力家のようじゃな。』

「生きるために必要な行為を努力と言うのならそうかもね。」

『謙虚じゃな。嫌味な程に。』

「うぐ・・・そうだね、今のはただありがとうって言うべきだったよ。」


苦笑いするシルヴァ。


「どうも、褒め言葉への返答が苦手でさ。」

『はっはっは、まあ気持ちが分からんでもないがの。大抵の事はありがとうと言っておけば良い。』

「・・・引きこもりに常識を説かれちゃうとはなぁ。」

『そ、それはいくらなんでも失礼じゃろ!』

「あはは、ごめんごめん。」


非難がましい声を上げるアルスに、シルヴァは笑いながら謝る。


『・・・まあ良いわ。それで、何か分かったことはあるかの?』

「うーん、そうだね。・・・聞こえてきた情報を整理すると。この街の戦士団である『千の蹄』は、既に例の化け物への対処を始めているらしいよ。」

『ほう。会話を拾うだけでわかったということは、既に噂になっているのか?』

「というより、人々を安心させる為に情報を公開したみたいだね。ただ、どうも戦況は思わしくない感じだね。」

『戦況、とは随分大袈裟じゃな。』


アルスの言葉を、シルヴァは首を振って否定する。


「それがそう大袈裟でもないみたいなんだよね。今、『千の蹄』は構成員の大部分をその化け物に対する防衛線の維持に割いてるんだってさ。それで『千の蹄』の本拠地はもうほとんど戦争ってくらい物々しい雰囲気になってるらしい。」

『なるほど、それならば戦況という言葉もまた大袈裟では無いかもしれぬな。』

「でも、戦士の技量はともかく武装が足りてないらしくて、防衛線はじりじりと街に近づいているんだって。」

『それは・・・思ったよりも深刻な状況のようじゃな。』

「だね。それに、『千の蹄』には上位種の蛇神種ナーガの戦士がいるらしいんだけど・・・今は別件で街を離れてるんだってさ。とはいえ、その仕事が終わったら転移ですぐ戻って来られるから防衛線はそれまで耐えることが目的みたいだね。」

『・・・随分と細かいところまで解るのじゃな。』

「聞き取った情報から総合的に推測してそれっぽくまとめただけだから、あまり精度は期待しないでね。」


シルヴァはそう言うと、食べ終えた魚の串を捨てた。


「さて、情報収集と食事は終わり。次は・・・『千の蹄』に顔を出そうか。思ったよりも切迫した状況みたいだし、鉱石とかの納品は早い方が良いでしょ。」

『むぅ・・・あの荒くれ共の所か。我はどうもあのような野蛮な輩は好かんのう。』

「嫌ならもちろん帰っても良いけど・・・ただ、アルスの記憶がどのくらい昔のものかわからないからね。今の戦士団を見てみても良いんじゃないかな?」

『それは・・・そう、かもしれぬな。』

「あとはまあ、もしかしたらアルスの知識があった方が助かるかもしれないし。」

『我の知識じゃと?シルヴァ、お主は『千の蹄』に何をしに行くつもりなのじゃ?』


アルスの問いに、シルヴァは楽しそうな笑みを浮かべながら答える。


「きまってるじゃん。薬を売りに行くんだよ。忘れてるかも知れないけど、僕は薬師だからね。」

『・・・ふっ、まあ面白そうなら協力してやろう。』

「さっすがアルス、話がわかる。」


そうして薬師と錬金術師は、己の好奇心を満たすために次の目的地へと向かった。

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