異形の街 06
幽霊屋敷の呼び声高いバレーナのその貸家には、数十年ぶりに良い香りが漂っていた。
『ほほう、なかなか手際が良いのう。』
「薬師だからね。そりゃあ料理の腕前も多少は自信があるよ。」
『それは関係あるのか・・・?』
「食事療法は治療の基本だよ。」
シルヴァが作っているのは、猪肉の香草焼きである。
香草は、シルヴァがもともと持っていたものであり、乾燥させたものではあるがかなり高価な逸品である。
「その体だと汁物とか食べにくいんじゃない?」
『そうでも無いのう。道具くらいは手足など使わずとも操れる。ほれ、見てみい。』
アルスはキッチンの隅に置いてあったスプーンとフォークをしっぽで指し示す。
そして、シルヴァがそこに視線を向けたことを確認し・・・
『ほいっ。』
「おおー、食器がひとりでに動いてるね。しかも、かなり自然で滑らかだ。」
『不可視の腕という物体操作魔法じゃ。我は大錬金術師じゃからこのくらい余裕じゃな。』
「錬金術師と物体操作魔法にどんな関係があるのかわかんないけど、凄いのは確かだね。」
『ふふん、もっと褒めよ。』
シルヴァの言葉に得意になったのか、アルスはさらにたくさんの食器を動かす。
危なっかしい雰囲気ではあるが、それぞれが完璧に制御されており、音一つ立てていない。
その事にもう一度感心しつつ、シルヴァは料理に戻る。
「・・・で、後は強火で表面を・・・って、まずい、魔道具のチャージが無くなりそうだ。」
仕上げに入ろうとしたシルヴァだったが、料理に使っていた魔道具が途端に熱量を弱める。
この魔道具は、一方向に自在に熱を発することが出来るもので、安全で利便性が高い。
しかし、当然ながら使用には魔力が必須であり、前もって充填していた魔力が切れかかっているのである。
『まったく、準備不足じゃのう。』
「う、うるさいなぁ。普段は普通に焚き火でやってるんだよ。」
『仕方ない、今回だけは我が手伝ってやろう。ほれ。』
やれやれ、とでも言いたげな表情を浮かべながら、アルスは魔道具へと近づき、短い手・・・というより前足を魔道具にかざした。
『終わったぞ。満タンじゃ。』
「満・・・たん?」
『・・・ああそうか、伝わらんか。時の流れってやつかのう。ともかく、いっぱいになったという意味じゃ』
「え、もう?凄いね、ありがとう。」
シルヴァは聞きなれない言葉が少し引っかかったがそれ以上にアルスの魔力適性の高さに驚く。
『これでも我は全ての上位元素の適性を持っておるからの。法力と霊力の適性は僅かなもんじゃが。』
「へぇ、そうなんだ。でもそれならわざわざ錬金術師にならなくても色んな道があったんじゃないの?いや、錬金術師が悪いってことはもちろん無いけど。」
錬金術師は、足りない力を知識と技術で補うことを基本とする職である。
強力な力を持つものであれば、錬金術というシステムを利用しなくとも、力ずくで物質を変化させたりすることができるからだ。
『探究心は、生まれ持った才とは無関係じゃからの。仮に我が上位種に生まれていようとも、恐らく今と同じく錬金術師の道を選んだじゃろうな。』
「・・・ああ、あくまで目的は真理の探究だもんね。錬金術はあくまで手段というか技術のひとつでしかないわけだ。」
『理解が早くて助かる。錬金術は、世界のシステムを利用する技術じゃ。物理法則とは別種の、この世界独自のシステムじゃがな。それを研究すれば、自ずと世界の仕組みも知ることができるという訳じゃな。』
「『この世界』独自のシステム、ねぇ・・・。興味深い言い方をするなぁ。」
『ほほぅ?そういうお主も、色々情報をもってるようじゃな?また腰を据えて話したいものじゃ。』
「僕が自分で調べた訳じゃない、受け売りの知識で良ければね。・・・よし、完成!」
アルスの協力もあり、無事に料理が完成する。
猪肉に本来ある臭みは香草で打ち消されており、芳ばしい香りが家中に広がっていく。
『おお、良い匂いじゃのう!』
「ふふん、でしょ?じゃあ切り分けるから、ちょっと待っててね。」
『うむ、苦しゅうないぞ。』
「言いたいだけじゃないのそれ?」
シルヴァは笑いながら、用意していたナイフで肉を食べやすいサイズに切る。
「あ、丸かじりしたかった?」
『獣扱いするでない。ちゃんとナイフとフォークが使えることはさっき見せたじゃろうが。』
「あはは、そうだったね。・・・はい、アルスの分。」
切り分けた肉を皿にのせて、シルヴァはリビングに戻る。
ちなみに、十分な広さがあったはずのその部屋は持ち込んだ器材のせいで、歩くのすら難儀する程になっている。
「じゃあ、食べようか。」
『お主のお手並み、拝見と行こうかの。』
「何年かぶりの食事としては、刺激が強すぎるかもね。」
『自信満々じゃな。期待させて貰おうかの。』
アルスは不可視の腕で器用に食器を操ると、一口大に肉を切る。
そして、熱々のそれを口に運んだ。
『っ、美味い!』
口に入れた瞬間、驚きの声を上げるアルス。
「ふふん、当然でしょ?凄くいい肉って訳じゃないけど、使ってる香草は結構な高級品だし、火加減だって気を使ってる。まあ、下味とかにあんまり時間かけてないから完璧じゃないけど。」
『いや、正直に言えば舐めておったわ。硬すぎず、塩味も強すぎずそれでいて味気ない訳でもない。ただ肉を焼くだけでこれだけできるのじゃな。』
「薬師だからって、薬膳しか作れないってことはないからね。」
シルヴァは得意気である。
そして彼も肉を食べ、自らの料理の出来に満足そうに頷く。
「うん、悪くない。やっぱり肉料理は比較的簡単で良いね。」
『普段からやっておるのか?』
「そりゃあ一人旅だからね。普通の魔獣だったら血抜きから解体まで一応できるよ。素材はそのまま料理に使ったり、旅に出てすぐの時はそれを売って日銭をかせいだりしたもんだよ。」
『ほほう、大したもんじゃな。我は食肉加工はできんからのう。実験用に素材を処理したりはするが。』
「へぇ、実験用の処理か。今度見せてよ。・・・ところで、アルスはお肉それで足りる?」
『問題ない。さっきも言ったが、我は元々食事を必要とせん。ただの娯楽じゃからな。味が分かるだけあれば良い。』
そう言いながら、ちまちまと少しづつ肉を食べていくアルス。小柄なキメラの口に合わせたサイズに切っているため、一度に食べられる量が少ないのだ。
しかし、量が関係ないアルスからすればむしろその方が都合がいい。
「そっか。そういうことなら今後もアルスの分も一緒に作っても良いね。負担にはならないし。」
『おお、それはありがたいのう。いらぬとはいえ、久しぶりの食事はやはり良い物じゃったからな。』
「あはは、口にあったみたいで良かったよ。ちなみにアルスは嫌いな食べ物とかある?」
『・・・流石に覚えておらんのぅ。まあ、多分なんでも大丈夫じゃろ。』
「自分のことなのに曖昧だなぁ。」
シルヴァは思わず小さく笑う。
そしてしばし、談笑しながら食事を続ける。
「そういえば、このお肉を買った露店で興味深い話を聞いたんだけどさ。」
『ふむ、聞こうか。』
「どうも最近、バレーナの近くに危険な魔獣・・・みたいな物が現れたんだって。見た目がどんな魔獣とも違うからただ『化け物』って呼ばれてるらしいけど。」
『ほほう?それはどんな外見なんじゃ?』
「聞いた話だと、適当な生き物を繋ぎ合わせたみたいだってさ。」
シルヴァの説明に、アルスは食事の手を止めて考える。
『ふむ・・・複数の異なる生物を組み合わせるのはキメラ作製の基本じゃが。キメラは最終的にはひとつの生物として完成させるのが目的故に、そこまで歪な見た目にはならん。この【トウテツ】のようにな。』
「ああ、確かに少し不気味ではあるけど・・・生物としては割と常識的な見た目だよね。」
『となれば考えられるのは研究中のキメラが脱走したか・・・何らかの上位元素の影響で変異した魔獣かのどちらかかのう。少なくとも悪意のある錬金術師が放ったわけでは無いと思うぞ。』
「へえ・・・その根拠は?」
アルスはシルヴァの問いに笑いを返す。
『はっはっは、主とて研究を行う身なら分かるであろう?好き好んで失敗作を他人に見せることはせんわ。』
「あー・・・まあ、その気持ちは分かるけど。」
シルヴァも苦笑を返す。
『まあ、人伝に聞いただけの話ではこの程度の推測しかできんのぅ。ただ、もしも失敗作のキメラであれば・・・我が
「そうなの?」
『歪な存在として生きるのは、苦痛じゃろうからな。その程度の倫理観くらいはある。』
「キメラ作ってる時点で倫理観も何も無いと思うけどね。」
『くくっ、偽善だと思うか?・・・少なくとも、我はしょうもない偽善だとは思ってる。それでも、偽善すらやらなくなったらいよいよ外道じゃろう。』
そういうと、アルスは話は終わりと言わんばかり食事を再開する。
シルヴァも、追求することはせずにその話はそこで終わりとなった。
食事を終え、シルヴァは食器を片付ける。
『なかなかのものであった。褒めて遣わす』
「勿体ないお言葉ですよ、アルス様。」
冗談混じりに大袈裟なやり取りをして、二人で笑う。
『人との会話も、たまには良いものじゃのう。』
「あれ、でも元々の霊体の状態でも、他の人からは見えてたんだよね?初めてあった時も、『目の前で脅かしても』、とか言ってたし。」
『それはそうじゃがのう。脅かしてたのは追い出すためじゃし、仲良く会話なんて頭にも浮かばなかったわ。』
「ああ、そういうことか。良く無理やり祓われなかったね。」
『はっ、そうそう簡単にやられはせぬわ。』
アルスは自慢げにそう言ってみせる。
「あんまり褒めてないんだけどなぁ。・・・さて、片付け終わり!」
『うむ、ご苦労。・・・ああ、この家には風呂があるから入りたければ使って良いぞ。水も引いているしの。』
「あれ、そうなの?そんな情報なかったからお風呂は諦めてたんだけど。」
『地下にあるからの。勝手には入れんさ。ほれ、ついてこい』
「あ、ごめん申し出はありがたいんだけど・・・お風呂入る前にやりたいことがあるんだ。」
シルヴァの言葉に、アルスは首を傾げる。
『そうなのか?もう日も落ちているが・・・』
「いやほら、わざわざ鮮度の良い素材を高いお金を払って買ったからね。それを使っていくつか試したいことがあるんだ。」
『ふむ・・・それはわかるが、今から始めたらすぐには終わらんじゃろう。お主は純人種じゃし、上位元素による強化も受けておらぬから、あまり遅くまで起きてるのは大変じゃないかのう。』
「大丈夫大丈夫、今日やりたいことはすぐに終わるよ。・・・ていうか、アルスは上位元素による生体強化も知ってるんだ。」
『当たり前じゃろうが。・・・まあ、お主が大丈夫というなら好きにするが良い。そうじゃな、食事の礼として、風呂は用意しておいてやろう。』
「あ、ほんと?ありがとう。じゃあ僕は早速始めさせてもらうね。」
シルヴァは礼を言って、倉庫に向かう。
そしてその後ろを、アルスが着いていく。
「・・・あの、アルス?」
『心配せずとも風呂の用意は進めておる。ここは我の工房じゃぞ?わざわざ近くまで行かずともその程度の操作はできるわ。』
「そ、そうなんだ。いや、別に急かした訳じゃないんだけど。・・・まあいいや、せっかくだしアルスにも見せてあげるよ。意見も聞かせてくれたらありがたいかも。」
『任せるがよい。それに我もこれらの器材をどう使うかは気になっておるしな。』
しげしげと器材を眺めるアルス。
その様子かどこかおかしく、シルヴァは笑いを零す。
「あはは、初めてこれを見た時の僕と同じような反応してるなぁ。・・・さて、それじゃあ始めようか。」
シルヴァは倉庫から素材を持ち出して、器材のひとつにのせる。
「さて、じゃあ実験と行きますか!」
そしてシルヴァは笑った。
今までの穏やかで気の抜けた笑みではなく、怪しく、妖しい危険な笑みを浮かべて。
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