異形の街 13

『千の蹄』の、屋外訓練場。

訓練兵から正規兵まで、多くの戦闘員が同時に鍛錬や連携の練習ができるようにかなり広い範囲まで整備されている。


その訓練場の一角。

余計なものなど何も無い、ただ戦うための空間。


そこで、アリアとシルヴァは向かい合っていた。

アリアは鎧を着込み、馬の体を含めても体長の二倍以上の長さのランスを携え戦闘準備を整えている。

対して、シルヴァは右腕に黒いトンファーを持っている以外は先程と変わらない姿だ。


シルヴァはアリアを見て感心の息を吐く。


「おー・・・そんなに重そうな武器と鎧でも戦えるなんて凄いね。僕じゃあ動けなくなっちゃうよ」

「そういうあなたは、随分と軽装ですね。もちろん寸止めはするつもりですが、勢いあまって当たってしまうかも知れませんよ?もしそうなれば、貧弱な純人種のあなたでは無事では済まないでしょうね。」


そう挑発的に言い放つアリア。

その後方では、デュラスが頭痛を堪えるように額に手を当てていた。

更にその隣にはシャイナに抱えられたアルスと、娘を見守るようにその傍に立つリクシィ。


「・・・ていうか、アルスはいつまでそこにいるの?みんなアリアさんサイドにいて寂しいなぁ。」

『本当にそう思うのなら、お主が我を助ければいいじゃろうが。』

「いやー、そんなに楽しそうな女の子から笑顔を奪うようなこと、僕にはとてもとても・・・」


わざとらしくヘラヘラとそういうシルヴァ。


そして、挑発を完全に無視された形になったアリアは、額に血管を浮かばせながら頬をひきつらせる。


「ど、どこまでもバカにしてくれますね・・・!」

「あ、いや、本当にそういうつもりは無いんだけど・・・っていうか、僕アリアさんに何かしたっけ?」

「いえ、あなたは私に何もしてません。それは確かです。」

「えぇ・・・」


妙にハッキリと言い切るアリアにシルヴァは困惑するが、追求しても答えは帰ってこないと判断した。

そして、一度握った旋棍を回転させて構えをとる。


「ま、まあとりあえず・・・始めようか。」

「ええ、望むところです。では、ルールはどうしますか?」

「え、ルール?」


アリアの言葉に、シルヴァは予想外という表情を浮かべる。

そして少し考えたあと、頬をかく。


「あー・・・まあ、アリアさんが満足するまででいいよ。薬の効果を見せるためだし。ああ、もちろん僕は攻撃当てないからそこは安心してくれていいよ。」

「え、いや、そんなに大雑把な・・・」

「あはは、最初は魔獣相手でやろうと思ってたからあんまり考えて無かったんだよね。」


苦笑するシルヴァ。


「基本的に、魔獣なんてルール無用だからね。でも確かに、試合って形式をとる以上は基準は必要か。・・・デュラスさん、訓練する上での基本のルールとかあります?」

「普段は木剣などを使っていますので、有効打を入れた時点で終了にする場合と、戦闘不能まで続行する場合の2通りのルールで行っています。」

「け、けっこうハードにやってますね・・・」


木剣は刃物よりは安全だが、鈍器として見れば十分に凶器である。強靭な肉体を持つ者達でなければ、大怪我を負うことは必然だ。


引き気味に呟くシルヴァを、アリアが小馬鹿にしたように笑う。


「おや、怖気付いたのですか?」

「いやちょっと引いただけ。怪我人というか、死人でてないのそれ?」

「私たち、『千の蹄』の戦士はそんなにやわではありませんよ。」

「逞しいなぁ。・・・っていうか、いつもがそのルールなら、もしかして寸止めだとやりにくい?」

「え?ま、まあ確かに、あまり経験はありませんが・・・」

「やっぱり?じゃあ、寸止めしなくていいよ。普通に当てるつもりでやってくれれば。」


あっけらかんとそういうシルヴァに、アリアはもはや怒りを通り越して呆れた表情を浮かべる。


「はぁ・・・あなたは、一体どれだけ自分の腕に自信があるのですか?私はまだ若輩者ですが、それでもこれまでに様々な強者を見てきました。ですから、立ち居振る舞いからある程度は相手の強さはある程度わかります。」

「おー、凄いね。僕はそういうの全然わからないからなぁ。」

「・・・そ、その上で言えば、あなたはどう贔屓目に見ても強いとは思えません。ある程度武術を修めてはいるようですが、だからこそ拙さが目立つ。 」

「あはは、確かにそうかもね。うん、アリアさんの見立ては正しいと思うよ。だけど・・・」


シルヴァは楽しそうに笑うと、懐から一つの薬を取り出す。

そして、一切の迷いもなくそれを服用した。


「だからこそ、その僕が君に勝てたら、これ以上無い効果の証明でしょ?」

「それは・・・そうかもしれませんが。そのような怪しげな薬ひとつでそこまで劇的な効果が得られるとは思いませんね。」

「その疑いや疑問を解消するための実演だよ。・・・ま、これ以上言葉で説明しても仕方ないかな。」


シルヴァはそう言って、旋棍を構えたまま笑う。


「ここまで来たら、見せた方が早い。そうすればきっと分かってくれると思うよ。僕が君を舐めてるわけでも、自分の力を過信してるわけでも無いことを。」

「・・・良いでしょう。ルールなど、必要ないと言うのなら実戦同様にやらせていただきます。」

「そう来なくちゃ。じゃ、行くよ!」

「ええ、受けてたちま・・・っ!?」


シルヴァの言葉に、アリアが槍を構えようとしたその瞬間。

信じられない光景が彼女の目に映っていた。


「はぁっ!」

「くっ!?」


確かに一瞬前までは十数歩先の位置にいたシルヴァが、気がついた時には目の前で右手の旋棍を振るっていたのだ。


アリアは、何とか槍を合わせてその攻撃を弾く。


「お、凄いね。完全に不意を突いたと思ったんだけど。」

「な、何をしたのですか・・・!?」

「普通に近づいて攻撃しただけ。多分、はたから見たら僕の動きなんて全然早くなかったと思うよ?そうでしょ、アルス。」


シルヴァに話を振られたアルスは、戸惑いながらも頷く。


『う、うむ、そうじゃな。シルヴァが早かったというより、その娘の反応が妙に遅かったような・・・』


アルスもまた、目の前で怒ったことの不自然さに困惑していた。

シルヴァの動きは、確かに無駄のない素早い動きではあったが、それでも動き出しから攻撃までに短くない間があった。

にも関わらず、アリアは全く反応出来ていない。


「普段なら、このまま連撃なんだけど・・・多分それだと薬の効果がよく分からないままだと思うし。次は、アリアさんからどうぞ。」


そしてまた、シルヴァは距離をとる。

その動きにも、アリアは反応できなかった。


少女の頬を冷や汗が伝う。

心の奥底に僅かに湧いた恐怖を誤魔化すように、アリアは表情を引き締める。


「っ・・・なるほど、大きな口を叩くだけはあるようですね。」

「アリアさんって意外と荒っぽい言葉使うよね。騎士っぽい雰囲気してるのに。」

「う、うるさいですね!その減らず口、後悔させてあげます!」


アリアは槍を構えると、真っ直ぐシルヴァに突進する。

もはや寸止めなど微塵も考えていない全身を使った勢いのある攻撃だ。

当たれば、強力な魔獣であっても無視できないダメージを与えるであろうことは間違いない。

しかし。


「さすがに、一体一の勝負でその攻撃は当たらないよ。」

「っ、もちろん、これだけではありませんよ!」


アリアが突進を始めた時には、シルヴァは既に直線上から退避していた。

そしてアリアも、その単純な突進が当たるなど初めから思っていない。


シルヴァの横を通り過ぎざま、槍を地面に突き立て土を掘り起こす。そして、それをシルヴァに向けて飛ばした。目くらましである。

そしてそのまま急旋回。後方から攻撃を重ねる算段だ。


「っ、良いね、その手段を選ばない感じ!」

「その余裕、いつまで持つか見物ですね!」


飛んできた砂礫を、シルヴァは最低限の動きで処理する。当たったところでダメージはないが、感覚器官を遮られて情報が減っては致命的だ。

アリアからは決して目を離さず、旋棍を回転させて砂礫を弾く。そしてそのままアリアの攻撃を体捌きのみでかわした。


泥臭さを感じさせるアリアの戦術に、シルヴァは更に楽しそうに笑う。

対するアリアは、対照的に険しい表情である。


「くっ、ちょこまかと・・・!」

「槍でその連撃は凄いね。でも、ちょっと素直すぎるかな。」


アリアの連撃は凄まじい。

急所だけでなく、動かしにくい体幹付近や、逆に意識から遠い体の末端などを不規則に突いている。

全てが全て致命の威力という訳では無いが、その分速度と精度はかなり高いものになっている。しかし、それでもシルヴァには当たらない。


「攻撃する前に、視線がそこに向いてるから予測がしやすい。基本に忠実で良いと思うけど、対人戦では可能な限り相手に与える情報は少なくした方がいいよ。」

「ご高説、痛み入ります、よ!」


緩急をつけ、時には槍を回転させ、果てには持ち手を変えて間合いも変化させる。

離れて見ているアルスやシャイナには変幻自在の攻撃にしか見えないが、シルヴァには当たる気配すらない。


『ふむ、確かに自信を見せていただけはあるのう。もっとも、我からしたらあやつの元の戦闘力を知らぬからあれが薬の効果と言われてもピンと来ないんじゃがな。』

「シルヴァもアリアもすごーい!ねえねえおかーさん、わたしもやりたい!」

『ちょっ、力を入れるでない!し、締まる締まる・・・』


二人の戦闘を見て昂ったのか、シャイナが興奮気味に言う。


「そうねぇ。私も少し、昔を思い出して身体が疼くけれど・・・彼とは、戦場では戦いたくないわね。」

「え、どーして?」

「試合ならともかく、殺し合いなら勝てるか怪しいから、かしらね。私は戦うことそのものよりも、勝つのが好きなだけだもの。」


リクシィの言葉に、デュラスは驚きをあらわにする。


「君をして、そこまで言わしめるのか?昔は蛇神種を相手にしても、負ける気は無いと言っていたじゃないか。」

「強力な種族、と言うだけなら長い戦争の歴史の中で研究されつくしているものよ。でも彼はそうじゃない。まずそもそも、純人種という種族が色々な戦闘スタイルを持っているから対策が難しいのよ。」


純人種は肉体的には脆弱だが、上位元素に対する適性は幅広くまたその適性の高さも個人差が大きい。

故に、外見から戦闘情報を得ることが難しい。


「それに、これは私の推測だけれど・・・彼は、切り札と呼べる攻撃手段を多数持っているわね。恐らく、一つ一つが致死の威力を持った物を。」

『ほう、その根拠は?』

「勘よ。」

『そ、そうか。』

「あら、戦士の勘というものは、馬鹿にできたものじゃないわよ?」


その会話の間も、アリアの怒涛の連撃は続いていた。

しかし、いくら体力に秀でた人馬種と言えどその攻撃は長続きするものでは無い。


呼吸が乱れ、アリアの突きの精度が落ちたその一瞬。

シルヴァは槍の側面に旋棍を滑らせるようにして起動を逸らす。


「なっ・・・!」

「ふっ!」


アリアは力の方向をずらされ、勢い余ってたたらを踏む。

そしてシルヴァは、その隙を見逃さない。


迷いなく一歩踏み込み、懐に入り込む。

そのままシルヴァは体を旋回させ、手に持ったトンファーを振るった。


「っ・・・!」


眼前に迫る旋棍に、アリアは思わず目を瞑る。

しかし、予想していた衝撃はいつまで経っても襲っては来なかった。


「・・・?」

「だめだよ、戦いの最中に目を閉じちゃ。戦士なら、死ぬその瞬間まで活路を探すのをやめちゃいけない。」


旋棍は、アリアに当たる直前で止められていた。


完全に手玉に取られたことを理解し、アリアは憎々しげに表情を歪める。


「・・・なぜ、止めたのですか。寸止めはしないことになったでしょう?」

「アリアさんにはそう言ったけど、僕がそうするとは言ってないよ。ていうか、その辺は僕の自由だしね。」

「くっ・・・」


アリアは一度悔しそうに歯噛みすると、ゆっくりと槍を降ろす。


「・・・参りました、私の負けです。これ以上続けても、私が勝てることは無いでしょう。」

「うん、手合わせありがとうね。それで、どうかな?僕の薬の効果、分かってくれた?」

「薬の効果・・・?ああ、そういえば、確かにそんな話でしたね。忘れていました。」

「えぇ・・・」


淡々と言うアリアに、シルヴァも思わず声を漏らす。

そして、戦いが終わったことを察したアルスが、ボソリと呟く。


『薬に限らず、効果の確認には対照となるデータが必要じゃろうに。これではただ、お主が暴れただけじゃな。』

「うぐっ。」


あまりにも真っ当なアルスの意見に、シルヴァは反論できず言葉に詰まる。


「ま、まあ確かに・・・それを言われると、言葉もないんだけど。あ、じゃあ、ここの人に使ってもらおう!ほら、今自分で使ったから安全性は保証できたわけだし。」

『まあ、それができるならそれが良いじゃろうな。安全性の保証に関しては怪しいところも多いがな。』

「そこはまあ、僕を信じてもらうしかないかな。ただ、戦闘能力を向上させたいなら絶対に後悔はさせないけど。・・・ということで、デュラスさん。どなたか、実験に付き合ってくれる人はいませんかね?」


シルヴァに問われ、デュラスは少し考える。


アルスは効果がわからないと言っていたが、親の贔屓目を抜きにしてもアリアは優秀な戦士だ。その戦士をあれだけ圧倒していたのが本当に薬の効果によるものならば、その効果は絶大だろう。


アルスとシャイナによって得られる情報で、【ヌエ】への対策方法を確立できなかった場合、例の化け物と正面から戦うことになる。

今でこそ死者は出ていないが、今後もそうだとは限らない。


そう考えると、戦士たちの戦闘能力を底上げできる手段は可能な限り確保しておきたい。

武具は目処がたったが、それだけでは心もとないと思っていた所である。


「・・・そうですね。私は現役を退いて久しいですから、何人か頑丈な若い者を連れてきましょう。」

「お、ほんとですか!助かります。」

「とはいえ、今日すぐにというのは少し厳しいので・・・また後日、ということで良いでしょうか?」

「ええ、それはもちろん。えーっと、じゃあ今日のところはこの辺で失礼しましょうかね。・・・ほらアルス、帰るよ。」


シルヴァは、相変わらずシャイナに抱き抱えられているアルスを呆れたように見ながら言う。


『わかったわかった。ほれ娘、我は帰るんじゃ。そろそろ離さんか。』

「えー・・・」

『また今度会うのだから良いじゃろう。』

「うー、わかったよ・・・もふもふちゃん、またね!」

『も、もふもふちゃん・・・』


アルスはその威厳の欠けらも無い愛称に若干の不満を感じたが、そこに突っ込むとまた長くなりそうだったので言葉にはしなかった。

シャイナに開放されたアルスは、疲れた足取りでシルヴァの元に戻る。


「それじゃあ、僕達はこれで。えーっと、いつ頃ならそちらの都合がいいですかね?」

「例の廃墟の調査についてもまた詳しく話し合いたいので・・・明日また、来ていただければ。今日は突然でしたので、あまり準備ができていませんでしたから。」

「わかりました、それじゃあまた明日伺いますね。」


シルヴァは一礼すると、アルスと共にその場を去る。


緊張感の無いその後ろ姿を、アリアは最後まで恨めしげに見つめていた。

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