異形の街 14
戦士団、『千の蹄』からの帰り道。
どことなく疲れた雰囲気を漂わせるアルスを気遣うことなく、シルヴァはのんびりと話しかける。
「うーん、それにしても・・・なんで僕、アリアさんにあんなに嫌われてるんだろう。」
『やはりあれは嫌われていたのか。理由に心当たりはあるのか?』
「いや、初対面だしもちろん無いけど。でも何かしら理由があって欲しいなぁ。そうじゃなかったら、外見とか雰囲気だけで初めて会う女の子に嫌われたってことになるしそれはちょっとショックかも。」
『ほう、そんな感覚があったとは驚きじゃな。』
「僕をなんだと思ってるの?っていうか、僕はよっぽどの理由がない限りは他人から嫌われないように心掛けてるんだよ。無駄なリスクを避けるためにね。」
首にかけた
「・・・まあ、今回は流れに乗らせてもらったのも事実だからなんとも言えないけど。」
『我から見たら、ほとんど喧嘩を売ってるのと同じじゃったな。』
「うーん、否定できないなぁ。音に聞く『千の蹄』の戦士と戦ってみたかったってのも全く無いわけじゃないし。」
それに、とシルヴァは続ける。
「デュラスさんがかなり理知的だからそんなに感じなかったけど、多くの場合、国に所属していない戦士団は荒くれ者が多いんだよね。当然と言えば当然だけど。例えばアリアさんとかかなり分かりやすくその傾向があったね。」
『そうか?』
「多分、デュラスさんの影響か教育かなんかで穏やかな口調を心掛けてるだけで、本質的には強さを尊ぶタイプだね。デュラスさんに1番近いであろうアリアさんだってそうなんだから、ほかの団員の信頼を得るにはもう少し力を見せる必要があると思うよ。」
『なるほど、そういうものなのか。・・・ところで気になっておったのじゃが、何故お主はあの娘・・・アリアをさん付けしておるのじゃ?年下じゃろう。』
アルスのその問いに、シルヴァはため息混じりに答える。
「彼女はどちらかと言えば大人として見られたいみたいだったからね。それに、親御さんの前でいきなり呼び捨てはさすがに出来ないでしょ普通。シャイナみたいな天真爛漫なタイプならともかくね。僕はこれでも色々気をつかって生きてるつもりだよ。」
『俗世はなかなか面倒じゃのう。』
「・・・世捨て人ぶってるけど、アルスはなんだかんだ常識人だよね。」
先日、褒め言葉への返答を諌められたことを思い出しながらシルヴァはボソリと呟いた。
「まあ、それはいいとして。僕はこの後適当に食材を買ってから帰る予定だけど、アルスは何か食べたいものある?」
『いや、せっかくじゃが今日は遠慮しておこう。一度、保存してある記憶を確認したいからのぅ。帰ったらすぐにとりかかりたい。』
「そっか。そういうことなら、自分の分だけ用意するよ。・・・さて、一人で昼間の街を歩くのもなんだし、さっさと帰って爆弾でも作ろうかな。」
『一応言っておくが、家を壊すなよ?地下にある我の工房は強固に作ってあるが、表層の部分は普通の家と変わらんからの。』
「だいじょーぶだいじょーぶ。火薬を使う訳じゃないから、意図的に爆発させない限り暴発はしないよ。」
ひらひらと手を振りながら言うシルヴァ。
『いまいち信用ならんが・・・まあ、お主の緊張感のない立ち振る舞いに突っ込むのも今更か。』
「地味に失礼だなぁ。」
『ともかく、我は先に帰る。風呂は用意しておいてやろう。』
「うーん、優しい。」
やはり世捨て人になりきれないアルスの言葉にシルヴァは思わず笑みを零す。そして、シルヴァは食材を探しに、アルスは家への道を歩いていった。
シルヴァが家に戻ったのは、少し日も傾き始めた夕方だった。
彼はその手に、道中で買ったであろう大きな肉と、何か重いものが入っているような丈夫な袋を持っていた。
「ただいまー。・・・って、ほんとにいないや。」
シルヴァは荷物を置くと、大きく伸びをする。
「ふー・・・疲れた。さて、アルスが忘れてなければ、お風呂が用意できてるはずだけど・・・」
風呂場を確認すると、既に湯船には湯が用意されていた。温度も適温である。
「・・・マメだなぁ。まあ、有難く入らせてもらおっと。っと、その前に・・・」
シルヴァは一度立ち止まり、目を閉じる。
そしてしばらく無言で周囲の音や振動、匂いを確認する。
「流石に家の中だし大丈夫そうかな。うん、擬似悪魔化だけ持っていこう。」
得た情報から、近辺に大きな危険はないと判断して、シルヴァはカプセル剤の入ったケースだけ持って今度こそ汗を流しに風呂へと向かった。
約一時間後。心ゆくまで休息したシルヴァは、昨日と同様に器材の前に立っていた。
しかし、その手にあるのはマンティコアの体でも毒でもなく、先程持ってきていた丈夫な袋である。
「よいっしょっと。さーて、爆弾を作りますかね。本当は爆薬ありの炸裂弾も作りたいんだけど・・・アルスにああいった手前、今日のところは我慢しよっと。」
シルヴァは袋から、細い針のような物を取り出す。
希少素材の一種、
血吸薔薇は、その名の通り生物から血を吸って成長する魔獣に近い植物だ。
とはいえ、自分で動くことは出来ないため基本的には香りにつられてやってきた動物から血を吸うことになる。
茎に生える針もまた積極的な攻撃に使われるよりも、通常の薔薇と同様に身を守るために存在している部分が大きい。
しかし、希少素材とされるだけあり当然通常の薔薇の針とは違う特徴がある。
「えーっと、確かマンティコアの血はこの辺に・・・あったあった。」
ゴソゴソと倉庫を探り、シルヴァは巨大な瓶に入った紫がかった液体を持ち出す。
マンティコアの血液である。
色は毒々しいが、血液自体にはなんの毒性もない、至って普通の血液だ。
シルヴァは血吸薔薇の針を小瓶に入れ、そこにマンティコアの血液を数滴流し込み蓋をする。
ゆっくりと瓶の壁面を伝っていく血液。それが一本の針に触れた瞬間。
ポポンッ!
軽い破裂音と共に、全ての針がその長さを増し、元の倍以上の長さになった。
「うーん、何度見てもおもしろいなぁこれ。」
自ら動けない血吸薔薇は、獲物を逃がさないように、針に血が触れた時にその針が硬さと長さを増す特性がある。
これにより、近付いた獲物を貫きその血を吸うのだ。
ただし、針そのものには血を吸う機能はない。これはより強度を増すためであると考えられている。
「さてさて、次は・・・」
そのままシルヴァは、様々な素材を取り出し作業を進めていく。
鼻歌交じりに手を動かすその顔には、少年のような笑みが浮かんでいた。
そしてバレーナのその幽霊屋敷には、その日夜遅くまで灯りが灯り続けていた。
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