異形の街 15

シルヴァが爆弾作成を始めた同じ頃。


ある暗いの森の中で、蠢く影があった。


「ウルルルルルルゥ・・・」


その影から、どこか狼の唸り声のようにも、風きり音にも聞こえる音が響く。

その音を聞いた命あるもの達は、我先にと逃げ出していく。


「ウァ・・・ルァァアア・・・!!」


その影は動き回る動物を追いかけようとしたが、木漏れ日を嫌うように身を翻す。


そして、瞬く間にその場に残るのはその影だけとなる。


「ルルァァ・・・」


どこか悲しげな響の音と共に、影は動きを止める。


足を踏み出そうとするが、風で揺れた木から光が揺れるのが恐ろしいのか結局動けない。


そして影は、森の奥に視線を向ける。


木々に遮られた薄暗く鬱蒼としたその森では、何も視界には映らない。そのはずだ。


しかし、その影の目には確かに映っていた。


森の先の荒野で、三つの頭を持つ異形の怪物がたった1匹で歩いている姿が。






「・・・・イナ。シャイナ!どうしたんですか、ぼーっとして。」

「あれ・・・アリア・・・?」


肩を揺さぶられて、少女は我に返る。

そして、どこか焦点の合わない目で辺りを見渡す。


「ここ、は・・・?」

「何を言ってるんですか。さっきからずっと、私の部屋にいるではないですか。」


アリアは少し呆れた様子だったが、直後にハッとする。


「もしかして・・・何か、見えた・・・のですか?」


万象既知。シャイナがその名で知られる権能を持つことはアリアも知っていたが、実際に彼女がその力を発揮した瞬間を見たことは無い。


本来であれば、ありとあらゆる知識を意のままに得ることのできる権能だが、シャイナはまだ未熟だからか断片的な情景を『見る』ことしかできない、とアリアは聞いていた。


「シャイナがどのように場所も時間も違う情景を見るのかは知りませんでしたが・・・思考が上塗りされるようなものなのでしょうか?」

「んー、よくわかんないけど・・・」


未だに焦点の合わない瞳で、シャイナは首を傾げる。


「いまのは、誰かの『思い出』じゃないような気がする・・・かも?」


抽象的なシャイナの言葉に、更にアリアは混乱する。

彼女は、どうにも会話が噛み合っていないようかもどかしい感覚に襲われながらも、どうにか理解しようと質問を続ける。


「と、とにかく、何が見えたのか教えて貰えますか?私もある程度は【ヌエ】の情報を持っていますから、何かわかることがあるかも知れません。」

「うん・・・えっとね・・・」


アリアに促され、シャイナはゆっくりと話し始める。

アリアは何度か聞き返しながら、少しずつ話をまとめていった。




数十分の時間を要しながらも、アリアはなんとかシャイナが見た情景を理解した。


「なるほど・・・」


小さくつぶやき、アリアは情報を整理する。


シャイナが見た情景の場所は間違いなくバレーナ近郊。時期も恐らく最近か、あるいは現在。

【ヌエ】が目撃され始めた時期や、動物や森の木々の様子を聞く限り、少なくとも一月以上前ということは無い。


シャイナが最後に見たという3頭の魔獣は十中八九【ヌエ】とみていい。

バレーナ近辺には多数の魔獣が生息しているが、それでも多頭のものはそういない。


問題は。


「光を嫌う魔獣・・・?いや、魔獣とは限らないのか?」


最初から最後までその情景の中心に居た、未知の存在。

地下や地中など、そもそも光が当たらない場所に住んでいるため、といった生物的な理由を除けば、光を嫌う『魔獣』は多くない。


少なくとも、アリアの知る限りバレーナの近くにはそんな魔獣はいない。


「光を嫌う・・・そんなもの、『|吸血種ヴァンパイア』位しか知らないが・・・」


ぶつぶつと口に出しながらアリアは考える。



『吸血種』。その名通り、他者から血を吸う事を行う種族・・・というより、存在の総称である。

区分としては幻妖種に含まれるが、そもそも上位元素の適性も、外見すらも一括りには出来ない特殊な種族。


その理由は、『眷属化』という特殊な方法で同族を増やすためである。


原理は不明だが、『吸血種』は対象を眷属にする意志を持って吸血する事で、どんな生物でも『吸血種』にすることが出来る。

ただし、対象が精神的に未熟であったり、そもそも知能の低い生物であった際は高確率で暴走し魔獣として処理される。

『吸血種』は総じて高い再生能力を持つため、その処理にも多大な労力がかかる。

そのため、みだりに『眷属化』によって魔獣を増やした場合、元となった『吸血種』も魔獣として討伐されることもある。


「・・・となると、何らかの魔獣が『眷属化』されて、放置されているというのが一番ありそうな線だが・・・」

「ねーねー、アリアー。そんなぶつぶつ言ってないで遊ぼうよー。シルヴァとアリアの戦い見てたら、私も戦いたくなっちゃったし・・・良いでしょー?」


時間が経ったからか、シャイナの意識は既にはっきりしており、普段通りのはつらつとした様子である。


「・・・ここで考えても、仕方ないか。」


最後にそう呟き、アリアはふっと表情を緩める。


「そうですね、私も体を動かしたいと思っていたところです。権能持ちの戦闘能力も気になりますし・・・シャイナ、手合わせ願えますか?」

「ふっふーん。負けないよ!」


シャイナはそう自信満々に言って立ち上がると、片足を上げて鋭い爪を見せる。


「おかーさんじきでんの足さばき、見せてあげるね!」

「では私は、父上仕込みの槍捌きをご覧にいれましょうか。」


アリアも立ち上がり、手袋を手に取る。


「・・・私も不完全燃焼でしたし、思い切りやらせてもらいます!」


そう言って笑うと、アリアはシャイナと共に部屋を出て屋外訓練場へと向かった。





日も傾き、赤い夕日が照らす訓練場。


千の蹄の兵達もいなくなったその場所で、アリアとシャイナは向かい合っていた。


アリアは先程と同じ槍を。シャイナは武器は持っておらず、足の先の爪を丈夫な革で作られた専用の保護具を着用している。


相手に致命的な怪我をおわせないための保護具だが、逆に言えばそれ以外はなんの遠慮もしないという意志の現れでもある。


「もうすぐ日も落ちきってしまいますし、早く始めるとしましょう。」

「うん!じゃあさっそく・・・いくよ!」


掛け声とともに地を蹴るシャイナ。


土や砂を高く巻き上げながらのその一歩で、シャイナは爆発的に加速する。


人鳥種ハーピーは空を自由に舞える代わりに、その身体は地面の上での活動に余り適していない。

そのため、戦闘も走るよりも、飛び、翔ぶ事を主軸とする。


・・・一般的なハーピーならば。


「えいっ!」


気の抜けた声とは裏腹に、空気すら切り裂くほどの勢いでシャイナの脚がアリアに迫る。


「っ、迅い!」


アリアは思わず感嘆の声を漏らしながら、槍を盾にしてその一撃を真っ向から受け止める。

避けられない訳では無かったが、その真っ直ぐな攻撃は、彼女の戦士の本能を刺激した。


鈍い音を響かせながら、シャイナの脚がアリアの槍と激突する。


「くぅっ!!」


そのあまりの衝撃に、アリアは思わず声を漏らす。

筋肉で重く、更にその場で踏ん張っていたはずのその肉体は、たった一撃で数歩分押し出されていた。


「なんという、威力・・・!」

「えへへ、まだまだいくよ!」


シャイナはその勢いのまま翼腕の先の爪を地面に突き立てると、そこを軸にして高速で両足を回転させて蹴りを放つ。


翼腕のハーピーにとって、手を地面に付けることなど容易なことではない。

しかしそれもまた、一般的なハーピーの話である。


一切のふらつきも無く、完璧な回転で最高威力での蹴り。

後方に下がれば避けられる攻撃だが、人馬種ケンタウロスであるアリアは後退が得意ではない。


シャイナがそれを理解しているかは定かでないが、その一撃はこれ以上ないほど有効であった。


「よいしょ!」

「くっ・・・」


横なぎの蹴りを槍で受け止めるが、そのあまりの重さに槍と骨が悲鳴をあげる。

単純で単調。しかし圧倒的な威力で相手をねじ伏せる戦い方。


「これが、権能持ちの戦闘能力・・・ですが、私だってやられっぱなしではないですよ!」

「えっ・・・て、うわわわ!」


回転蹴りを受け止めきったアリアは、槍を押し出しシャイナを弾き飛ばす。

そして自ら一歩距離を詰め、怒涛の連撃を繰り出す。


シルヴァとの戦いでも見せた、アリアが得意とする正確無比な刺突である。


「ふっ!!」


シャイナの攻撃力と瞬発力は驚異的だが、全ての攻撃が直線的である。


(気に入らないが・・・あの男との戦いが、役に立っていることは確かだな。)


攻撃を続けながら、アリアは頭の中でそう呟く。


視線は最もわかりやすい攻撃の前兆だ。

更に、シャイナは体毛が多いからか薄着のため、筋肉の流れも見えやすい。


シルヴァ風に言うのならば、シャイナは相手に与える情報がかなり多い。

それゆえに、素の身体能力で劣るアリアでも対等かそれ以上に抗することが出来る。


その戦い方ができるのは、シルヴァとの戦闘の経験があるからだということは、アリアにも理解出来た。感情的な部分はともかくとして。



アリアの連撃に、シャイナは思わず距離をとる。その身軽さは、ケンタウロスにはないハーピーの強みだ


「すごーい!アリア、さっきのシルヴァみたい!」

「うっ・・・微妙に嬉しくないですね」

「え?どうして?」

「それは・・・まあ、別に良いじゃないですか。」


屈託の無い笑みで賞賛するシャイナから、アリアは少し目をそらす。


「うーん?ま、いいや!そろそろ、本気でいくよ!」

「・・・まだ、本気ではなかったんですね。良いでしょう、私も出し惜しみは無しです!」


そして、シャイナとアリアは互いに再度向かい合う。


「ふっふーん、おかーさんに止められてたけど、今はいないから良いよね!れーりょくかいほー!」


シャイナが楽しそうにそう言った瞬間。凄まじい『圧』がその小さな体から放たれる。

その圧の正体は、急激に増幅した霊力だ。


「なっ・・・身体強化の霊術!?そんなものまで使えるのですか!?」

「うーん、やっぱりこれ気持ちいい!よーっし、じゃあアリア、いくよー・・・」

「ちょっ、ちょっと待ってください!さ、流石にそれは私では受け止めきれないと・・・!」


焦るアリア。


本来他者に干渉することが苦手である霊力が、距離があっても感じられる程に増幅している。

先程ですらあの威力だったものが、更に強化されたとなっては、もはやどれほどの破壊力を持つか。


下手をしなくても、大怪我では済まない。


しかし、シャイナは興奮しているのかアリアの声が届いていない。


心の底から楽しそうに、その場で飛び跳ねている。


「ひっさーつ!!」

「必殺!?」

「かぎづめキーックふぎゃん!?」


意気揚々とアリアに飛びかかろうとしたシャイナ。しかし、彼女は途中で奇妙な声と共に頭から地面に叩きつけられた。


「全くこの子は・・・シャイナ、私の許可なしで身体強化はしてはいけないといったでしょう。忘れたのかしら?」

「お、おかーさん!?なんでここにいるの!?」

「すぐに言いつけを破る困った娘を、一人で放っておくわけないじゃない。」


シャイナを叩き伏せたのは、彼女の母のリクシィであった。


「アリアちゃん、大丈夫?この子、加減を知らないから・・・」

「え、ええ。その、ありがとうございます。でも、その、リクシィさんは一体どこから?」

「上よ。」


リクシィはそう言って空を示す。


「ハーピーだもの、空を飛ぶのが基本よ。シャイナは戦いの時は余り飛びたがらないけれど、普通は地面を走ったりなんかしないわ。」

「そう、ですか。」


そういうことでは無い、とアリアは思ったが、もはや気が抜けてしまい追求するのはやめた。


「ほら、2人とも戻るわよ。・・・ああ、そうだシャイナ、今日はここに泊めてもらいなさい。私は久しぶりに夫婦で過ごすから。」

「え、いいの!?やったー!!」


興奮していた所を地面に叩きつけられて不満顔だったシャイナだが、その言葉を聞いて一気に表情を明るくする。


「デュラスはともかく、アリアちゃんに迷惑かけちゃだめよ?」

「うん!」


直前のことなど全て忘れたようにシャイナは嬉しそうに笑う。

そして、アリアに駆け寄ってその手を取る。


「じゃあさ、じゃあさ、アリア一緒にお風呂入ろうよ!」

「・・・ふふっ、分かりました。」


シャイナのその様子に、アリアもつられて笑みをこぼす。そして、なんとなく構えたままだった槍を下ろした。


「では、リクシィさん。シャイナのことはお任せ下さい。」

「ええ、よろしくね。じゃあ私は行くわね。いいこと、シャイナ?ちゃんとアリアちゃんの言うことを聞くのよ?」


それだけ言うと、リクシィは助走もなしにその場から飛び立つ。


「じゃあまた明日迎えに来るわねー。」

「はーい!」


そしてアリアとシャイナは飛び去るリクシィを見送り、2人で屋内へと戻って行く。


既に日は、完全に落ちていた。

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