異形の街 16

翌日。


シルヴァとアルスは、朝早くから千の蹄の本部を訪れていた。


外から聞こえてくる訓練の声を聞きながら、2人は応接室でデュラス達を待っていた。

アルスは普段通りの様子だが、シルヴァはどことなく眠そうである。


「あー・・・まずい、徹夜は流石にやりすぎたなぁ。爆弾作りすぎちゃったよ。」

『やはり部屋にあったあの大量の円筒状の物体は爆弾じゃったか。いくらなんでも作りすぎじゃろ。使いきれるのか?』

「いや、自分では流石にあの量は使わないよ。500個くらいあるし。」


シルヴァは大きくあくびをして体を伸ばす。


「ふわぁ~あ。ただ、旅の途中で知り合った中に、あの爆弾を結構いい値段で買ってくれる人達がいるんだよ。」

『手広くやっておるのぅ。そもそも、あの爆弾はどういうものなんじゃ?』

「ピンを引き抜くと一定時間後に血吸薔薇の針が高速で射出されるようになってるんだ。細かく区分するなら指向性の高いやつと、周囲にばらまくやつの2種類かな。今回は火薬を使用しないでマンティコアの毒の膨張作用を利用したから暴発の危険も少ないんだ。アルスも使ってみる?」

『遠慮する。・・・って出さんでいい出さんでいい。危ないからしまっておけ。』


どこからともなく例の爆弾を取り出したシルヴァから、アルスは微妙に距離をとる。


「あはは、心配しなくても勝手に起爆したりしないよ。」

『そうあって欲しいものじゃな。・・・そういえば、その血吸薔薇はどこで手に入れたのじゃ?あまり流通しているものでもないはずじゃが。』

「知り合いの『吸血種ヴァンパイア』に譲ってもらってるんだ。前に増血剤みたいな薬を作った時に色々あって知り合ったんだよ。」

『お主は妙な人脈があるんじゃな。まあ、我のような面妖な者とも友人になれるのじゃから当然と言えば当然なのかもしれぬが。』

「面妖な自覚はあったんだ。」


2人がいつも通りの取り留めのない雑談をしていると、応接室の扉が開かれデュラスが顔を出した。


「お待たせ致しました。」

「あ、おはようございます。こっちこそ朝早くから申し訳ありません。」

「いえいえ。ご覧になったと思いますが、我々も早朝から訓練をしておりますので。」


デュラスは話しながら二人の前に移動する。


「では、さっそく本題に参りましょう。」

『そうじゃな。改めて確認するが、お主らが我に求めるのは【ヌエ】と呼ぶ存在の調査、及び場合によっては討伐ということじゃったな?』

「ええ、その認識で間違いありません。」

『して、具体的に何を求める?先に言っておくが、素体となる生物が明らかになっておらぬ以上討伐に有用な情報は期待するでないぞ。』


話しながら、アルスもまた居住まいを正す。


「ええ、わかっています。もともと、最終的には私たちだけで対処する予定でしたから。」

「えーっと、じゃあ本当に念の為に調査の手伝いってことですか?その、例の廃墟を。」


シルヴァも表面上は眠気を見せずに確認する。


「ええ。現状では表面化している脅威は【ヌエ】だけですが、逆に言えば一つは未知の存在が、敵対しているのです。」

『ああ、なるほどの。初期の生命想像の研究所ということは、【ヌエ】以外にも奇っ怪な生物がいる可能性は十分にあるのう。』

「我々もそう考えています。昔からバレーナ近辺は強力な魔獣が多いですし、それらを素体としたキメラが存在する可能性は十分にあるかと。」

『・・・いや、それはないじゃろうな。基本的に、魔獣を素体としたキメラは上手くいかないんじゃ。ただでさえ上位元素無くしては生きられない存在、そこに更に外部から力を加えると大抵は拒絶反応を起こして自壊する。』


アルスは前足で顎を撫でながらそう説明する。

突然のその情報に、デュラスは目を瞬かせる。


「そう、なのですか。それは知りませんでした。」

『まあ、今どきキメラ作る者の方が少ないしのう。錬金術も廃れゆく定めなのかもしれんな。』


表情の変わらない獣の顔で、しかしどこか寂しそうにアルスはそう呟く。


『・・・少し話が逸れたかの。まあ、魔獣を素体としたキメラがいるかはともかく、専門家による調査をするのは良い事じゃろうな。昨日軽く資料を見たが、現時点では完璧な調査とは程遠いようじゃし。』

「やはりそうですか・・・」

『資料を見た限り、専門家と言っていい程度には知識がある者が調査したことはわかるが・・・そもそも錬金術に深く精通している者は、他者のために調査したりなどせんからの。知識は共有するが、それだけじゃ。』


そこまで語ると、アルスはデュラスの顔を改めて見る。


『まあ色々言ったが、正直なところ初めから、調査の依頼は受けるつもりじゃった。』

「え・・・そうなのですか?」

『少々、気になることがあっての。とはいえ、それは我の事情じゃ、気にするな。』


その言葉に、そこまで黙っていたシルヴァが口を挟む。


「事情って、昨日調べてたっていう記憶と関係あるの?」

『・・・まあ、そうじゃな。説明するのも面倒じゃし、気が向いたら話してやろう。』

「そっか、わかったよ。」


特に追求することもせず、シルヴァはまた口を閉じた。


『して、例のハーピーの娘はもう来ているのか?我も調査は出来るが、実際に過去の映像を見ることは出来んのでな。協力はあるに越したことはない。』

「わかりました、では当初の予定通り彼女にも調査に協力して貰う方向で進めます。」


デュラスはそう言うと、今度はシルヴァに視線を向ける。


「それで、彼女は今アリアと共に訓練場にいるはずです。訓練中の兵たちと一緒に。ですので、シルヴァさんさえよろしければ、例の薬の試験運用ができますよ。」

「え、良いんですか!?も、もちろん僕の方は今すぐにでも大丈夫です!」


デュラスの申し出に、シルヴァは思わず立ち上がる。


「念の為にたくさん持ってきてるんで、いくらでも試用できます!もちろん、今回はお代はいらないっていうか、むしろ報酬を出させて貰いますよ!」

『・・・そこまで熱くなると、逆に怪しくないかのう?』

「失礼だなぁ。僕は純粋に自分の技術を次の段階に進めたいだけだよ。そのために必要な投資はいくらでもするさ。」


急に元気になったシルヴァに若干引き気味になりながら、デュラスは一応確認する。


「その、念の為の確認なんですが・・・危険は無いのですよね?」

「もちろん、そこは保証します。依存性も副作用も、ないと思っていただいて結構です。」

「・・・分かりました、信じましょう。あなたが我々を騙す理由も思い至りませんし。」

「よし、じゃあ行きましょうすぐ始めましょう!」


シルヴァは荷物の中からカプセルを取り出すと、デュラスを急かす。


そしてデュラスは、シルヴァの気迫に押されるようになりながも、二人を訓練場へと案内した。





訓練場では、大勢の兵士が鍛錬に勤しんでいた。

単純な体力トレーニングから、複数人での複雑な連携まで、それぞれに必要とされている多種多様な訓練が行われている。


その中でも目を引くのが、中心で行われている実戦訓練である。

一対一の試合ではなく、乱戦を想定した最低限のルールのみの訓練。


そこでは現在、アリアが3人の半羊種サテュロスの訓練兵を同時に相手取っていた。


訓練兵はまだ若く、肉体はよく鍛えているが技術はまだ拙い。


今もアリアを取り囲んではいるが、隙を見つけられず攻めあぐねている。

そして囲まれているアリアは、何の恐れも動揺もない堂々とした姿である。


「アリア、がんばれー!」

「あ、シャイナだ。」


聞こえてきた元気の良い声にシルヴァが視線を向けると、そこではシャイナが楽しそうにアリアを応援していた。


シルヴァはシャイナに近付き、軽く挨拶する。


「やあシャイナ、おはよう。」

「あ、シルヴァ!おはよー!えへへ、シルヴァも戦いに来たの?」

「いや、僕は今日は・・・」


シャイナの問いにシルヴァが答えようとしたその時、アリアと兵士たちの戦いが動いた。


「い、行きますぜ、お嬢!」

「遠慮は不要。本気で来い。」


緊張のせいか声を震わせている兵士に、アリアは泰然と答える。

歴戦の戦士を思わせるその立ち振る舞いに、思わずシルヴァも感嘆の声を漏らす。


「おお・・・かっこいい。」

『ほう、昨日とはまた雰囲気が違う・・・というより、こちらが素かのぅ?』

「かもね。・・・うわ、やっぱり強いなぁ、アリアさん。」


シルヴァの視線の先では、アリアが囲まれた状態から1歩も動かず全ての攻撃を槍で捌いていた。


「死角からの攻撃も完璧に受け流してる。・・・何か、感覚強化の霊術でも使ってるのかな?」

『いや、見たところあれは魔法じゃな。視界拡張は霊術では不可能じゃし、そもそも霊力が放出されておらん。』

「・・・見てわかるの?」

『ある程度はな。霊力は周囲に干渉しにくいぶん感知は難しいが、まあ我くらいになれば朝飯前じゃな。』

「へえ、さすが。・・・あ、終わった。」


しばらく受けに徹していたアリアだったが、全員の攻撃が途切れた瞬間に槍を一閃。


たった1振りで、三人の訓練兵を地に叩き伏せた。


「一撃か・・・凄い威力だね。」

「アリア、すごい強いよね!きのうは少ししか戦えなかったけど、またやりたいなー」

「え、権能持ちのシャイナと戦ったの?それで大した怪我もしてないなんて・・・アリアさん、僕が思ってるよりずっと強いのかな?」


驚いたようにそういうシルヴァに、アルスは呆れ顔で呟く。


『昨日、お主と戦った時の動きを見れば、手練であるのは一目瞭然じゃったろうが。』

「いやー、他人の強さとかよくわかんないんだよね。戦士はみんな超強く見える。・・・あ、こっちみてる。」


訓練を終えたアリアが自身を見ていることに気付き、シルヴァは軽く会釈をする。

アリアは憮然とした表情を浮かべながら、小さく一礼を返すとシルヴァから視線を外しデュラスの元に向かう。


「父上、対象の兵たちの準備は完了しています。いつでも、例の薬の試験が可能です。」

「ああ、わかった。シルヴァさんもすぐ始めたいそうだし、今から始めよう。」

「わかりました。・・・ベン、ランド、テラ、準備は良いか?」


アリアの言葉を受け、3人の若いサテュロスの男が駆け足で集合する。

先程まで、アリアと戦闘訓練を行っていた訓練兵である。


身長は低いが筋肉がよく鍛えられているベン。

体は細いが、身長が高く手足の長いランド。

下半身・・・羊の部分が大きく発達しているテラ。


最初に、ベンが楽しそうに口を開く。


「もちろんですぜ、お嬢!さっきは情けねえ結果になりやしたが、ここでオメー挽回と行きやす!」


ベンの言葉にため息をつきながらランドが訂正する。


「それを言うなら名誉挽回・・・いや、貴様の場合は挽回する名誉などないから汚名返上か。」

「なんだと!?」


食ってかかるベンと、相手にしないランド。その2人の様子を、ニコニコと穏やかに笑いながらテラは無言で見ていた。


思いのほか個性の強い3人組に気圧されながら、シルヴァはデュラスに確認する。


「え、えーっと・・・この方たちが、試験に協力してくれる方たちですか?」

「はい、その通りです。3人ともまだ訓練兵ですが、将来有望な若者たちです。」

「そ、そうですか・・・と、ともかく早速始めたいんですけど・・・どういう感じでやりますか?バレーナだったら、手頃な魔物がいくらでもいると思いますし、外に行くんですか?」


問いかけるシルヴァに、デュラスは静かに首を横に振る。


「いえ。試験はここで行います。」

「え?じゃあ相手は何にするんですか?流石に、初の試験運用で普通の人相手にやるのは危険ですけど・・・」

「シルヴァさん。あなたに、彼らの相手をお願いしたいのです。先程ご覧になった通り、彼らは3人がかりでもアリアに及びません。そのアリアに勝ったあなたならば、対戦相手として最適でしょう。」

「・・・・・・え?」

「彼らは訓練兵ですので、魔獣との戦闘経験がまだほとんどありません。シルヴァさんの強化薬を疑うわけではないのですが、不安要素の多い状態では、野生の魔獣相手に薬の試験を行う訳にはいかないのです。かと言って、今は正規兵を割ける状態でもありません。」


そこで、とデュラスはシルヴァに詰め寄る。


「一定以上の戦闘力を持ち、しかしお互いに命の危険がない対戦相手。それは今、シルヴァさんしかいないのです。」

「り、理屈はわかりますけど・・・えーっと、もしかして3人全員と僕が戦う感じですか?もちろん、薬は十分にありますけど・・・あまり長時間使うと単純に僕の体力が・・・」

「もちろん、無理にとは言いませんが・・・その場合、試験運用をすぐにはできませんね。相手を探す所からになりますから」

「うっ・・・ここまでその気になってからお預けは・・・」


葛藤するシルヴァ。その様子を楽しそうに見ながらアルスが口を挟む。


『くくっ、お主、わざと応接室ではシルヴァに全てを伝えなかったな?こやつをその気にさせてから、要望を伝えるために。』

「私はただ、互いにとって最善となる選択を考えただけですよ。それに、シルヴァさんは昨日半羊種の戦士を相手にしても勝てる、と仰っていましたしね。」

『昨日の短い会話だけで、シルヴァの性質をおおよそ見抜いたか。さすがは『千の蹄』の顔役といったところか。』


しばらく頭を抱えて唸っていたシルヴァだったが、観念したように顔を上げる。


「わかりました!元々お願いしたのは僕ですし、皆さんを無駄に危険な目に合わせる訳にもいきませんし。僕でよければ、お相手しましょう!」

「ありがとうございます。・・・では、はじめましょうか。」


デュラスが頷き、3人のサテュロスは訓練場に並ぶ。3人とも、やる気に満ち溢れた表情でシルヴァを見ていた。


その様子を見て、シルヴァは若干後悔しながら、1粒目の擬似悪魔化を服用した。

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