異形の街 12

突然現れた知人に、シルヴァは驚きを隠しきれずにいた。


「デュラスさんの言っていた権能持ちの少女って、シャイナのことだったの?」

「うーん?よくわかんないけど、私が会いに来た友達はアリアだよ!」


天真爛漫なシャイナの様子に、シルヴァは苦笑いを浮かべる。


「な、なんか『万象既知』の権能持ちのイメージとはかけ離れてるけど・・・まあ、そんなものなのかな。」

『万象既知は、あくまで情報を得るだけじゃからな。完璧に覚醒したのならともかく、まだ意図的に情報を引き出せないのなら本人の知性にはそこまで影響を与えぬじゃろう。』


もっともらしく語るアルスを見て、シャイナは目を輝かせる。


「わぁー喋ってる!なにこの子、かわいい!」

『ふふん、小娘よ、よく分かってるではないか。・・・ぬ、おい、やめよ!撫で回すでない!』

「あははー!すごいモフモフ!」


アルスは無理やりシャイナを振りほどく訳にもいかず、不満を述べながらもされるがままである。

シルヴァは動けないアルスと楽しそうなシャイナを見ながら苦笑する。


「かわいいかなぁ・・・結構不気味な気がするけど。」

「えー、毛だらけでかわいいじゃん。」


そう言いながらも手をとめないシャイナを、アリアがたしなめる。


「ダメですよ、シャイナ。その子が困っているでしょう?」

「えーでも、気持ちいいよ?アリアも触ってみなよ!ほらほら!もふもふ!」

「そ、そこまで言うなら、少しだけ・・・」


シャイナに押し切られた・・・という建前で、アリアも興味津々という様子で手を伸ばす。


「わぁ・・・!ほんとにふわふわ・・・」

「でしょー!」

『もう、好きにするが良いわ・・・』


シルヴァは、諦めて脱力した様子のアルスに思わず吹き出してしまい、慌てて取り繕う。


「ぶふっ・・・こ、こほん。それにしても、シャイナはバレーナに来るのは初めてみたいだったよね?どうやってアリアさんと友達になったの?」

「最初はお手紙だったんだー。それから何度かお手紙を交換して、通信石を使ってお話ししたりして友達になったんだよ!」


通信石とは、遠方と音と映像のやり取りをすることが出来る魔導具である。

携帯できる小型の物もあるが、基本的には固定されている大型のものを使用することが多い。


「そ、そうなんだ。・・・えーっと、そもそもどうして手紙のやり取りを始めるようになったの?」


シルヴァのその疑問に、デュラスが答える。


「それについては、私から簡単にご説明しましょう。といっても、そこまで深い事情がある訳では無いのですが。」

「まあ普通に考えるなら、ご両親のどちらかの縁ってことになりますよね。」

「ええ。彼女の母、リクシィはかつてこの『千の蹄』に在籍していたのです。見合いをするということで、引退して故郷に帰りましたが。」

「ああ、なるほど・・・」

「しばらくして娘さんが産まれたという手紙が来まして、私もアリアに同年代の友人がいたら良いと思っていたので紹介したのです。」


デュラスの言葉に、アリアが頷く。


「実際に会ったのは昨日が初めてですが、交流自体はかなり昔からありました。」

「うん!ちっちゃいころから友達だよ!わたしもずーっとアリアに会いたかったんだけど、おかーさんが連れてきてくれなかったんだ。なんでなんだろう?」

「それは・・・。」


シャイナの言葉に口ごもるアリア。

そして、彼女のその疑問に答えたのは、部屋の外から聞こえてきた新たな声だった。


「かわいいひとり娘を、こんな荒くれ者たちの巣窟に近付けたくないと思うのは、当たり前の親心じゃないかしら?」

「あ、おかーさん!」


現れたのは、シャイナの母であるリクシィだった。

リクシィのその言葉にデュラスは苦笑する。


「ふっ・・・現役時代は、君がその荒くれ者の筆頭だっただろうに。」

「昔の話よ。今はお淑やかで優しい良き母ってところね。」

「自分で言うのか・・・」


旧交を温め始めた二人を見て、シルヴァは苦笑いをしながら話を軌道修正する。


「えーっと、まあまだ気になるところはありますが、好奇心の域なので一旦置いておきます。・・・それで、アルスはシャイナを見てどう思った?一緒に調査に行けそう?」

『ふむ・・・見た限り、潜在的な能力はかなり高そうじゃが。いかんせん、まだ幼いのう。たしかに、話を聞くだけで情景を見ることができたというのならば、直接現地を見ればより深くまで過去を知ることはできるじゃろうが・・・』


アルスは自分を抱きかかえたままのシャイナに視線を向ける。


『少々危険ではあるじゃろうな。』

「道中のことなら、心配は不要ですよ。我々が全力で護衛します。」

『侮るな。バレーナ近辺の魔獣など我の敵ではない。問題は、その娘がどれだけ権能を掌握できるかだ。』

「・・・といいますと?」

『その娘の許容量以上の密度の情報が流れ込んだ場合、精神汚染やそれに類する悪影響が予想される。良くて記憶障害、悪くて廃人じゃな。』


アルスの言葉に、デュラスが表情を曇らせる。


「それは・・・流石に、無視できるリスクではありませんね。何か、対処法は無いのですか?」

『まあ、その娘への情報を絞ることである程度リスクは減らせるじゃろうな。少なくとも、直接現地に行くのはやめておいた方が良い。』


と、それを聞きシルヴァが思いついたように手を叩く。


「あ、じゃあ通信石を使うのはどう?僕、どこでも使える携帯式のやつ持ってるよ。かなり音と映像の質は下がるけど。」

『ふむ、その辺が妥当な落とし所じゃろう。権能によって得られる情報も減るじゃろうが・・・まあ、我の知識で保管できると思うぞ。お主らもそれで良いな?』


アルスの確認にデュラスは頷く。


「ええ、私は異論ありません。・・・リクシィ、君はそれで良いか?アルスさんの話では、通信石を使用してもリスクはゼロでは無いそうだし、君が嫌だと言うのなら・・・」

「それを決めるのは私じゃないわね。ねえ、シャイナ。あなた、アリアの役に立ちたい?」


リクシィの問いに、シャイナは元気よく答える。


「うん!友達だもん!」

「危ないかもしれないわよ?」

「よく分からないけど大丈夫!アリアの為なら出来るよ!」

「ふふっ、流石は私の娘ね。・・・デュラス、そういうことだから、気遣いは不要よ。」


2人のやり取りを聞いたアルスは、一度頷き口を開く。


『うむ、話は決まったようじゃな。では、日取りについて決まったら連絡してくるが良い。我はいつでも構わんからな。』

「僕も、今回使う通信石はすぐ用意できるので行くとなったらすぐ行けますよ。」

『む、なんじゃ、お主もついてくる気なのか?』

「いやそりゃそうでしょ。この流れでアルスだけに任せはしないよ。錬金術師の工房・・・の、廃墟とか興味あるし、せっかくだから【ヌエ】も直接見たいしね。」


軽くそういうシルヴァに、アリアが険しい表情を浮かべる。


「・・・そのようなお遊び気分で相手できるほど、バレーナの魔獣は甘い相手ではありませんよ。もちろん、【ヌエ】も。」

「あはは、いや、もちろんわかってるよ。」

「というかそもそも、あなたは一体何者なのですか?多数の素材を納品して頂けるということでしたので、商人の方だと思っていたのですが。」

「ああ、そう言えばシャイナに驚いてちゃんと挨拶してなかったかも。僕はシルヴァ・フォーリス。旅の薬師だよ。よろしくね。」


シルヴァは笑いながら手を差し出す。

しかし、アリアはその手を取らずに軽く会釈するだけで済ませた。


「あ、あはは・・・ま、まあ僕も一人旅ができる程度には腕に覚えがあるから大丈夫だよ。少なくとも、お遊び気分ってわけじゃない。」

「・・・そうですか。」


アリアの態度に、シルヴァは苦笑を零す。

見かねてデュラスが頭を下げる。


「こら、アリア。お客人に失礼だろう。申し訳ありません、シルヴァさん。すこし気難しい年頃でして・・・」

「いえいえ、気にしないでください。・・・まあ、アルスはともかく、僕とか完全に得体の知れない存在ですからね。信用しろという方が無理な話です。人格的にはもちろん、実力的にも。」

『自分で言うのもなんじゃが、我も相当得体はしれぬと思うがな。』


ボソリと呟くアルス。

シルヴァはしばらく考え込んでいたが、小さく笑うとアリアに向き直る。


「よし、じゃあせっかくだし売り込みといこうかな。」

「売り込み・・・?」

「薬師として薬の効果を見せるよ。ついでに、旅人としての戦闘能力もね。もともと、営業するつもりでもあったし。」


そしてシルヴァは、大袈裟に一つの錠剤を取り出す。


「『千の蹄』の皆様に、戦いを強力に支援する戦闘強化薬をご紹介!」

「戦闘、強化薬・・・?」

「こちらに取り出したるは、僕の制作した薬品群『ナンバーズ』が一つ。飛躍的に戦闘能力を向上させながらも、副作用や依存性を無視できるレベルまで軽減させた画期的な薬品です。」

「・・・怪しいにも程がありますね。」

「お気持ちはよーくわかります。ですので、僕がこれを使ってその効果を皆さんにご覧にいれましょう。僕は純人種ですし、上位元素の適性も一切ありません。ですが・・・」


シルヴァは不敵に笑う。


「どのような相手にも・・・例えばそう、訓練を受けた半羊種の戦士でも、この薬、第七式統合戦闘強化薬『擬似悪魔化デミ・デモナイザー』を使って、勝ってみせましょう。」

『おお、それがお主の戦闘強化薬か!昨日聞いてはいたが、見るのは初めてじゃな。』

「ふふん。これはかなりの自信作だから、期待は裏切らないと思うよ。」


得意気なシルヴァに、アリアは疑わしげな目線を向ける。


「上位元素の適性が無い・・・?そのような者が存在するのですか?しかもあまつさえ、それで我が『千の蹄』の戦士に勝つ、ですか?」

「例えば、です。もちろん、それ以外の相手でも・・・それこそ、魔獣とかでも構いませんよ。こちらの売り込みに、そちらの戦士の方を勝手に巻き込む訳にも行きませんしね。」


どことなく楽しそうなシルヴァを、アリアはしばらく無言で見つめていたが、何かを決めたように頷くとデュラスに顔を向ける。


「父上。一つ、よろしいですか?」

「・・・言ってみなさい。」

「こちらの方は、戦う相手を所望しているようですので・・・私が、相手を務めても良いでしょうか。」

「はぁ・・・やはり、そうきたか。」


デュラスは深くため息をつく。


「しかし、万が一にもお客人に怪我をさせる訳には・・・」

「あ、大丈夫ですよー。既に素材の納品手続きは済んでますし、例の廃墟の調査もアルスが居れば大丈夫のはずです。だから万一のことがあっても問題ありません。そもそも、怪我なんてしませんし。」


軽く言い放つシルヴァを、アリアが睨みつける。


「随分と侮ってくれますね。私はまだ子供ですが、これでも鍛錬は積んでいるのです。現時点でも、正規兵程度の実力はあると自負しています。」

「あはは、言われなくても君が僕より強いことはわかってるよ。それを覆してこそ、売り込みとして成立するしね。」

「・・・父上、この方もこう仰っていますし、是非戦わせてください。」


完全に意固地になっているアリアに、デュラスはもう一度深いため息をつく。


「はぁ・・・わかった、許可しよう。その、よろしいですか、シルヴァさん。」

「もちろんです。では、どこか場所を借りて良いですか?」

「はい、ご案内します。・・・リクシィ達はどうする?」


デュラスは、無言で成り行きを見守っていたリクシィ達に問いかける。


「そうねぇ・・・シャイナが気に入った、彼の実力も気になるし、観戦させてもらうわ。」

「あ、わたしもわたしもー!シルヴァとアリアが戦ってるところ見てみたい!」


静かに頷くリクシィと、元気よく答えるシャイナ。


『もちろん、我も見させてもらうぞ。・・・それにしてもお主、楽しそうじゃのう。』

「まあ、そうかもね。もっとも、楽しみなのは戦いそのものじゃないよ。本当に楽しみなのは・・・戦いの後に得られるだろう、データの方だよ。」


そう言ってシルヴァは小さく、しかし、心の底からワクワクしたような笑みを浮かべた。

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