異形の街 11
『千の蹄』の応接室。
巨大な幻妖種にも対応できるように、縦にも横にも広いその部屋で、シルヴァとアルスはデュラスと向かい合って話していた。
「・・・ことの発端は、二ヶ月前。打ち捨てられ、忘れ去られていたとある錬金術師の工房が発見されたことでした。」
「錬金術師の工房・・・それってどの辺で見つかったんですか?」
「この地図で言うと・・・ここですね。」
デュラスが示した場所は、街道からかなり離れた、地図上でも森林しか存在していない場所だった。
「良くこんな場所の廃墟を見つけましたね・・・ちなみに、アルスはこの場所に心当たりある?」
『・・・少なくとも、現状では思い当たらぬな。とはいえ、一度物質化してある記憶を確認せねば、はっきりしたことは言えん。』
「なるほどねぇ。・・・あ、すみません、続きをお願いします。」
シルヴァの言葉に、デュラスは頷いて先を話す。
「私共の仕事の中には、バレーナ周辺の調査も含まれているのですが・・・その調査中に、本当に偶然発見したのです。別段、隠されていたわけでは無かったので遅かれ早かれ見つかったとは思います。」
『錬金術師は、魔術師のように隠遁する者は少ないからのぅ。どちらかと言えば、知識は共有することの方が多い。』
「そのようですね。・・・それで、発見した以上は危険性などが無いかを細かく調査する必要がありますので、何度かの安全確認をした後に数名の学者と共に調査を始めました。」
デュラスはシルヴァ達の前に数枚の紙を置く。
「これがその調査結果を簡単にまとめた資料です。」
「ふむ・・・。」
シルヴァは資料を軽く眺める。
「・・・ざっと見た限りですけど、この感じだとただの廃墟って感じの結論になりそうですね。」
『外見以上の広さがある訳でもなく、上位元素が濃い訳でもない、と。』
「え、錬金術師の工房ってそんなことあるの?」
『我の工房も地下部分はかなり広いぞ?限定的に空間を歪ませるのは錬金術師が良くやることのひとつじゃな。・・・まあ、それはともかくとして、じゃ。』
アルスはデュラスに顔を向ける。
『この資料を見た上での我の結論としては、主のいなくなった工房・・・先程シルヴァの言った通り、よくあるただの廃墟じゃな。』
「はい、私共もその結論に至り、調査は一度終了となりました。・・・ですが、それからしばらくしてその廃墟周辺に未知の魔獣の出現が確認され始めたのです。」
『・・・ふむ、ここからが本題、というわけじゃな。』
アルスの言葉に、デュラスは頷く。
「ええ、その通りです。現在から約一か月前に、それぞれ異なる外見の三つの頭と十四の脚を持つ魔獣が発見されました。」
「うーん、正直言葉で聞いても全くイメージが湧かないですね。」
「では、こちらをご覧下さい。」
デュラスは一枚の紙を差し出す。
シルヴァはそれを受け取ると、感嘆の声を上げる。
「これは・・・『写真』ですね。これ程綺麗に写っている物は珍しい。」
『・・・ふん、それは魔道具由来の写真じゃろうが。邪道も良いところじゃ。』
「え、どういうこと?」
『錬金術師として微妙に気に食わんだけじゃ。気にするな。・・・それにしても、それが【ヌエ】だとでも言う気か?』
デュラスが差し出した写真には、もはや醜悪を通り越してある種の美しさすら感じるような姿の魔獣が写っていた。
「顔はなんとなく、虎と獅子と猿に近い気がしますけど・・・そうすると脚の数が合わないかなぁ。ていうか、脚は全部見た目が違うし。」
「おそらく、素体の動物はもっと多いのでしょう。実は、現在の【ヌエ】はこの写真に写っている物とは外見が異なるのです。・・・というより、出現する度に頭の動物は変わっています。その頭として確認されている動物は既に十種を超えています。」
「・・・アルス、それってキメラには良くあることなの?」
少し引きつった苦笑いを浮かべながら、シルヴァはアルスに問いかける。
『そんなわけなかろう。先にも言ったことじゃが、キメラの目的は一つの生命として完成させることじゃ。その目的の上で、肉体を統括する機能を持つ頭部を複数存在させるなど有り得ん。』
「でも、二つの頭を持つ魔獣なんて珍しくも無くない?」
『・・・魔獣と動物の違いを知っておるか?』
「突然だね。・・・まあ上位元素、特に魔力の影響をどれだけ受けてるか、その度合いの違いなんじゃないの?」
シルヴァの答えに、アルスは首を横に振る。
『間違っていないが正しくもない。魔獣と区分される存在の最たる特徴は、生命活動に上位元素を必須とする点じゃ。幻妖種に近いが、より上位元素への依存度が高く、それが無ければ生きていけない程じゃ。』
「・・・それ、どうやって調べたの?」
『今それを説明しても仕方なかろう。上位元素に依存する魔獣に対し、キメラは上位元素に関係なく、一つの動物として完成させることが重要な要素となる』
「まあ、確かに【トウテツ】とかはわかりやすい例かもね。」
『複数の頭・・・脳を持たせるのなら、それ以外に更にそれらを統括する機能を持った器官が必要になる。それを上位元素を使用せずに生体器官として組み込むのはほとんど不可能と言っていい。』
アルスは改めて写真を見る。
『ふん、三つの頭を持つ上にそれが見る度に変わっているじゃと?こんな歪な化け物が【ヌエ】なものか。』
「今更だけど、その【ヌエ】ってなんなの?」
『不老不死と並ぶ錬金術師の命題、生命の創造の終着点とされるキメラじゃ。外見だけでなく、遺伝子レベルで複数の生物を掛け合わせて、完全に新たな存在となったキメラを【ヌエ】と呼ぶ。』
「おお・・・よくわかんないけどなんか凄そう。」
『当然ながら成功例はほとんど無く、出来たとしても数日から二週間ほどで自己崩壊する。』
「へぇ、儚い命だねぇ。」
『・・・興味を無くしてきていないか?』
責めるような視線を向けるアルスに、シルヴァは曖昧に笑って誤魔化す。
「いやーこっちから聞いといてなんだけど、錬金術に関しては僕の知識が少なすぎて、言えることが何も無いんだよね。」
『ふん、もうよいわ。』
シルヴァの言葉に、アルスは不機嫌そうに鼻を鳴らした
「あ、あはは・・・と、話の腰を折ってすみません。それで、どうしてデュラスさんはこの写真の魔獣を【ヌエ】だと判断したんですか?」
「・・・少し、複雑な話になるのですが。お二人は、『権能』についてご存知ですか?」
突然の問いに、シルヴァは戸惑いながらも頷く。
「え、ええ、もちろん。『権能』は、『異能』の個人版とでも言うような、どの上位元素の特徴とも違う特殊な能力のことですよね。」
『それと、権能持ちは総じて戦闘能力が高いことも特徴じゃな。』
シルヴァの説明に、アルスも補足する。
権能。
世界の法則を創り操る超常の権利。
異能と同様に上位元素に属さない能力だが、異能と異なるのは種族に関係なく、またなんの法則性も無く突然発現する点である。
権能は基本的に生まれつきのものだが、稀に成長してから発現することもある。
発現する権能によりそれぞれ全く異なる能力となる。
代表的な権能には、意のままに望んだ現象を引き起こす『任意改変』や、生物、無生物問わず選んだ対象の過去や情報を識ることが出来る『因果掌中』などがある。
「私の娘の友人に、『万象既知』の権能を持つ方がいるのですが・・・」
『万象既知か。確か、既に起きた事象であれば制限無く情報を得ることが出来る権能じゃったな。』
「ええ、その通りです。もっとも、その子はまだ完璧に権能を扱える訳では無いので、時々断片的な情景か浮かぶだけらしいのですが。」
『ふむ・・・それは、まだ権能として覚醒しきっていないのじゃろうな。若い権能持ちに良くあることじゃ。』
アルスの言葉に、デュラスも頷く。
「そうですね。そのため、完璧な情報ではないのですが・・・娘が困っていると話した時に、錬金術師の工房と、【ヌエ】と記された培養槽に浮かぶ謎の生物の情景を見たそうです。その話を娘から聞き、もしやと思い改めて例の廃墟を詳しく調査したところ・・・」
デュラスは、古い紙束を新たに机の上に置く。
「この資料を発見しました。」
「これは・・・かなり古いものですが、なんとか読めそうですね。」
「とはいえ、かなりの量があるので要点だけ説明させていただきます。その資料によると、例の廃墟は錬金術の黎明期に使用されていた物のようで、合成獣の研究を主に行っていたようです。」
『ふむ・・・なるほど、空間が歪められたりしていなかったのは、単純にその技術が無かったからじゃな。』
アルスは不可視の腕で資料をめくりながら呟く。
「そして、その研究の最終目的は・・・ありとあらゆる生物の利点を持つ究極の生命体の創造。」
「それがもしかして・・・」
「そう、【ヌエ】です。」
デュラスの言葉に、アルスはハッとした顔をする。
『そうか・・・!あの歪さも、初期の【ヌエ】と考えれば一応の理屈は通る。』
「えぇ・・・そういうものなの?」
『現在の【ヌエ】の形の方が、元とは違うのじゃろう。初期の錬金術であれば、上位元素の依存度が高いのも頷ける。』
「まあ、アルスが納得してるなら良いけど・・・それで、デュラスさんは例の魔獣を【ヌエ】と判断したんですね。」
シルヴァの確認に、デュラスは頷く。
「はい。それで、より情報を集めるために娘の友人である権能持ちの少女を招いたのですが、より情報の精度を高めるために錬金術師であるアルスさんの知識を借りたいのです。そして出来れば、討伐の協力も。」
『実際に見てみなければなんとも言えん。その【ヌエ】も、権能持ちにもな。』
「ああ、勝手に先走ってしまい申し訳ありません。仰ることももっともです。・・・そうですね、【ヌエ】は今すぐには無理ですが、権能持ちの少女は今こちらに来ているので会っていただきましょうか。少々お待ちください。」
そう言ってデュラスは部屋を出ていく。
そしてしばらくして、彼は二人の少女を連れて部屋に戻って来た。
一人は、デュラスより一回りほど小さい人馬種の少女。顔にはまだあどけなさが残るが、長い髪を後ろで縛り、背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見るその姿からは気品が漂っている。
「こちらは私の娘のアリアです。」
「紹介に預かりました、アリアです。以後、見知りおき願います。」
礼儀正しく頭を下げるアリア。その後ろから、更に小柄な人影が現れる。
そして、その姿を見たシルヴァは驚きの声を上げた。
「え、シャイナ!?」
「あれー、シルヴァ?どうしてここにいるの?」
アリアと共に現れたのは、シルヴァも知る人鳥種の少女、シャイナであった。
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