情報開示と捨て身の交流

会話は相互理解の為に大切な物ではあるけれど。それだけではつまらない。

やはり、友人とは色々な経験を共有すべきだろう。

と、いうことで。


「ヒルダ、この里を案内してくれないかな?」

「この里を、ですか?しかし、そんなに面白い物もありませんが・・・」

「いーのいーの、面白いかどうかは行ってみないと分からないし。自分で言うのもなんだけど、僕は大抵の物は楽しめるから。」


その知的好奇心がなければ薬師はやって行けない。


「それに、まだそんなに遠くまで行けるほど元気でも無いしね。」

「そういうことなら・・・」


よし、では早速・・・って、


「今日はいつの間にか、夜になってるし。明日かな。」

「ああ、そう言えばそんな時間でしたね。・・・では、今日は一箇所だけ案内しましょうか。歩けますか?」

「あ、うん。よいっ・・・しょっと。」


体を起こし、ベットから降りる。

着慣れない服で、微妙に動きにくい。


「あ、そう言えば僕の服とか荷物って・・・」

「服は今洗っています。上着には、色々な物が入っていたので触っていませんが・・・ 」

「そっか。まあ危ない薬とかはバックパックにしかないから大丈夫だけど。」

「危ない薬・・・?そう言えば、シルヴァは薬師でしたよね。何故、このような山奥の里に来たのですか?」


そう言って小首を傾げるヒルダ。うーん、こういう子供っぽい仕草もまた可愛いなぁ。


「そういえば説明して無かったね。まあ、説明する暇もなかったんだけど。」

「うっ・・・申し訳ありません。」

「あはは、別に責めてる訳じゃないよ。」


なんなら都合が良かったくらいだ。


「僕は薬師だけど、治療薬しか作らない訳じゃない。」


ていうか、旅の身だと治療薬はあまり難しいものは作れない・・・というか使えない。過去の病歴とか、他にどんな薬を使ってるかとかわかんないからね。迂闊に効果の強い薬は使えない。まあ、『万能薬エリクサー』とかだったら関係ないけど。あの辺は薬学って感じじゃない。

さて、それはともかく。

話を続けよう。


「むしろ、僕が主に作ってるのは戦闘強化薬なんだよね。」

「戦闘強化薬、ですか?」

「そう。僕が上位元素の力を持たないままヴァンクを倒したり、曲がりなりにもヒルダと戦えたのはそういった薬のおかげなんだよね。」

「ああ、先程飲み込んだり、首に刺していた物ですね。」


頷く。そして、僕とて無意味にこれみよがしに使ってた訳では無い。

僕の戦闘能力が、あの薬によるものだと見せる為だ。

そうでなければ、自分の生命線をあそこまで堂々と晒しはしない。


「で、僕がここに来た理由だけど。その薬のデータをとるために、誰か別の人に使ってもらいたかったんだよ。体が丈夫で、上位元素をあまり使わない人達にね。」

「それは・・・確かに、鬼人種は適任かも知れませんね。」


そういうこと。

戦闘強化薬も、最大効果を発揮させるなら個人用にチューニングする必要はあるけど・・・素材に気を使えば、そこまで致命的な副作用は出ない。例えば『擬似悪魔化』は僕用に最適化してあるから、実は他人が使ってもそこまで大きな効果は出ない。それでも、安全性や汎用性を考えれば非常に有用だ。


ただ、色々な薬を僕を基準に作っているから、新しい刺激というのはあまり無い。

そこで、違う条件で色々なデータを取りたい、と思ったからここに来たって訳だ。


とはいえ。


「まあ、今日はもういいけどね。流石に疲れたし。」

「それはそう、でしょうね。・・・あ、この部屋はシルヴァが自由に使ってくれて構いません。だから、荷物とかは置いておいて大丈夫ですよ。」

「あ、そうなの?じゃあ、上着だけ持っていこうっと。」


着慣れない服にも、まあ多少慣れたところだ。


「ところで、どこに連れて行ってくれるの?」

「それは着いてのお楽しみ・・・ということでどうでしょう?」


そう言って、ヒルダはいたずらっぽく小さく笑う。やはり、こういう仕草をしていると随分と幼く見える。

しかし、僕だってこの状況で正面から年齢を聞くほど常識がない訳では無い。


「じゃあ、楽しみにしておくよ。」

「ええ、では着いてきてください。」


部屋を出ていくヒルダの後を追う。


僕が寝ていたのは、大きい木造建築の一室のようだった。造りはかなりしっかりしているようで、丈夫そうな印象を受ける。建築の知識とか無いので適当だけど。


ふむ、それにしても・・・意識ははっきりしているけれど、五感がかなり衰えている。

足音から間取りとか広さとかを確認しようと思ったけど、耳がおかしくなっているのか反響が掴めない。

匂いもそうだ。普段ならある程度は細かく嗅ぎ分けられるけど今感じるのは・・・

ヒルダから漂ってくる、なんかこう、よくわかんないけどいい匂いだけだ。

うーん、ドキドキしてきた。口と顔には出さないけど。


建物を出て、外に出る。

外はすっかり暗くなっていて、歩くのにも少し苦労する。やはり、体がまだ本調子じゃない・・・って


「おっとっと・・・」

「む、大丈夫ですか?ほら、掴まってください」


ふらつき、転びそうになった僕をヒルダが支えてくれる。た、頼もしい・・・。


「ありがとう、ヒルダ。」

「気にしないでください。友達、でしょう?」


こころなしか嬉しそうに言うヒルダ。友人というものが嬉しいみたいだ。

立場上、友達とか作れなかっただろうしなぁ。


そんなことを思いながら、ヒルダの肩を借りて歩く。・・・手に触れる彼女の体は柔らかくて、なんというか、変な気持ちになりそうだ。

この距離で彼女の顔を見ていると、ついさっきのあられもない姿を思い出し・・・いかんいかん。


「と、ところでヒルダ。目的地は近くなの?」

「ええ、そうです。・・・はい、ここです。」

「これは・・・洞窟?なんか、熱気を感じるけど・・・」


あ、もしかして。


「お風呂・・・?」

「ご名答、です。ここは里の共同浴場・・・とは別の、里長用の浴場です。他の人がくる心配もなく、ゆっくり体を休められますよ。」

「え、それを僕が使っていいの?」

「ええ、もちろん。長の私が良いと言っているのですから良いのです。」


おお・・・さすがはトップ。


「いや、本当にありがたいよ。実は僕、お風呂が大好きなんだよね。」


睡眠があまり安らげるもので無いので、風呂は数少ないリラックス度の高い休息だ。

それに、今回はヒルダが近くにいるし・・・普段のように、五感を研ぎ澄ませておく必要もないだろう。


「一応聞いておくけど、僕でも耐えられる温度だよね?」


そこは割と重要だ。鬼神種ならばマグマの熱にも耐えるらしいが、純人種の僕には当然無理だ。源泉そのものだったら流石に熱すぎると思うからね。


「大丈夫ですよ。山奥の源泉からそれなりに長い距離を引いてきているので適温のはずです。」

「それはいいね!じゃあ、早速入らせて貰おうかな。」

「ええ。では、汗を流しに行きしょうか。」

「うん。・・・うん?」


え、なんかその言い方変じゃない?

こういう時は、どうぞ、とかごゆっくり、とかじゃない?

なんか、そういう言い方をすると・・・


「まるで、一緒に入るみたいな言い方だね?」

「はい、そのつもりですよ?」

「いやいやいやいや。」


流石にそれはまずいよ。ここって、里長専用なんでしょ?それって絶対男女別れてないよね?


「その、ヒルダ?ここではどうかわからないけど、一般的に純人種は男女で同じ風呂には入らないんだよ。戦場でもない限り。」

「失礼ですね。私だって、その程度分かっていますよ。鬼人種の浴場も、平時は男女で別れています。」

「あ、ああ、そうなんだ・・・いや、じゃあ尚更なんで・・・?」


混乱したままそう問うと、ヒルダは突然顔を背ける。そしてよく見ると、その耳は赤く染まっていた。やっぱり、恥ずかしくないわけではないんだよね?


「・・・シルヴァ、私達は友人です。」

「う、うん。そうだね。」

「それは、あなたが友達になろうと言ってくれたからですね。私も対等な友人というのは初めてですから、とても嬉しいし楽しいです。」


そ、それは良かった。


「ですが!それはそれとして!」


うわ、びっくりした!そ、そんな急に大きい声出さんでも・・・


「私は、その前・・・に言ったことも諦めたわけではないのです!」

「その前に言ったこと・・・って。」


思い出す。

確か・・・

『私はあなたが好き』、とか。

『お嫁に行けないから、あなたが私を貰って』とか。


・・・・・・・・・・・・いや、思い出すとか言ったけど。忘れてるわけないよね。


「えっ・・・と、つまり?」

「あなたがその気なら、私は受け入れる準備は出来ています。そして、私はあなたを『その気』にさせるためにただ漫然と待つだけのつもりはありません。」


やだ、かっこいい・・・


「もちろん、今の私達はただの友人です。ですので・・・」


そう言って、ヒルダはどこからともなく布・・・いや、服を取り出す。


「ある程度の、節度は守ります。」

「そ、それは・・・?」

「湯浴み用の服です。」

「あ、ああ、なるほど・・・いや、これがあるから大丈夫とはならなくない?」


見るからに薄手だし、これから濡れることを考えれば・・・その、直接は見えなくてもさ。


ただでさえ綺麗なヒルダのスタイルとかは完全に見えちゃうよね。


「その程度の刺激がなければ意味が無いでしょう?」

「随分強気な発言だけど・・・ヒルダも恥ずかしいんだよね?顔真っ赤だし。」


見えてるのは耳だけだけど。


「っ、ええ!当然恥ずかしいに決まってるでしょう!他人に、それも好きな男性と湯浴みをするなど初めてなのですから!」

「え、ええ・・・じゃあそんなに無理しなくても。」

「ですが!昔、母が言っていたのです!乙女に必要なのは恥じらいだと!故に私は目的のために、この羞恥心すら利用して見せましょう!」


す、凄い迫力だ・・・。


「・・・わかったよ、ヒルダ。君がそこまでの覚悟を決めているなら、僕もそれに応えなきゃね。」


神妙に頷く。


ヒルダがそこまで体を張るのなら、僕が尻込みするのは失礼って物だろう。


「それじゃあ行こうか、お風呂に・・・!」

「ええ、望むところです・・・!」


完全に戦地に赴く雰囲気で、僕達は揃って洞窟の奥へと向かっていった。


・・・己の自制心を試すという意味では、僕にとって戦地にも等しいけど。

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