回想01 異形の街
異形の街 01
街道を、一台の馬車が進んでいく。
高額な転移門を使用できないものや、体質的に転移を受け付けない者がよく利用する移動手段だ。
複数の屈強な馬に引かれるその大きな馬車には、何組かの家族連れと数人の旅人が乗っていた。
と、家族連れの一人・・・周囲をキョロキョロと見回していた少女が、馬車の隅で外を眺めていた旅人・・・茶髪の青年に近付く。
「ねえねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんってもしかして
「ん?あ、僕?そうだよー。この辺りじゃ珍しいかもね。」
「うん!わたし、はじめて見た!」
興味津々、と言わんばかりに少女は青年を観察する。
そういう少女の外見は、青年とは大きく異なっていた。
少女の両腕に当たる部分は大きな翼となっており、両脚は巨大な鳥そのものである。
少女は比較的寒冷地に住む人鳥種のようで、両腕や脚だけでなく顔や腹部にも羽毛が生えている。
「まあ、この辺りは
「ふぁんとむ?でみひゅーまん?」
少女は青年の言葉がわからなかったのか首を傾げる。
子供らしいその仕草に、青年は思わず笑みを零す。
「ああ、ごめん、聞きなれない言葉かもしれないね。君は、馬車に乗るくらいの遠出は初めてなのかな?」
「うん!おとーさんとおかーさんと、一緒にお友だちのおうちに行くの!」
「へえ、そうなんだ。そのお友達は、なんていう種族がわかる?」
「えっとね、たしか・・・
元気よく答える少女。
人馬種。馬の下半身と人の上半身を持つ
「やっぱり、お友達も幻妖種なんだね。それじゃあせっかくだから、色々種族の違いについて説明してもいいかな?」
「わたし、あんまり難しい話わからないよ?」
「あはは、まあ話したいだけだからさ。目的の街までは、まだしばらくかかるみたいだしね。ちょっと付き合ってよ。」
「うーん、じゃあ、聞いてあげる!」
「うん、ありがとう。」
そして青年は少女に説明を始める。
『種族』とは、世界に存在する知的生命体をそれぞれの特徴や生態よって区分したものである。
「ちょっとまってお兄ちゃん。いきなり何言ってるのかわからないよ?」
「あー・・・そうだなぁ・・・。今、僕達は言葉を使って話しているよね?すごく大雑把な言い方になるけど・・・『種族』っていうのは言葉を使える生き物のなかで、似たようなものたちをまとめて区別したものなんだよ。」
「うーん・・・?わかったような、分からないような・・・」
「まあ、君もこれから色んな種族とかに会うようになればきっとわかるよ。」
青年はそう言って笑う。
「僕の生まれた村にも『純人種』と『
「
「そうだねぇ・・・大人でも、僕の腰くらいまでの身長しかなかったと思うよ。」
「あれ?そんなに大きいの?わたしの読んだえほんだと、お兄ちゃんの手のひらに乗るくらい小さいみたいだったよ?」
「そ、そんなに小さくは・・・あ、いや、もしかして
納得したような青年の言葉に、少女はまた首を傾げる。
「ころぼっくる・・・?うーん、そんな名前だったかな?」
「あー、もしかしたらその本を書いた人が森小人種がほんとに居ることを知らなかったのかも。ほとんど幻の存在だからねあの人たち。・・・って、なんか少し話が逸れちゃったね。種族の説明に戻ろうか。そういえば君は、
「含まれてるんだよ、って言われても・・・わたし、そもそもそのふぁんとむ?っていうのが何かわからないよ?」
キョトンとした顔でそういう少女に、青年は苦笑する。
「ちょっと飛ばし過ぎちゃったかな。まあ、あんまり細かく説明しても分からないと思うからざっくりと説明しようか。」
コホン、とわざとらしく咳払いをして、青年はまた説明を始める。
種族、それ自体は非常に種類が多く、混血なども含めるととても全てを並べ立てることなど不可能である。
そこで、種族を大きく三つに区分することで分かりやすくするという考えが生まれた。
まず一つ目、『
純人種を最も基本的な形として、それらに近い特徴と肉体を持つ種族がこれに分類される。なお、純人種自身も区分としては亜人種に分類される。
代表的な亜人種には、『
次に、『
ここに分類される種族は、外見に統一性は無い。
共通点はただ一つ。肉体を持たないことである。言うなれば、精神生命体。
代表的な霊種には、『
肉体を持たないため、体は基本的に精神が実体を持ったものであり、知性を持った上位元素そのものとも言える。
最後に、『
亜人種にも霊種でもない種族がここに分類される。
しかし、それは「その他」という意味ではない。亜人種と霊種、その中間とでも言うべき特徴を持っているのである。
亜人種と同様に実際に肉体は持っているが、その肉体を十全に機能させるためには上位元素が必須。
例を上げれば、『
『亜人種』、『霊種』、そして『幻妖種』。
区分の違う種族とは性質や文化が大きく異なるため、基本的にどの種族も同じ区分の種族同士でコミュニティをつくることが多い。
なお例外として、『純人種』はその特性上、幻妖種とも子を成すことが出来るため同じ場所に住んでいることもある。
「とまあ、こんな感じかな。って、 あれ?」
「・・・すぅ、すぅ、すぅ。」
「あはは、寝ちゃったか。ちょっとつまらない話だったかもね。」
青年の目の前では、少女が床に座ったまま寝息をたてていた。
「とりあえず、床で眠らせる訳にはいかないよね。」
青年は少女を起こさないように抱え上げると、自分の座っていた席に座らせる。
そしてそのまま馬車の中を見渡し・・・肩を寄せあって眠っている人鳥種の男女を見つける。
恐らく少女の両親だろうとあたりをつけ、青年は男女に近付く。
「もしもーし、ちょっとよろしいです・・・」
と、青年が声をかけようとした、その瞬間。
グロォオオオオオオオオオオォォォォォ!!!
どこか淀んだような爆音が馬車を揺らした。
「ふぎゃん!?」
奇っ怪な声を上げて、少女が飛び起きる。
他の乗客も、不安そうな様子で外を確認する。
「な、何が・・・!?」
「あー・・・いつの間にか、こんな所まで来てたのか。」
混乱する乗客を横に、青年は落ち着いた口調で呟く。
その緊張感のない様子に、青年の近くまで来ていた少女が詰め寄る。
「な、なんでそんなに落ち着いてるの!?」
「いやいや、そんなに慌てなくても大丈夫だよ?・・・あ、もしかしてこの辺りのことあまり知らないのかな。ほら周りを見てごらんよ、僕以外にも割とみんな落ち着いてるでしょ?」
青年の言葉通り、乗客の半分程は先程までと変わらない様子で馬車に乗っていた。
そして、馬車も止まらない。
「ほ、ほんとだ・・・どうして?」
「目的地の街・・・バレーナは、周囲に凶暴な魔獣とかが多いんだよね。だから、そこに行くための道で、魔獣が現れることとかよくあるらしいんだよね。」
「そ、そうなんだ・・・じゃあ、あの大きな音は・・・」
「まあ、何かの鳴き声じゃない?多分、
再び、響き渡る咆哮。
少女はまたしてもビクリと肩を震わせる。
「ほら、君は親御さんの所に戻った方が良いよ。・・・いやまあ、ここだけど。」
「あ、うん。・・・ところで、お兄ちゃんなんかソワソワしてない?やっぱり怖いの?」
「ああいや、そろそろかなぁって。」
「そろそろ?」
少女が青年の言葉を繰り返した、その時。
「「「ウォォォォォォォォオオオ!!」」」
「うきゃん!?」
場所の外から、複数の男たちの野太い声。
少女はまた奇妙な声を漏らし、思わず両親に抱きつく。
そんな少女には目もくれず、青年は窓から身を乗り出して外を見る。
「来た!」
「き、来たってなにが・・・?」
「えーっとね、さっきも言ったけど、バレーナ周辺には魔獣が多いんだけど。そうなるともちろん、それに対抗する存在が必要になるよね?それが彼らだよ。ほら、みてみなよ。」
そういって青年は馬車の窓から外を指さす。
その先には、巨大な人の顔をした獅子に相対する男たちの姿。
「いやー、あれが噂に名高い
「なんでそんなにわくわくしてるの・・・?」
「半羊種の戦士はすごい強いって話だから、その戦いぶりを一度は見てみたかったんだよね。・・・あ、この先は刺激が強いかもしれないから見ない方がいいよ?」
「ええ・・・お兄ちゃんがみてみろって言ったじゃん。」
「親御さんの目の前で小さな子供に衝撃映像見せる訳にもいかないからねぇ。」
そういう青年の視線の先では、半羊種の戦士達が、巧みな連携で人頭獅子を追い詰めていた。
血や毒が飛び散っている情景は、確かに子供の教育には良くなさそうである。
「おー、凄い、もう追い詰めてる・・・しかし人頭獅子か。頼んだら後で素材を売ってくれたりしないかなぁ。」
「ううー・・・わたしも見たいよー!」
「僕にはなんともいえないから親御さんに聞いて?将来的に戦う職業に就くなら見といて損は無いかもしれないし」
青年の言葉に、少女は両親に視線を向ける。
その視線に、怒涛の展開に放心状態だった少女の両親が我を取り戻す。
「ねーねーおとーさん、わたしも見ていいー?」
「い、いや見るって・・・シャイナ、何を言っているんだい?それに、こちらの方は・・・」
「そんなの後でいいから!終わっちゃうよー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれるかい?判断するにも、先にどんなものか確認しないと・・・」
娘に言われるまま、人鳥種の男性がふらふらと窓の外を見る。
慌てて青年が声をかける。
「あ、毒とか飛んでくるかもしれないから気をつけて下さいね。この馬車自体は大丈夫ですけど」
「ど、毒!?」
ベチャッ!
男性が慌てて顔をひっこめた直後、馬車のすぐ近くの地面に毒が着弾する。
「お、危なかったですね。骨ごと溶けるところでしたよ。」
「骨ごと!?・・・シャイナ、外を見るのはだめだ。奥の方で大人しくしてなさい。」
男性は娘を掴まえると、有無を言わさず席に座らせる。
「えーなんでー?」
少女は子供らしい好奇心で不満を漏らしていたが、母親にしっかりと抱えられて動くことができない。
男性は娘のその様子にため息をつくと、今度は青年に向き直る。
「それで、聞きそびれましたがあなたは?」
「しがない旅の薬師ですよー。ちょっとバレーナに観光でもと思って。そちらの娘さんとは、少しお話をしただけですが・・・元気で好奇心旺盛な良い子ですね。」
「あ、ああ、それはどうも・・・?」
「ところで、あなたがたは何故バレーナへ?先程の様子から察するに、あまり情報も持ってないようですし・・・あそこは、理由もなく行くような場所でも無いと思いますけど。」
青年は自分の事を棚に上げてそう問いかける。
「その・・・少し、事情がありまして。」
「ふむ・・・?まあ、そうですか。」
と、そこで突然青年が視線を窓の外に向ける。
「あ、どうやら終わったようですね。・・・それに、目的地にも着いたみたいです。」
その視線の先では、戦士達が倒した人頭獅子を台車に乗せて引きずっていた。
台車の向かう先には、無骨な塀に囲まれた巨大な街。
「あれが・・・バレーナ。幻妖種が数多く住む魔境か。」
青年は、外を眺めたまま一人笑みを浮かべる。
「いい薬ができると良いけど。」
その呟きは誰にも届くことなく。
馬車はそのまま、街の門へと近づいていった。
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